上
全能なるものが在った。
それはひとつの世界を創り、そこに三つの大陸と七つの国を作った。
七つの国にはそれぞれ国を見守る神や女神を配した。
それがその世界における創世神話であった。
しかし、神話の中だけでなく神々は実際にいた。
いつの世も人々の中から『選ばれた人間』が現れ、神の加護を受ける。
その『選ばれた人間』はのちに英雄と呼ばれる存在になるのである。
さて、ここで一人の女神の話をしよう。
女神は『選ばれた人間』に加護を与えた。
それはちゃんと仕事としてやった。
しかし、神々の加護は『選ばれた人間』にしか与えられない。
彼女はそれをこの幾百年の間ひたすら嘆いていた。
「また推しが死んだ!!」
女神は頭を抱えて叫んだ。
それを見ていた従者の片方は憐れんだ目で、もう片方はうんざりしたような目で見ていた。
「なんでいつも私の推しは死ぬんだよ……いつもそう…こんなことなら好きにならなければ…いやでも推しのあの笑顔を見てしまった時から心はすでに推していたわけで……」
「もう一周回って呪ってるんじゃないですか?」
「マジかよ!!ちくしょう!私が推したばっかりに…!」
「右の従者よ、女神様に追い打ちをかけるようなことを言うのは……」
「しかし左の従者よ。女神様がああして嘆くのを見るのはいい加減に鬱陶しくはないか?」
「ちょっと右の!」
神々には二人の従者が付けられているが、従者たちに名前はない。
それぞれの神が「一番目、二番目」や「明けの、宵の」など独自の呼び方をしている。
右の従者と呼ばれた方が呆れたようにため息を吐いてから言葉を続けた。
「そりゃあ、私だって最初は心配したさ。五百年くらい前だっけ?勇者の仲間だった戦士が戦いの最中に死んだ時の女神様の落ち込みようといったら。勇者への加護が脳内から吹き飛んだんじゃないかと思った。」
「それどれへの心配?」
女神が最初に『推し』と認識したのは一人の戦士だった。
豪胆な性格で面倒見が良く、俗にいう兄貴肌な男であった。
仲間の誰かが落ち込んだり悩みを抱えた時はきちんと話を聞いて最後には眩しいような笑顔を見せた。
その笑顔に勇者も助けられた。
もちろん女神もその笑顔を見て「やばい。推せる。」と『推し』に目覚めた。
そんな戦士に密かに恋をしていた魔法使いの少女も女神の熱を上げるのに一役買っていた。
「ぐへぇぇ!好きなのに素直になれない魔法使いちゃんとそんな想いに気づかずに子ども扱いする戦士のほのぼのやり取りがめちゃくちゃかわいぃぃ!!ずっと見てたい。」
「いや国と勇者を見てくださいよ……」
しかし戦士は魔王との戦いで死んだ。
回復する暇を与えないために魔王は最初に魔法使いに重傷を与えた。
それでも勇者たちは必死に魔王と戦った。
魔王は重い一撃を喰らわせた勇者へとどめをさすように最大攻撃魔法を放った。
動けない勇者の前に立ちはだかったのが戦士だった。
振り返って「あとは任せたぞ!」といつものようにあの眩しい笑顔で勇者に言い残した戦士は、魔王の攻撃を喰らって死亡した。
それを見ていた女神は何が起こったか受け入れられず放心。
そして「は?」と呟いた後、「いやいやいやいやいやいや嘘嘘嘘嘘嘘ウソ嘘嘘嘘…え?嘘でしょ?え?え??」と混乱。
ようやく状況が理解できた後はひたすら泣いた。
「うわぁああーーーーー!!」と声を上げながら泣いた。
そんな女神の姿に従者たちは慌てた。
「えぇ!?どうなされたのです女神様?!しっかり!」
「勇者戦ってるから!加護して!加護が切れると勇者やばいから!」
泣きながら勇者に加護を与えてる女神の姿に従者たちはこれまでにない緊張感に包まれた。
「もう私が魔王消すか。」と女神が言いだした時は全力で止めた。
人の営みに関することに神が直接手を出すのは許されないのである。
勇者の渾身の力によって放たれた攻撃で魔王は倒れ、戦いは終わった。
「こいつが魔に堕ちた時に手を下していれば…!」
「だから女神様が直接手を出すのはダメなんですってば……」
これが始まりだった。
それから百年後、当時の王の悪政に苦しんでいた民たちは反乱を起こした。
その反乱を率いていた男の名はアルベルト。
彼はのちに『希望の太陽』と呼ばれた。
いよいよ城へ攻め入るその時に雲間から射し込んだ日の光がアルベルトに降り注いだからだとかアルベルトの目が太陽のような金色だったからだとか諸説はいろいろだがこの男にも女神の加護が与えられた。
だが、この時女神が推していたのは彼の右腕であり友人のニーへルであった。
アルベルトとニーヘルは同じ村で生まれ、兄弟のように育った。
アルベルトが動であるならニーヘルは静。
正反対のようで似た者同士の二人は良き友だった。
先導者となったアルベルトにニーヘルは時には助言を与え、時には苦言を呈した。
「なにこの…二人で一人的な感じ……ていうかニーヘルのほほ笑み何?光じゃん…圧倒的光じゃん……もうお前が女神や…」
「女神本人が何言ってるんですか…」
「だって見てみ?このやわらかいほほ笑笑み。慈愛の塊じゃん。慈愛の項目にこのほほ笑みを載せるべき。そしてこの憂いを含んだほほ笑み。美しい通り越して美しいの極み。これ宗教画にしよ?もう私とか描かなくていいわ。全ての絵師よ、ニーヘルを描きなさい。」
「なんでこういう時は口調が奇妙になるんですか?」
「ていうかなんですかこの分厚い本…」
「ニーヘルのほほ笑み全集。私が見たニーヘルのあらゆるほほ笑みを脳内から写し出してこうやって本にすることに成功した。」
「新しい能力身につけてる……」
しかしニーヘルは騎士団との戦いで死んだ。
数は勝っていたがやはり一筋縄ではいかない騎士団によって反乱者一行は足止めを喰らっていた。
長引けば圧されるのは此方だと思慮したニーヘルはアルベルトに呼びかけた。
「アル、ここは任せて先に進め!」
「ニル?!何を言って…」
「『勝って美味い飯をたらふく食う!』…だろ?」
「……酒もな!!」
駆け出したアルベルトを追おうとする兵をニーヘルが阻止する。
それを両手を握りしめながら応援する女神。
「ちょっと騎士団に雷落としていいかな?!」と言い出した女神をまたもや従者たちは全力で止めた。
何ならもう振り上げかけていた右手を右の従者が必死で押し留めていた。
「ニーヘル!国王を捕えたぞ!これで民は救われ……」
戻ってきたアルベルトが目にしたのは涙声でニーヘルの名を呼ぶ兵と彼らに囲まれたニーヘルだった。
「アルベルト、ニーヘルは……」
「俺のせいなんです!!俺を庇ったばっかりにニーヘルさんは…っ!」
この状況を理解出来ない、いや理解したくないというようにアルベルトは恐る恐るニーヘルへと近づいた。
それはいつも自信に溢れているような力強い歩みとは程遠いものだった。
やっとたどり着いたアルベルトはニーヘルの顔に触れた。
「おかえり」「やったな」とアルベルトを迎える言葉がニーヘルの口から紡がれることはなかった。
アルベルトは声を押し殺して泣いた。
しかし時折聞こえる嗚咽に兵たちはさらに涙を流した。
薄く雲が覆った空からは静かに雨が降り出した。
言うまでもないが女神が泣いたからである。




