1.特許庁の職員 2.九条ネギオ弁理士事務所の秘書、カモヨの恋① 3.九条ネギオ弁理士事務所の秘書、カモヨの恋②
『特許庁の職員』
みなさんは、特許庁という役所をご存じでしょうか。そこでは日々、あらゆる分野の発明の、審査が行われているのです。
今日お話しするのは、私が見た、特許庁の職員に関するお話なのです。たぶん信じてもらえないかもしれないのですが、私は勇気をもって、見たことをありのまま記そうと思うのです。
私が特許庁に行ったのは、子供の頃だったのです。職員の家族向けの、職場体験プログラムに参加した私は当時、八歳でした。
まず入り口で、ソーダ味のアイスをもらいました。夏でしたから、嬉しかった記憶があります。
「パパ!」
弟が、父に駆け寄りました。すると驚いた事にその人は、父ではありませんでした。私は周りを見て驚き、叫びました。
「パパがいっぱいいる!」
エントランスには、父によく似た人たちが、うじゃうじゃといました。私は訳が分からなくなり、ロボ犬に足を踏まれている事に気が付きませんでした。怖かったです。
***
『九条ネギオ弁理士事務所の秘書、カモヨの恋』
「ネギ先生、お客様がお見えです」
「うむ。お通ししなさい」
「はい」
その日、九条ネギオ弁理士事務所に訪れた相談者は、かの有名な「生きたタピオカ事件」の関係者なのだ。生きたタピオカ事件とは、モンゴルにおけるあの凄惨な肉まんじゅう事件とも関係のある、かなり厄介な事件であり、私は、九条先生にはこの相談者の相談を受けるのは、よして欲しいなあという気持ちがかなり優勢なのだった。
「私が、九条ネギオです。裁判ですか? それとも特許の出願ですか?」
九条先生の顔を見て、中高年の女コンビが笑いを堪えている。腹立たしいけれど、先生の顔がネギそっくりだから笑っているのは分かっているから、来談者のこういう反応を見るのはもう慣れてしまった。
しかし女心は止まらない。
「先生を笑わないで!」
思わず怒鳴る、私がいた。九条先生の目は、私を見て、笑っていた。もう死んでもいいかもしれない。
***
『九条ネギオ弁理士事務所の秘書、カモヨの恋②』
私が九条弁理士事務所に勤め始めたその日の出来事。
「くじょう、って何だか語感が良くないので、ネギ先生、って呼んでるんですよ。ねえ、ネギ先生」
九条先生の奥様がシャクヤクを花瓶に生けながらそう言うと、ネギ先生は笑って「どっちでもいいよ、ネギでもくじょう(苦情)でも」とおっしゃって、笑った。ああ、この笑顔。死んでもいい……
「ネギ先生、語感は大事ですよ。ねえ、カモヨさんもそう思うでしょう?」
奥様が私を見たので、ドキリとして「ええ、はい」なんて返事をしてしまった。きっと私いま、愚鈍に見えたに違いないと暗澹たる気持ちでうつむいた。もう奥様の目をまともに見られる自信が無い。消えたい、今すぐに。だけど最後に一目、九条先生のお顔を……
「ああっ!」
膝から崩れた私に九条先生が駆け寄り、肩を抱いて、立たせてくれた。私は恥ずかしさと後ろめたさと体の中心から湧き上がる疼きとで、さらにめまいがした。