大きな世界の小さな社会と給湯室
『もし私が向いていないと思うよって言ったら、正丸くん辞めるの』
「うーん…。どうでしょうか。でも、とりあえず、そうだよなと受け止めます」
きりっと整えられた眉毛を八の字に下げ、へらへら笑う彼を見て、頭の一番奥深くに鍵をかけて閉じ込めていたはずの記憶がフラッシュバックした。
『もし辞めたらどうするの』
「そうですね、特に出来ることもないので…。どうですかね」
『何が辛くて辞めたいの。仕事内容が嫌なの。それとも、上司からパワハラされること。周囲からよく思われていないこと、理想の自分との乖離が辛いこと。色々あると思うけど、何が理由なの』
「理由ですか…。あんまり深く考えたことなかったですね。ただ、漠然と向いていないから辞めたいな、と考えていました」
『じゃあ、理由が見つかったらすぐにでも辞めた方がいいと思いますよ。考えることを諦めている人は営業の仕事以前に社会に向いていないと思いますよ』
「そう、ですね」
また、困ったように彼は笑った。
私は、この表情の意味をよく知っていた。
優しい言葉をかけて欲しかったわけでも、慰めて欲しかったわけでもないということを。ただ彼も周回遅れなんだ。
大きな流れに逆らわず、波風立てないことを心掛けていたはずなのに。
この大きな世界の小さな社会で、私は溺れる優しい彼の手を掴んでしまったのだ。
どんどん話の流れが暗く重くなっていますが、明るくなる予定ですので暫しお待ちください。