1.アンカー 2.崖っぷちの男と女
『アンカー』
マッチ売りの少女に何を見るのかは、人によって違うのだと思う。ただひとつ言えるのは、人を救うのは結局、人なのだという事。そして、地獄というのは、人間が人間を無視する事なのだ。
絶望した人はワラをも掴むものだけど、それはワラでしかない事を受け入れてゆかないと、ふたたび別の絶望に、落ちてゆく事になるしかなくなるという事を、知らない人はかわいそうだと思う。
そんな事を考えながら、ある思いが浮かんだ。
夢を見せるなら、さいごまで夢を見させてやれと。どだい、そんな事できる人間など、いないのだと分かっているけれど。
にんげん、にんげん、にんげん。どこまでも、人間なのだ。
***
『崖っぷちの男と女』
色んな男に困らされてきましたが、そんな人生も今日限りなのかもしれないです。私は今、東尋坊の崖の先端に近い場所で、愛を叫ばれているのであります。
「あなたが好きです。あなたも僕を好きだとさえ言ってくれたら、一緒に死ぬつもりです。でも、あなたはなかなか僕を好きだと言ってくれないのだし、僕はいい笑いものです。よくもこんな酷い事が出来ますね。さあ、本当の気持ちを言ってください。嫌いなら嫌いとはっきり言ってください、僕は今すぐあなたの目の前で、死んで見せますから」
男に迫られ、私は心の中でこんな事を考えました。「困ったなあ、正直な話この人の事を私は何とも思っていないので、できれば今すぐ家に帰って、妹とお喋りしたいんだけど」と。
「あなたのお好きなように」
私はやっとの事でそう言いました。すると男は「お前には心が無いのか」と激しく怒り始めたのでした。
いったい、心って何でしょう。