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親王様は元大魔法師~明治の宮様に転生した男の物語~戦は避けられるのか?  作者: サクラ近衛将監
第二章 富士野宮宏禎王
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2-9 農業部門へのテコ入れと工業規格

 そうそう、明治41年10月の「韋駄天(いだてん)」発売開始に合わせ、飛鳥電気製作所の圧延鋼板加工部門を分離して、飛鳥重工車両製作所を創設しました。

 明治42年4月には飛鳥重工農機製作所を立ち上げました。同社は我が国の慢性的な食糧不足を解消するためにパラチウム電池を利用した取り敢えず農機具製造に特化した会社です。


 同時に機械化された農場経営のために北海道に巨大な地下建造物の立体農場を作り始め、米、野菜などの屋内栽培を推し進めることにしました。

 計画は取り敢えず5か年計画であり、明治47年(1914年)頃には、完全な人口環境における作物の育成栽培が開始できる予定です。


 この計画が軌道に乗れば、樺太、東北、北陸、山陰、四国、九州、沖縄にも順次計画を拡大し、20年後には朝鮮及び台湾にまで拡大予定なのです。

 新たな農場の名前は飛鳥農場北海道工場とし、石狩国#恵庭__えにわ__#村の#漁川__いさりがわ__#北側にある島松地区に礎石を置きました。


 農場は地下施設になるので地表には600㎡ほどの二階建て建物が一つだけなのですが、地下部分は深さ20mの平面を基準上面として東西10キロ、南北10キロ、高さ200mの巨大建造物になります。

 当然のことながら明治末期にこれほどの巨大構築物の工事を請け負える建設会社など存在していません。


 従って、私のゴーレム部隊が主力の飛鳥建設農業部を設立し、当該計画に専念させることにしました。

 建設中、現地での雇用もある程度は見込めますが、何しろ国家機密に該当するほどの特殊な建設工事ですから雇用できるのは本当に信頼のおける人物のみになりますね。


  ◇◇◇◇

 

 明治42年10月には飛鳥東京発電所と飛鳥セラミックスを立ち上げました。

 需要の増した電力供給のために、農商務省のお役人と直談判の結果、甲武鉄道(後の国鉄中央本線)中野駅南側域に2キロ四方の原野を払い下げてもらい、そこに飛鳥東京発電所を設置、電力は東京電灯(後の東京電力)に売電することにしたのです。


 自前で給電しても良いのですが下手をすると電力会社という地場産業が消滅してしまう恐れがあったのです。

 何せ、現状の東京電灯の設備では、発電効率、技術、採算性とどれをとっても優れたところがないのですから、競争すれば間違いなく東京電灯が潰れます。


 勿論、陸海軍に許可を得ることができれば地脈式発電機の導入も可能なのですが、審査が非常に厳しく、未だに各地の電力会社で許可を得た者はいないのです。

で、止むを得ずセキュリティを強化した発電所施設を私が作り上げ、交流電圧による送電を開始することにしたのです。

 勿論、陸海軍とは協議済みでその了解を得ておりますよ。


 飛鳥発電所の役割は、発電所から東京電灯が用意する受電設備までの給電だけです。

 受電設備からの送電は東京電灯に任せています。


 いずれにしろ東京市内の各所に高い送電鉄塔が立ち始めたのは明治44年頃からのことなのです。

 因みに送電用の碍子、銅線等も飛鳥電気製作所で製造を始めているのです。


 送電効率アップのためにはより良い製品を生む必要があるわけですが、そのたびに陸海軍の担当者が雁首揃えて我が家を訪れああでもないこうでもないと議論をして行くのがすっかりと我が家の日常になってしまいました。

 そのためかどうか、父宏恭王が富士野宮家の敷地内に私専用の小さな屋敷を建ててくれました。


 何でも私が設立した会社に出資したお金が生んだ利益がかなり膨大であったようで、富士野宮家の財政は万々歳なのだとか、そのうちの幾分かを使って建ててくれた家なのです。

 非公式ながら私の寝室、工房三室、応接室二室、待合室兼ホール、台所、浴室等私がそこで生活してもよいぐらいに設備が整っています。


 最近は侍従もメイドも5割ほど増えています。

 私に二人の侍従と三人のメイドが専従でつくようになったのもこのころです。


 私が富士野宮家で移動すると必ず彼らも一緒についてくるようになりました。

 屋敷外に出る場合は、基本的に侍従一人だけですが、必要に応じて増員されます。


 その辺は先任の伊藤侍従が良きに計らっているようですね。

 また、飛鳥セラミックスは、便器、洗面台その他の生活用品生産が主体ですが、実は軍用品にも波及します。


 ファインセラミックスは、いずれ大量生産するシリコン素子や耐熱素材、ガスタービンブレード、内燃機関への応用など多岐に渡るのです。

 取り敢えずは試行錯誤の研究を重ね、いずれは武器兵装への利用も図ることになるでしょう。


  ◇◇◇◇


 明治43年3月に学習院初等科を卒業、同年4月にめでたく私は中等部に進学しました。

 父宏恭王と同じく初等科卒業と同時に海軍兵学校予科に進む道もありましたが、父とも相談して私は軍人でも技官になる方を選ぶことにしました。


 父宏恭王が、様々なモノを産み出す私の能力を高く買ってくれ、同時に帝国海軍や陸軍に貢献できる装備を造ることができるならば、前線に出て危険を冒さず貢献できるとしてくれたからです。

 取り敢えず中等部に進み、16歳になった時点で海軍兵学校に進むか否かをもう一度検討することにしては居ます。


 皇族とは言え一旦軍人として動き始めるとどうしても活動が制約を受けます。

 その意味では、裏方側に回っていた方が自由度が高いでしょう。


 ところで、島津由紀子嬢は相変わらずべったりと私について回っています。

 なぜかクラス替えになっても彼女が一緒なのですよね。

 いつでも私に触れ合うほど接近してついて回ることから、同級生に名付けられたあだ名が「金魚の糞」でした。


 でも由紀子嬢はそんな噂には何のこだわりもないようで、笑顔でスルーしています。

 そのお陰かどうか、同級生たちの間で私はすっかり由紀子嬢の婿(むこ)扱いになっています。


 どうやら周囲が由紀子嬢に感化されてしまったようです。

 こんな早い時期から既成事実的なものを積み上げられて来ますと正しく避け得ない事態に陥っているような気がして仕方がありません。


 最近は、父上や母上でさえ、由紀子嬢を完全に嫁候補と見做(みな)しているようなのです。

 何しろ三日と空けずに私を訪ねてくるのは彼女しかいませんからね。


 そうして我が家を訪問すると必ず夕刻までしっかり粘って行きます。

 由紀子嬢を四谷の島津寮まで送るのが私と伊藤侍従の日課になってしまいそうです。


 まぁ、仕方がないので彼女が訪問中は就学児童らしくお勉強で誤魔化すようにしています。

 中等部に入ってからは、英語、ドイツ語、フランス語の三か国語を教え込んでいます。


 この由紀子嬢思いのほか頭脳明晰であり、語学がツボに(はま)ったようで、進歩が目覚ましいのです。

 私自身は魔法で外国人の知識を簡単にコピーできますから、どの言語であれマスターするのに困ることはないのですが、そうした能力のない者が外国語を覚えるというのは中々に大変なことだと思うのです。


 それでもしっかりと私の教えについてくる由紀子嬢には本当に感心します。

 まだまだ彼女に色気を感じるには程遠いのですが、11歳と言う年齢とこの時代の女児にしては恵まれた身長ですから体格的にもそろそろ初潮の時期じゃないかと思うのですが、さすがにそんなことは聞けません。


  ◇◇◇◇


 次から次へと新しいモノを産み出している私に対して、海軍と陸軍双方の幹部が強い関心を示しており、私の窓口が一元化されようとしています。

 海軍では海軍艦政本部第三部次長である諸住(もろずみ)正興(まさおき)大佐が窓口となり、陸軍では陸軍技術本部第四部次長向井(むかい)明久(あきひさ)大佐が窓口となりました。


 いずれも帝大出身の技術将校であり科学知識に詳しい上に、電気及び通信系統に明るい尉官を補佐として二名ほどつけています。

 海軍大尉の榊原(さかきばら)正則(まさのり)、同じく中尉の一色(いっしき)剛二(ごうじ)の二人と、陸軍少佐の岡島(おかじま)譲二(じょうじ)、同じく中尉の石郷岡(いしごうか)健吾(けんご)の二人です。


 残念ながら、いずれも軍人さんなので男ばかり、女っ気は全くありません。

 ラノベの異世界物ならば、ここは色気のある女騎士あたりが一人二人出てきても良さそうなものですが、あいにくここは異世界であってもラノベのテンプレ異世界ではないらしいのです。


 この二組の軍人集団もなかなかしつこい連中です。

 こちらも五日と空けずに我が家にやってくるので、お互いに知らないでしょうけれど何やら由紀子嬢と張り合っているようにも思えます。


 陸軍と海軍両方一緒に来ることもままあるのですが、基本、同席は絶対にしません。

 一度同席させようとしたらけんもほろろに断られました。


 やはり海軍と陸軍は互いに予算を取り合う喧嘩相手の様で、生中(なまなか)のことでは仲良くなれないようです。

 技官でこの状態なのですから、武官ならばなおさらのことでしょうが、先が思いやられます。


 こうした縄張り争い的な意地の張り合いは止めさせないと、将来に禍根を残すことになります。

 未だ成人もしていない我が身が講釈を垂れても誰も言うことなど聞いてはくれないだろうけれど、少なくとも何らかの布石は早々と打っておく必要があるのでしょうね。


 で、飛鳥精機で造っている旋盤を引き合いに出しながら、彼らに命題を与えてみました。


「陸軍及び海軍で各種兵装等の基準が異なっていることに関して、将来起こり得る不具合と経済的損失について検討してください。

 これは帝国の浮沈にも関わりかねない問題です。」


 何やらヘンテコな命題を与えられた二組のメンバーは、いずれも目を白黒させて呆気に取られていましたが、私が小さなビスねじを例にして説明するとようやく問題を理解したようでした。

 実際のところ海軍と陸軍ではネジの基準まで異なっているのです。


 元々陸軍はドイツから種々の知識を得ていることからミリねじ、海軍は英国から種々の知識を得ていることからインチネジを採用していることが多いのです。

 特に日露戦争で活躍した新造艦のほとんどは欧州等で建造されたものなので、ミリねじを使用している例が少ないのです。


 また銃弾や砲弾に関しても、サイズが異なるために海軍のモノは陸軍では使えないことが多いのです。

 更にその基準が曖昧なために装備品の部品が同じ陸軍の調達品でありながら、適合しないということが有り得るのです。


 例えば三八式歩兵銃は明治38年に開発・製造された小銃ですが、同じ大阪市内で造られたモノであっても、製造工場が異なると交換部品が合わないということが起こり得るのです。

 これは(ひとえ)に工場ごとの工作精度のばらつきによるもので、精度基準が曖昧であれば本来一つで済むはずの部品がいくつも必要になりかねないのです。


 これまでは工場自体の能力も低かったので止むを得なかったかも知れませんが、今後飛鳥精機の製造する旋盤が普及して行くならば、工作精度を曖昧なままにしていては軍費に大きな損失が生まれるのです。

 彼らは経理将校ではないのですが、それぐらい十分に予測できる知識と頭脳を持っています。


 で、私の担当である限り、彼らには無駄を極力省き、なおかつ精度をできるだけ上げることの重要さを理解してもらわねばなりません。

 私は竹で作った水鉄砲で精度の大事さを見せました。


 精度が曖昧な水鉄砲は、勢いの弱い水が噴出しましたが、精度を上げた水鉄砲は驚くほど遠方にまで水が到達しました。

 彼らも軍人ですから、水ではなくこれが銃弾なり砲弾であれば明らかに到達距離と命中度が異なることにすぐに気づいてくれました。


 そのうえで彼らは、陸軍は海軍の、海軍は陸軍の基準を調べ、統合ができないものは別として、陸海軍共用で使えるモノの有無について調査することを約してくれました。

 調査・分析には相応の時間が必要でしょうが、たとえわずかでも統合できる部分があればそれは帝国の利益につながることなのです。


 彼らの精進に期待しましょう。

 そのうえで、製造者の意識も改革しなければならないので、20世紀末頃に始まったISO基準を導入して陸海軍の御用会社に適用するよう誘導することにしました。


 横文字ではまずいので、「企業管理基準」として各段階のレベルを設け、少なくとも危機管理、品質管理、安全管理面で一定の基準を満足しない企業には、陸軍及び海軍の御用達にはさせない旨の基準作りをさせたのです。

 残念ながら軍人さんと言うのはそう言った方面に強そうで弱いんです。


 危機管理は軍事的危機しか頭に浮かばないようですし、生産面での機器操作に関連する安全管理も武官なら銃の管理などで慣れているかもしれないですけれど、技官はどうもその方面には疎いようです。

 安全管理も品質管理についても、表面的なチェック能力はあっても、実際には業者丸投げの体質があるために、その基準を作るとなると全くのConfusionでどこから手を付けてよいのかわからない状態に陥るようです。


 結局、「企業管理基準」について、個々の工場などの実態を勉強させながら、陸海軍共通のものをまとめ上げたのは作業を開始してから1年後のことでした。

 それでも、製造段階での品質管理を含めた統一基準を作り上げたことで、各種軍需品の精度についても統合が進み、明治45年初頭には帝国陸海軍工業品規格がほぼ完成し、これが一般の工業規格にも浸透して行くことになるのです。


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