1.裏切り 2.無自覚系 3.限界突破
『裏切り』
「あなたは私の作品です」
愛する人にそう言われるならば、悪い気はしないはずだ。しかし、何とも思っていない人からそう言われたらどうだろうか。
こだわりの強い詩人・岩井は常に、独自の作品を書こうと苦労していた。他者との交流を避け山にこもったり、かと思えば大都会の片隅でサンドイッチマンになり、道行く人々の中で孤独を感じてみたり。
そんな岩井にも友人がいた。水木というその女性は、偏屈な岩井の唯一の話し相手であった。水木はそんなに美しい女性ではないのだが、誰にでも親しみを感じさせる気安さがあった。
ある日、岩井は「TBP(世界一の詩人)賞」を受賞した。突然の出来事に岩井は驚いた。水木は喜び、二人きりのささやかな夕食会を開催した。そしてその時水木が放った一言が、岩井の心を一変させた。「ずっと応援していて良かった。あなたは私の作品よ」
岩井は次の日の朝、崖から飛び降り消息を絶った。
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『無自覚系』
人は誰でも、好きな人には優しくしたいと思っているはずだ。たぶん。しかし、その優しさというのが曲者で、良かれと思ってした事が相手にとっては迷惑だったというのは、ごくありふれた光景なのだ。
B氏はいわゆる「空気読めない系」で、相手の顔色や態度を見ても何も察する事が出来ない。その事で何度か、女性と揉めた事があった。そのうちの一人からは、裁判所を通して接近禁止命令が言い渡されている。
そんなB氏がこんな事を聞いてきた。
「僕が愛した人はみんな僕から去ってゆくんです。僕はいつも悪者だ。世の中悪い人間ばかりじゃないと信じたいけど、騙されるたびに傷つく。もう人を信じない方がいいんですかね」
私はこう答えた。
「君、人の話をちゃんと聞いてないんだよ。相手の気持ちが分かんないから、親切の押し売り状態なんだよ。押し売りは迷惑でしょ」
B氏は「もういい」と言って、行ってしまった。
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『限界突破』
とうとう堪忍袋の緒が切れました。今日こそは、三年前から私の事をストーカーしているあの人に、厳しく言おうと決心しました。
「山本さん、もう私を監視するのはやめてください。私はあなたを好きではないんです」
言った。とうとう言った。本当の気持ちを、ありのまま。
すると山本さんの口から信じられない言葉が飛び出しました。
「田中よう子さん、僕はあなたの太陽です。あなたが悲しみの過去という上着を脱ぐまで、温めてあげます」
私は頭のてっぺんからつま先までゆっくりと冷えてくるのを感じて、その場にしゃがみ込んでしまいました。なんて気持ちが悪いんだろう、そして私こんなにも山本ゆたかさんの事が、嫌いだったんだ。もう限界だ。そう思った、そのとき。
「しねばいいのに」
私の口から勝手に、そんな言葉がポロリと飛び出しました。すると山本さんはすごく怒りながら、どこかに行ってしまいました。