とある雨の日
高校も二年になり、春も終わり梅雨真只中の六月。朝からの土砂降りの雨は一日中止むことは無い。そんな日の帰り道、俺は一匹の子犬と出合った。
「何だあの犬?」
ただ黙って子犬を見ていた。歩く早さはゆっくりで、壁に体を擦りつけながら歩いている。
「…あ…」
子犬は壁から離れたかと思うと電信柱にゴンッと頭をぶつけていた。子犬はそのままブンブンと頭を振り再び歩き出す。俺はそのまま子犬を見送り家に帰った。
「さて、この雨じゃ出掛けらんねぇしどうすっかな」
カバンをそのまま階段に置き、リビングのソファーに横になり考える。
「………あー! ダメだ! やっぱり連れて来る!!」
あの子犬の事がどうも気掛かりになり、横になっていた体を一気に起こすと傘を差して土砂降りの中を駆け足で探し回った。
「おっと、危ねぇ」
やっとの思いでフラフラと歩いていた所を見つけたが向かっている先は小さな川。普段は浅いがこの雨続きで水嵩が増し落ちたら流される勢いだった。慌てて走り、そのすんでで子犬を抱き上げる事に成功した。
「やっぱりお前見えてなかったな」
壁伝いに歩いていた事、電柱にぶつかっていた事から子犬の目が見えない事に勘付いてはいたが見捨てる事にした。だからって気にかけてもどうする事も出来ないのは知っていたから。だけど出来なかった。
「とりあえず寒いからお前連行な」
怯えているのか寒いのかは分からないが子犬の震えが止まらない。
家に着くと早速風呂で子犬を洗い温める。タオルで水気を拭きドライヤーでしっかり乾かしたがそれでも震えは止まらなかった。それにより一つ判明したことがある。
「そうか、怖いか」
目が見えない上に知らない奴に連れて来られたんだ。そりゃ怖いわな。
「置いとくから気が向いたら食え」
帰る途中で買ってきたドックフードをお椀に入れ子犬の前へ置き、自分の餌の準備を始める。
「なんでこう一人分だと面倒なんだ?」
俺は生まれて間もなくこの家に拾われた人間。つまり養子だ。なのにどういう訳か二年前に遺書と遺産だけ残して病気で死なれてしまった。
遺書の内容は『ここの土地、家屋、家屋内の全ての物、私が所有する全ての財産を我が息子の櫻井椿に譲る』と書かれていた。
それとは別に俺宛に書かれた手紙が一枚入っていたのだ。
『面倒なことは書かん。椿、お前の自由に生きろ。遺産を使い両親を捜すもお前の自由だ。元気に過ごしてくれれば満足だ。じゃぁな、達者で。追伸―入れ歯だけは庭に埋めてといてくれ。まぁ冗談だがな』
自由に生きろと言われたがどう自由にしていいか分からない。分かっているのは、俺は自分を捨てた両親を探す気など更々無いという事。
そして後日何となく入れ歯を探したが本当に冗談のようだった。よくよく思い出して考えてみると、入れ歯なんてしていない。あんのクソ親父。
「まぁ今更文句言ってもしょうがねぇし、俺は何食おう」
目の前にはまだ手つかずのドックフード。徐に一つ摘んで自分の口に運ぶ。
ガリッと硬い物を砕く音が口の中で響き渡ると同時、
「うわっマズッ」
砕け散った物が口内に広がっていった。不味いのはむしろ当たり前とでも言うべきか。
「今日はもう面倒だ。茶漬けでいいや」
まずコップに水を勢いよく入れると口の中の咀嚼物を吐き出した。そして改めて「犬や猫ってなんでこれ美味しそうに食べれるんだろ?」と実感した日でもあった。
ヤカンに水を入れ火に掛け、沸くまでの間椅子に座り子犬を眺める。
「何も入ってねぇから……しょうがねぇなぁ」
一向に食べようとしない子犬に少々苛立ち始め、ドックフードを手の平に乗せ口元に運ぶ。
「ほら時雨、食え」
時の雨。在り来たりな付け方だがこんな時期に拾ってしまったんだからピッタリな名前だ。悪くは無い筈だ。
「ん?」
時雨は匂いを嗅ぎ、恐る恐るだけど少しずつ食べている。
すると今度はお碗に入っている分を食べだした。少なからず警戒が解けたような気がした。
「良し。ちゃんと食って元気出せよ」
時雨にそうやって言い聞かせると、いい感じにヤカンの蒸気音が響く。時雨の頭を軽く撫でると続いて自分の餌を作った。
この出会いから一年。時雨はしっかりと懐いてくれた。最初の数ヶ月は声も発してくれないほど人に怯えているようにも見えたが、今は自分の意見を持ち出したのか好き勝手に過ごしては俺に怒られる。そして何処かにぶつかれば俺に笑われその度に噛み付いてくる。笑うなと怒っている証拠でもあった。出会った頃と比べれば自由気ままになったものだ。




