2-1 異世界転移と異世界転生
私は、花鳥宮宏恭王とその妃である常子(旧姓徳河)との間に第一子として明治30年12月8日に生まれた者であり、正式には生誕時花鳥宮宏禎王と呼ばれていました。
父宏恭王が明治16年に勅命により継いだ花鳥宮家の嫡子でしたが、その後、富士野宮本家を相続する予定だった私の叔父(父の異母弟)宮である邦芳王が病弱の所為で、明治37年(1904年)には、父が富士野宮家当主として復帰し、私も富士宮の嫡子となったのです。
ですが、もともと庶子ではあるけれど、父も8歳までは富士宮宏恭王と呼ばれていたのですよ。
庶子ゆえに富士宮本家の家督を継ぐことはないものと見做され、血の絶えた名跡である花鳥宮家を継ぐように詔勅があったと聞いています。
しかしながら、運命のいたずらか父宏恭王は本家に返り咲いたことになるのです。
その際に花鳥宮は私の実弟である宏任王が継ぐことになりました。弟も未だ幼少なので取り敢えずは単に名を継ぐというだけですけれどね。
こうして私が数えで八歳の折には花鳥宮宏禎王から富士野宮宏禎王とよばれることになったのです。
富士野宮家は、親王家の中では最も古い歴史を有する宮家であり、南北朝時代の持明院統の嫡流でもあります。
孝明天皇及び明治天皇の直系の宮家を除き、富士野宮以外にも皇族とされる宮家は十一宮あるのですが、そのほとんどが富士野宮本家から言えば分家筋に当たるのです。
富士野宮家の住まいは東京市紀尾井町の元井伊家跡地なのです。
一方で、私が生まれたのは三田にあった花鳥宮邸でした。
私は三田の花鳥宮邸で何不自由なく過ごせる身分でした。
皇族としての因習に縛られるためにそれなりに不自由な面もあるのですが、明治の後半に生まれた子供としては極めて恵まれた環境での生活を送れたはずなのです。
実のところ私は普通の子ではないのです。
信じられないかもしれませんが、私は、元々、今生きているこの明治時代からおよそ130年も未来の日本で生きていたことのある人間なのです。
西暦2035年当時、私はIT産業のシステム技術者として時代の最先端で働いていた(多分??)有能な企業戦士であった筈です。
でも冬のある夜、東京都港区にあるマンションへの帰宅を急いでいる途中で、いきなり私は黒い穴に落ち込んだのです。
レンガブロックで舗装された歩道の上に極普通に脚を踏み出したはずなのに、その地面がいきなり何もない空間となってしまっては、落ち込むことを防ぐ方法などありません。
真っ暗闇の中をかなりの時間落ちていたはずなのですが、その過程は良く覚えてはいないのです。
次に気付いた時、私はアブサルロアという異世界の王国の都市に立って居ました。
まぁアブサルロアという王国名も異世界であるということも後でわかったことで、いきなりそんなところに出現した私自身が何が何だかわからずに混乱し、慌てまくっていましたよ。
でもそれに輪を掛けて、私の周囲は大混乱の真っ最中でした。
アブサルロア王国西端の都市ウナゼルは、全方位から魔物の大集団によって襲撃されている真っ最中だったのです。
都市は高い城壁で周囲を覆われ、魔物の襲来から守られるようにできてはいるのですが、これまでにない大規模なスタンピードのため地竜などの大型魔獣も多数出現し、城壁にある4つの門が支えきれず、正にその一つが破綻しかけていたのです。
ましてや空を飛ぶ魔物の類は城壁では到底防げません。
都市内部の至るところで城塞守備隊と空飛ぶ魔物との壮烈な戦いが繰り広げられており、私がようやく周囲の異常さに気づいた時には、至近にあった南門は鉄製の外門が内側に大きくひしゃげ、太い鉄格子でできている落とし戸も三枚の内二枚までもが既に大型の魔物により壊されていたのです。
残り一枚の鉄格子が破壊されればウナゼルは魔物の群れに間違いなく蹂躙されることになります。
地を這う地竜の体高ですら人の背丈の三倍ほどはありそうで、動物園で見た犀など赤ん坊に見えるほどでかい巨獣が土煙を上げて、門の鉄格子にぶちかましを掛けているのです。
ぶちかましの度に大きく震える門周辺の城壁とどんどんひしゃげ度を増す鉄格子です。
どうみても長くは持ちそうにありません。
その光景をその門前近くの広場で見ていて唖然としていた私をワイバーンが空から狙って襲撃して来たのです。
危くそれに気づいた私が反射的に手のひらをワイバーンに向けた途端、私の手のひらから強大なビームがほとばしり出て、ワイバーンを一瞬で黒焦げにしたのです。
炭化したワイバーンはそのまま広場に落下し、その勢いのまま地面を転げ回りましたが、幸いにしてビームの衝撃により幾分進路を変えたのか私のすぐ脇を通過したために二次的な被害はありませんでした。
ワイバーンは翼竜であり、翼長は広げると12メートルを超える化け物です。
そんな大型の魔物が一瞬のうちに炭化するほどのエネルギーが一体どこから出たのかと疑問に思う間もなく、ラノベの異世界転移を思い出し、自分がそのヒーローの不可思議な能力を得たのだと何故か確信してしまいました。
まるで夢の世界にいるような気分のまま、私は、思いつくままの魔法を次から次へと生み出し、操っていました。
アドレナリンの所為か余程テンションが上がっていたのでしょうねぇ。
自分がやった行為ながら実のところ細部はほとんど覚えていないのです。
とにかく、思いつくまま動き回って、魔法を駆使し続け、一時間か二時間後には、私がスタンピードの魔物を一掃していたのです。
当然のことながら、退治した魔物の数は私も一々数えてはいなかったのですが、優に万を超える数であったというのは生き残った城壁の守備兵達の言でした。
それらの魔物の大群を、私は大魔法若しくは大規模領域殲滅魔法を乱発して大量に片づけていたらしいのです。
この世界では極少数の大魔法師と呼ばれる者達が大魔法や大規模領域殲滅魔法を操ることができ、それらのエリートマジシャンですらそれらの魔法を連続して二度も放てば魔力が枯渇して三度目は間違いなく試すこともできない代物らしいのです。
しかしながら、私はそれを続けざまに数えきれないほども放ったようです。
それがために、事後ウナゼルの周囲の原野にはかなり多数の大きなクレーターが生じていたのを私自身が確認しています。
このクレーターの一つ一つが私の放った魔法による物だとわかったときには我が事ながら身震いをしましたねぇ。
いずれにせよ、私はアブサルロアに転移して周囲を良く確認する暇もなく、ウナゼルの危機を救った奇跡の救世魔法師として人々から崇められ、奉られる存在になってしまったのです。
その後半月もしないうちに王家から招請されて、アブサルロアの王都クロバンスに出向き、国王からの感状を貰い、男爵に叙爵された上、いきなり王宮魔法師として迎え入れられたのです。
このアブサルロアでの魔法師としての活躍は、その後200年以上にも及ぶ山あり谷ありの一つの冒険譚でもあるのですがその話はまた別の機会にするといたしましょう。
いずれにせよ、私はアブサルロアの世界で魔法師としては最高位の侯爵まで上り詰め、愛すべき妻子も得て、高名な魔法師として一生を送り、やがて大往生を果たしたのです。
私の子孫や弟子達に最期を看取られながら、静かに息を引き取ったのだから、それで私の人生は終わったはずでした。
なのに、次に気づくと、私は何故か別の場所で生まれ変わっていたのです。
アブサルロアへの転移の時は、西暦2035年に日本から生身の身体でそのまま転移したわけなのですが、その時以上に今回は混乱しました。
死の床から目覚めた時に200年以上もの間に馴染んだアブサルロア語ではない言葉を周囲が話していたからであり、それが日本語であったことを私がようやく思い出したからなのです。
元の日本に戻ったのかとも思いましたが、時代が全く違っていました。
何と、明治時代に私は生まれ変わったらしいのです。
周囲に知られぬよう密かに魔法を使って現状を把握すると、私は全くの乳飲み子として生まれていました。
生まれた直後から暫くの間は、乳飲み子としての本能が非常に優勢で、いつでも常に私の理性が押し流されてしまうのですが、私の頭脳には、日本で過ごした30年近くの独身生活の知識経験と200有余年に及ぶアブサルロアでの魔法師としての知識経験が詰まっていたのです。
しかも驚くべきことに、この新たな幼い乳飲み子の身体でも十二分に魔法を使うことができたのです。
アブサルロアの属する世界で歴代随一の大魔法師として認められた知識と経験がそのまま0歳時の頭脳に収まっていますし、21世紀の科学と言う未来の知識をふんだんに持っていることになります。
このことは非常に幸いなことでした。
まぁ、明治時代の場合は、0歳と数えず、生まれてすぐに一歳と数えて、概ね1か月後の明治31年正月には2歳となってしまうのですが、それは単に年齢の数え方の問題であり、私が生まれたばかりの所謂乳飲み子であることには変わりはありません。
実は前世のアブサルロアでは魔法師だけではなく、非公式ながら錬金術師としての腕も磨いていました。
自画自賛になってしまうのですが、おそらく錬金術師としてもアブサルロアでは並ぶ者無きレベルに達していたと思うのです。
日本での前職であったITシステム技術者の知識経験を活かし、異世界では疑似AIロボット(アブサルロアではゴーレムと称される魔法生物)を密かに造っていました。
ほぼ完成に近いところまで漕ぎつけていたのですが、未完のままで誰にも知らせず秘密の場所に残してきました。
おそらく放置していてもそのままで数百年は持ちますが、いずれはあのゴーレムも地下深くの空洞の中で朽ちることになるでしょう。
前世のアブサルロアの世界では、ゴーレムは先進過ぎることもあって当面必要のない技術と思われたからこそ封印したのです。
この世界では当該技術は果たしてどうなのでしょうか?