1.精神病院 2.木製人のラポール
『精神病院』
ある夏の日の事だった。私は兄に会いたくなって、病院を訪ねた。
その時の私は、とても寂しかったのだ。そして、何も無かった。普通に生きていたら持っていたであろう、愛されるための要件を何一つ満たしていない。それがあの頃の私だった。母親から、死ねばいいのにと言われた時、そうだろうなあ、というのが、正直な感想だった。
壁際のベンチに座ってうつろな表情で煙草を吸う人たちの前を通り過ぎ、奥の、箱を作る作業をする人たちの中に、兄を見つけた。
「兄ちゃん」そう、私が声をかけると「サクラちゃん、よく来たね」と、兄は立ち上がって、売店でコーヒーと、アイスを二人分買うと、「一緒に食べよう」と言って、そして私たちは椅子に座って、アイスを食べて、コーヒーを飲みながら、おしゃべりをした。箱一つ作っても、十円ももらえない、とか。そんな事を聞いた私は、兄がどれだけ私を大事に思っていてくれているのか知って、泣いた。
***
『木製人のラポール』
ある日、知らない男がうちにやってきて、こう言いました。
「あなたには助けが必要なのです」と。
その男はどう見ても人間では無かったので、私は彼にこう答えました。
「結構です」と。
しかし彼はなぜか、うちの庭の真ん中に根を張りました。
そして月日は流れ、三年ほど経った頃。私は彼に水をやりながら、よもやま話をする関係になっていました。彼とはすっかり顔なじみ、いや、家族なのではないか……もう、彼がいない生活など考えられない。恥ずかしい話ですが、そんな風に、密かに彼の事を思っていたのです。
ある朝の事でした。
「あなたはもう、以前のあなたではなくなりました。すっかり元気になって、私は嬉しいです。これで私の仕事は、終わったのです」
彼はそう言うと、土から根っこを引き抜いて、去っていきました。