春の庭でのおしゃべり
花たちのおしゃべりを聞いたことがありますか?
ある春の日、小さな姉弟が本を持って庭のベンチに座りました。
ベンチの周りには、春の花が可憐に風に揺れています。
「親指姫を読むよ」
お姉さんは、小さな弟のために「親指姫」をかわいらしい声で読み始めました。
春の花たちも、うっとりとそのお話を聞き始めました。
~親指姫~
むかしむかし、一人ぼっちの女の人が、魔法使いにお願いしました。
「わたしには、子どもがいません。小さくてもかまわないので、可愛い女の子が欲しいのです」
すると魔法使いは、種を一粒くれました。
「これを育てれば、願いがかなうだろう」
女の人が種をまくと、たちまち芽が出てつぼみが一つふくらみました。
「まあ、何てきれいなつぼみでしょう」
女の人が思わずキスをすると、つぼみが開きました。
すると、どうでしょう。
そのつぼみの中に、小さな女の子が座っていたのです。
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すると、春の花たちがいっせいにざわめきたちました。
「花から、女の子がうまれたわ」
「私もそんな女の子がほしいわ」
「その女の子、どれくらいの大きさなの?」
姉弟の後ろに立って咲いている花桃が答えました。
「親指くらい。つまり、妖精くらいの大きさよ」
「あぁ、私ではむりだわ。つぼみが小さすぎる」
ムスカリとヒヤシンスが泣きそうな声で言いました。
「それをいうなら、菜の花さんもサクラソウさんもたんぽぽさんもむりだわ。もちろん、私、花桃もむりだわね」
「可能性があるのは、椿の私とチューリップさんね」
椿がドキドキしながら言いました。
チューリップは黙っています。
サクラソウが言います。
「椿さんのつぼみってぎゅっとしていて、女の子は入れないわ」
みんなはっとして、チューリップを見ました。
「チューリップさんなら、つぼみがふわっとしていて、女の子が入れるわ」
「大きさも、妖精の女の子が入れるくらいあるわ」
花桃がさらに続けます。
「じつは、絵本の絵もね、チューリップのような赤い花だったわ」
「赤!?」
この庭に咲いているチューリップは赤でした。
「チューリップさん、女の子をうめるわよ」
みんな、水面に映った春の日差しのようなキラキラした眼差しをチューリップに向けてきます。
チューリップは、黙ったままです。
すると、親指姫を聞き終わった小さな弟がチューリップに近づきました。
「ぼく、親指姫を見てみたい」
そして、チュッとチューリップに口づけをしました。
でも、チューリップは、黙ったままです。
周りの花たちが口々に言います。
「チューリップさん、生まれそう?」
「チューリップさん、もっと花びらを開いて」
「だめよ。女の人じゃないと。私がやってみる」
今度はお姉ちゃんが、「親指姫に会いたいです」と唱えて、チューリップに口づけしました。
でも、何も起きません。
「やっぱりだめみたい」
姉弟は、残念そうに言うと家の中に戻っていきました。
春の花たちは、
「女の子じゃなく、女の人じゃないとだめだったんじゃない?」
「一人ぼっちの女の人じゃないといけないんだよ」
「それより、子供がほしいという思いが大切なのよ」
「親指姫、私たちも見たかったね」
とおしゃべりを続けました。
そして、今まで黙っていたチューリップがやっと口を開きました。
「私、魔法の種から生まれたんじゃないわ。お隣の山田さんちからいただいた球根出身よ」
花たちは、あっと思ったかというと、そうではありませんでした。
「山田さんが、魔法使いだったの?」
「確かに、あのおばあちゃんなら魔法を使えそうだわ」
チューリップをのぞいて、春の庭では賑やかなおしゃべりが続いています。
でも実はチューリップも、親指姫の話題から離れた時にその輪に入ろうと機会をうかがっているのでした。
おわり
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
親指姫の文章は、「福娘童話集」から一部抜粋させていただきました。
何か感じたことがございましたら、感想などいただけると嬉しいです。