今日も今日とて親友の妹は距離が近い
「優一これからなんか予定あるか」
授業が全て終わり帰宅するためリュックに荷物を入れていると既に帰る準備を済ませた隼人が前の席に腰かけていた。
「いや、とくにないけど」
「だったらこれから俺の家来て遊ばないか」
「いいけどいつもお前の家ばっかりだしたまには俺の家にしないか」
隼人は小学生の頃からの友達で昔からお互いの家に行って遊んでいた。だがとある事情で俺の家より隼人の家で遊ぶ機会の方が圧倒的に多かった。
「いいって気にすんなよ。それにあいつもお前来るの待ってるぞ」
「詩織ちゃんか……」
隼人の家で遊ぶ方が多い原因には隼人の妹である詩織ちゃんが大きく関係している。小学生の頃、隼人の家で俺と隼人が遊んでいると詩織ちゃんが遊びにいれてとねだってきた。1人っ子だった俺は妹が出来たような気持ちで詩織ちゃんをたいそう可愛がり一緒に遊んであげた。その結果、俺は詩織ちゃんに気に入られてしまい俺と隼人が遊ぶ時には詩織ちゃんは俺の家、公園、プールとどこにでもついてきた。それからは男2人はともかく詩織ちゃんが危険な目に合わないよう隼人の家で遊ぶことが増えたというわけだ。
「なんだあいつがいるの嫌か」
「嫌じゃないよ」
「なら決定だなさっさと行こうぜ」
俺は急いでリュックにノートや教科書を入れ隼人と共に教室を後にした。
隼人の家に着くと詩織ちゃんはまだ帰ってきていないようだった。隼人の部屋で隼人のお母さんからいただいたお菓子を食べながら駄弁っていると自然と詩織ちゃんの話題で話が始まった。
「詩織ちゃんももう高校生か。成長したなぁ」
「そういうお前はお爺ちゃんか。年1歳しか違わないのにじじ臭いわ」
「そこはせめてお兄さんにしてくれ。あんなに小さかった詩織ちゃんがあそこまで大きくなったんだからそりゃあ感動もするさ」
「まあ優一もずっと詩織と一緒にいたようなもんだしな」
「ああ。ただ最近ちょっと詩織ちゃんに困ってることがあって」
「困ってること? あいつになら何されても許すお前が?」
どんな認識をしてるんだ隼人は。まあ詩織ちゃんを実の家族と同様かそれ以上に甘やかしてる自覚はあるが。ただ今回の問題はその俺であっても看過できないものだ。
「詩織ちゃん高校生になったのに距離が近すぎじゃないか」
昔から詩織ちゃんは人が多いところでは親しい人にくっつく癖があった。いつしかその癖は人が多くないところでも出るようになり特に俺はその標的になることが多かった。小さい頃は微笑ましいと思っていたが段々成長してくるとこちらもドキドキして恥ずかしく感じるようになってきた。中学生になったあたりで1度止めてもらうよう頼んだのだが私の事邪魔になったんですかと泣きだされてしまいそれ以降詩織ちゃんのくっつき癖はずっと放置されていたのだった。
「詩織ちゃんも成長しててこっちとしてもあんなにくっつかれると心臓がもたないというか。兄として詩織ちゃんにくっつくのやめるように説得してくれないか」
「あいつが俺の話聞くわけないだろ。止めてほしかったら直接あいつに言え」
「俺が言ったらまた泣かせちゃうかもしれないし」
可愛がっている分詩織ちゃんを泣かせたことはほとんどないので地味にあの時の経験はトラウマなのだ。
「なら諦めろ。あいつももうだいぶ女らしくなってきたし役得ってもんだろ」
「役得って。それに誰も彼もにあんなに距離近かったら危ないだろ。俺は耐えてても他の男子は耐えれないかもしれないし」
俺が言い訳を言うと隼人がなんだコイツとでも言いたげに俺を見てきた。
「お前がそんなに鈍いとは思わんかったわ。これはあいつも苦労するな」
苦労ってなんだと聞こうとすると1階の玄関付近から声が聞こえた。
「ただいま。あれ、この靴……お兄ちゃん優一さん来てるよね」
先ほどまでの話題の主である西村詩織その人が遂に帰ってきたのだった。
「優一さん久しぶりです。お元気でしたか」
「こんにちわ詩織ちゃん。元気だったよ」
詩織ちゃんは久しぶりと言ったが先週にも詩織ちゃんとは会っている。俺と詩織ちゃんでは時間の進み方が違うのかもしれない。
「来るなら来るって言ってくださいよ。そしたらダッシュで帰って来たのに」
「ごめんごめん。遊びに来るの決まったのさっきだったからさ」
「おい、勝手に部屋に入ってきて言うこと何かないのか」
隼人がギロリと睨みながら詩織ちゃんにたずねる。
「お兄ちゃんも優一さんと遊ぶならメールとかで伝えてよ」
「そういうことじゃねえよ」
そうこうしているとまた下から声が響いてきた。
「隼人~。悪いけど買い物行って来てくれない」
「詩織もいるのに名指しかよ。しょうがねえ行ってくるからちょっと待っててくれ優一」
「なら荷物持ちとして俺も一緒に行こうか」
「いらねえよ。どうせ大した荷物じゃねえだろうし1人で十分だ」
「分かった。じゃあ待っとくよ」
「悪いな。じゃあ行ってくるわ」
こうして隼人の部屋には俺と詩織ちゃんだけが残されたのだった。
隼人がいなくなって数分が経過した。詩織ちゃんは早くもくっつき癖が発動し俺の腕にくっつき始めていた。昔は可愛いなくらいしか思わなかったが今の詩織ちゃんの豊満な体に近づかれると男としては少し精神的に辛いものがある。
「詩織ちゃん、近くないかな」
「優一さんと私の仲ですしこれくらいは問題ないかと。それとも迷惑でしたか」
詩織ちゃんが心なしか目をうるうるさせながら聞いてくる。やめてくれそのうるうるおめめは俺に効く。
「全然迷惑じゃないよ。ちょっと気になっただけ」
「なら良かったです。優一さん兄が帰ってくるまで何しましょうか」
「うーん。今日は特に予定決めてこなかったからなぁ。詩織ちゃん何かしたいことある?」
「やりたい事ですか……そう言えば友達が話していて気になったものが」
詩織ちゃんの提案後、俺たちは向かい合わせに座っていた。これから始める遊びのためだ。
「それでは愛してるゲームはじめましょうか」
「う、うん」
愛してるゲームとはお互いに相手に向かって愛してると言いあって先に照れた方が負けというシンプルなルールの遊びらしい。正直始める前から既に恥ずかしい気持ちでいっぱいだが詩織ちゃんがやりたいなら仕方ない。
「それではどちらから先にはじめますか」
「じゃあ俺からはじめようか」
こういう類のゲームは先行の方が有利に違いない。根拠はないが。
「わかりました。それでは愛してるゲームスタート」
「あ、愛してる」
言ってるこっちが照れそうだ。普段愛してるなんて言わないから言い慣れていないからかもしれない。詩織ちゃんの方を見てみると余裕の笑みを浮かべている。どうやらこのゲーム先行だから有利というわけでもないらしい。
「ありがとうございます。では次はこちらの番ですね」
なんだろう、先ほどの余裕もあってか強者感が強い。白旗があればあげているところだ。そんなことを考えていると詩織ちゃんが突然顔をこちらに近づけてきた。
「心から愛しています。優一さん」
耳元でそう囁かれてはこちらに為す術もなかった。既に顔に血が集まって暑くなってきている。
「ふふ。真っ赤になっていますよ優一さん。どうやら私の勝ちみたいですね。」
鏡がないから分からないが詩織ちゃんが言うなら間違いはないだろう。どうやら俺は負けてしまったようだ。
「1回で終わっちゃいましたしもう1度やりましょうか」
「勘弁してくれ」
こうして俺たちの愛してるゲームは早くも終焉を告げた。
「それにしても隼人帰ってこないね」
スーパーはここから歩いて10分位行ったところにある。隼人は自転車で行ったのだから買う時間も含めて20分程あれば帰ってこれるはずだ。先ほどのゲームから結構話していたのでそろそろ帰ってきてもおかしくないのだが。
「むー。優一さんは私よりお兄ちゃんと遊びたいんですか」
若干拗ねてしまったらしい。抗議のためか俺の腕に抱き着いてツンツン頬をつついてくる。つつかれるのはまだいいが抱き着かれるとなんというか豊満な箇所が当たってしまうというか非常に精神衛生上よろしくない。
「どっちが優先とかはないよ、どっちとも遊びたいなってだけ。それよりももう少しだけ離れようか」
「これくらいいいじゃないですか」
やんわり断られてしまった。どうしようか正直2人きりの空間で美少女にずっとくっつかれ俺の理性も限界である。理性がなくなり獣になる前にこの状況をなんとか打破しなければならない。考えついた案は強引な案だったがそれ以外に思いつかず実行することに決めた。俺は抱き着かれていた腕を強引に抜き、詩織ちゃんの両肩を掴み床にゆっくりと押し付けた。
「男は狼なんだから誰も彼もにこんなことしてたら大変なことになるよ」
やってしまった。嫌われてしまったかもしれないがこれで少しは男のことを警戒するようになるだろう。そう思いながら詩織ちゃんの方を見てみると詩織ちゃんは微笑んでいた。
「優一さんは誰にでも私があんなことやってると思ってたんですか」
「えっ?」
詩織ちゃんは俺の手を払いのけ俺に抱き着き半回転し俺の腰に馬乗りになった。体勢がさっきまでと完全に逆転してしまった。
「私がくっつくのは優一さんだけです」
誰にでもやっているわけじゃない? くっつき癖はもう治っていたのか。じゃあなぜまだ俺にはくっついているのだろうか。
「優一さんは私が優一さんのことどう思ってると思います?」
「どうって。もう1人の兄のような存在とか」
呆れた目をしている。その目はなんとなく今日見た隼人の呆れた目と似ている気がした。
「優一さんはちゃんと言わないと気づいてくれないみたいなのではっきり言います」
そう言うと詩織ちゃんは俺の耳元に顔を近づけた。
「私は優一さんのことを本当に愛しています」
詩織ちゃんが俺のことを好き? 本当だろうか、でも詩織ちゃんが嘘をついているようには見えない。あたふたしていると詩織ちゃんが微笑みを浮かべながらまた口を開いた。
「動揺していますね。顔が真っ赤っかです。」
「あの、俺は詩織ちゃんのことなんというかそういう風に見ないようにしてたというか」
完全な言い訳である。ただ俺の頭ではこれ以上の言葉を導き出せなかった。
「はい、優一さんが我慢してくれていたこと知ってます。それに今日は気持ちを伝えることが出来たので満足です。ただ……」
また詩織ちゃんの顔がぐんぐん近づいてくる。
「明日からはもっと全力でいきますから覚悟してくださいね」
それだけ言うと詩織ちゃんは立ち上がり部屋から出て行った。隼人が戻って来たのはその数分後の事だった。
「そういえば優一、お前あいつと何かあったか」
スーパー以外の場所にも買い物を頼まれたという内容の愚痴を聞いていると突然そんなことを隼人が尋ねてきた。
「何かってなんだよ」
「いや、優一がまだいるのにあいつがいねえのは珍しいから俺のいないうちに何かあったのかなと」
図星だ。だが詩織ちゃんから告白されて驚いてます。なんて言えるわけがない。
「ほほーん。あいつも遂に本気出してきたか」
どうやら気づかれたらしい。そんなに顔に出ていただろうか。
「お前も覚悟しとけよ。ここまで来たらあいつと元の関係に戻るなんて無理なんだから、とっととくっつくかふっちまえ」
どうやら詩織ちゃんの兄代わりは今日で卒業のようだ。隼人の話を聞きながら俺は詩織ちゃんの猛攻に耐えられるだろうかと明日以降の事に頭を悩ませていた。