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3-4 ボストン第二日目

 翌日の新聞には非常に好意的な見解で取材の様子が紹介されていました。


【東洋からやってきた貴公子は、メリハリをつけながら極めて正確なキングスイングリッシュで筆者の質問に答えてくれた。

 さらに言うならば、彼の話し方は生まれが英語族ではないかと思うほど流暢であったのは是非とも付け加えるべきであろう。

 口下手な米国人よりもよほどに上手な英語であったと断言できるのだ。

 東洋人の16歳という年齢にしては高身長でスマートな体形は頭脳のスマートさと相まって、従来の東洋人への偏見を見直さねばならないだろう。

 それに彼の場合は白人種の私から見てもかなり美男子であると思うのだ。

 彼の話し方はまさに知性を感じさせるもので、筆者は英国の王族と話をしているのではないかと錯覚するほどだった。

 終始冷静であり、慎重に言葉を選んで発言しつつ、言うべきでないことについては、その理由を付し、はっきりと明示して発言を拒否していた、

 その様は見ていて、聞いていて、実に小気味よいほどであった。

 ボストンを含め政界で何かと歯切れの悪い答弁を繰り返す政治家に、I wish that they will make to follow in the footsteps of Imperial Highness Prince Hiroyoshi. (宏禎王の爪の垢を煎じて飲ませたいものだと思う。)

 Imperial Highness Prince Hiroyoshiがボストンを訪れた理由は、ハーバード大学への留学を望んだためであり、この28日には入学を許可するか否かの試験がハーバード大学で行われる予定である。

 私はわずかに一時間足らずの取材でのやり取りですっかり彼の魅力の虜になってしまった。

 この聡明な東洋のPrinceがハーバード大学の試験に見事合格するよう心から願ってやまないものである。】


 褒め言葉で彩られた新聞を読み終わってからホテルをチェックアウトし、明日香丸から引っ越し荷物を受け取って馬車で運送するのに立ち会った。

 その上で手配した馬車に分乗して、House of Aunt Martha(略称HAM)に向かったのだった。

 

 その日は一日を引っ越し作業で終わった。

 私はあまり人目に付く場所での作業はできないので、専ら改装されたHAMの中での作業に終始した。


 特に秘密の地下室への地脈発電機の設置及び各種配線は大事な仕事であり、私と先乗りのゴーレム二体が専従した。

 ボストンの発電所からの電気は基本的に照明にしか使わず、新たに設置した家電製品や魔道具等については人目につかないようにしてあり、電力が必要な場合は地脈発電装置に頼っている。

 


 従って傍目にはHAMでは左程の電気を使っていないと見えるだろう。

 明日香丸は、明日にはボストンを離れるのでゴーレムの先乗り組も帰国する。


 彼らの滞在ビザが二か月で切れるので米国に残すわけには行かないのである。

 私や供の侍従やメイド達は、半年の期限がある滞在ビザなので、時期が来れば領事館等で滞在延長をお願いしなければならないようだ。


 ゴーレムたちは帰国したならば東京駅地下の格納庫で待機するか若しくは飛鳥重工等関連企業で交代要員として働くことになる。

 その辺の采配は、ゴーレムの管理隊長に采配を任せているのです。

 彼らが判断に困ったときは、私に相談が来るようになっています。


 翌日は明日香丸の見送りと、家具調度品の調達でボストン市内を手分けして回りました。

 まぁ、私はあまり出回れないのでHAMでお留守番ですけれどね。


 番犬のアタリはつけてあります。

 ボストン郊外にある牧場で生まれた六匹の大型犬を二年ほどで持て余している牧場主がいるのです。


 周囲の知人に声を掛けても引き取ってもらえず、何とか二匹までは引き取ってもらえる飼い主を探したようですが残り四匹は引き取り手がないまま。

 子犬と言うには大きくなってしまった犬ですがそのうち1匹はそのまま牧場に置いておくとしても三匹は困った居候になっているわけです。


 大きくなればなるほど引き取り手がなくなるわけで、牧場主はもう半分諦めている状態のようですね。

 試験が終わったなら大学が始まる前に牧場を訪れて犬の交渉をしたいと思っています。


 ペットショップ若しくはPet Storeはこの時代にはありません。

 どちらかと言うと人間様が生きてゆくのに精一杯な時代なわけで、犬を飼うほど余裕のある生活をしていないから、そのようなお店もないのです。


 むしろ保健所あたりで薬殺処分を待っている犬(野犬)が非常に多かった時代なのだと思います。


 もう一つ、ゴーレムとしての白人若しくは黒人を雇い入れようかと思っています。

 ボストン市内を魔法で探したところ、かなり多数のホームレスが居る事を確認しました。


 彼らの中で所謂住民票に類する居住許可証を持っている者が結構な数存在しているのがわかりました。

 それらをチェックし、マーカーをつけて継続監視をしていたところ、アイルランドから移住してきた二世の男性が市内のスラムで人知れず病気で亡くなりました。


 風邪をこじらせた急性肺炎による心不全です。

 宏禎王は、その夜のうちに誰にも気づかれずに死体と居住許可証を回収し、彼の身体に合わせてゴーレムを造りました。


 彼の場合、親兄弟は勿論のこと縁者もいない全くのボッチでした。

 ホームレスの中に顔見知りは多少居るものの所謂親しい人物はいなかったようです。


 ですから彼がゴーレムと入れ替わっても誰も不思議には思わないはずなのです。

 彼の名前は、マイク・L・コーベン、二歳の時に米国に両親とともに移住してきましたが定職もなく親子そろってスラム街に住みつき、物乞いなどもしながら生きて来たようです。


 亡くなったときの年齢は32歳でしたが外見上は50代とも思えるほど老けていました。

 彼は、公式の記録上では1914年10月7日から東洋から来た貴公子に雇われ、ケンブリッジのDana St.に面したHouse of Aunt Marthaと呼ばれる屋敷で執事として働くことになりました。


 彼のために、貴公子はボストン市役所で正規の雇用手続きをし、必要な書類を作成したのです。

 同様にスラム街に住む47歳の黒人女性カーラ・メリソンは東洋から来た貴公子に雇われることになりましたが、人知れずスラムの崩れた倉庫の片隅で餓死してしまった本来の彼女の亡骸は、マイク・L・コーベンの遺体と同様に大西洋の底に沈められ、魚の餌になっています。


 今後彼らの遺体が陽の目を見ることは決してないでしょう。

 こうして10月に居住許可証を持っていたホームレスの男女二人が、Prince Hiroyoshiに雇われるようになりました。


 彼らの賃金は、ボストン市内のサラリーマンの平均収入より二割ほど高額だったのは市役所の担当者だけが知っています。

 帰国する際には彼らも連れて行く予定にはしていますけれど、米国の足掛かりとして定住させるのもありかなと思っています。


 宏禎王が米国国務省に依頼して代理で購入してもらったHAMは、千㎡ほどの敷地に木造の三階建てで、寝室が12室、一階に居間、食堂、台所などを備える古い家屋でした。

 延べ面積は千五百㎡ほどになるはずで、日本の基準からするとかなり広い家になるはずです。


 当該建物について、宏恭王は派遣したゴーレムを使って、既存の建材を浸透薬剤で硬化させるとともに、外皮表面を薄いプラスクリート又はセラミックス製の断熱外装材で覆って補強しました。

 このため外見上は従来の建物に非常に似通っていますが、かなり強化された骨材を有する断熱型家屋に変化しました。


 隙間風は無くなり、床の軋みも皆無になりました。

 老朽化してところどころ腐食した床板などは取り替えられ、遮音性の高いタイルカーペットに覆われ、居住する者に静穏な環境を与えることになりました。


 新たに設置した空調設備を使わずとも以前に比べて夏は涼しく、冬は暖かな住環境が生まれたのです。

 新たに設置した空調設備は壁の中を張り巡らした細管の中を走る温水若しくは冷水によって行われ、外部から来たものはそうした設備があることすら気が付かないはずなのです。


 同様に湿度を調整するための機器が壁の一部に埋め込まれていて、無音の内に湿度を最適の状態に保ってくれています。

 こうした設備は、宏禎王が帰国する二年後に合わせて全て取り外されなければならず、必要に応じて現地建設業者に依頼して新築した家をハーバード大学若しくは国務省に寄贈する予定なのです。


 宏禎王が設置した種々のハイテク技術は痕跡も残らなくなるはずなのですが、家を新築したからと言って予算の心配はありません。

 樺太の海底油田が今後無尽蔵と思われる程の富を稼ぎ出してくれますので、木造住宅の一軒や二軒の建設資金などどうにでもなるのです。


 9月5日と6日は家の清掃や引越荷物の片付け、新たに用意すべき生活必需品等の準備に費やしましたが、新たなベッド等必要な家具、生活用品が業者の手によって運び入れられるまで、取り敢えずHAMに元からあった古いベッドで使用可能なモノを使用している状況にあります。

 宏禎王は念のためゴーレムたちに既存家屋及び敷地内の徹底した消毒を事前に行わせていたので、病害虫の心配は完全に無くなっています。


 食事の用意は主としてメイド二人が行うことになっていますが、この二人は渡航前に洋食の調理についても宏禎王に厳しく鍛えられているのです。

 似たような食材はあるものの、今後二年間はほとんど和食を食べることは難しいものと考えて行動する必要があるので、彼女らの責任は重大ですが、きっと彼女らならやり遂げてくれるでしょう。


 それに、宏禎王の膨大な知識を受け継いでいる黒人女性の風貌をしたゴーレムのカーラさんが、彼女らの足りない部分を補ってくれます。

 同様に侍従の二人が足りない部分はゴーレム執事のマイクが補ってくれるはずです。

 このようにして一応、ボストンでの生活基盤については10月中旬までにはほぼ整えられました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 世間の人の視点に、無批判や無気力としか思えないような意見が少なく、面白くて概ね納得できる 下手に競争させず、潔くすべて秘匿するということにして辻褄を合わせているのは、上手く行っているように…
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