掃除当番表と蜂蜜色の飴を手に入れた
「まあ、杜若さんはお化けなんて怖くないっていうんだから神社に行くなんて簡単ですよね」
『お願い出来ると思ったら、わかりやすく押し付けてくるんだ』
「いやだって本当に怖いんですよ。当たり前じゃないですか。お化けが怖すぎて、最近はずっと父に押し付けてきたんですよ。理由を言ったら馬鹿にされそうなので、あの長い階段がしんどいからって言ってたのに。まさか七福さんにお願いしていたとは知りませんでしたけど。まぁ、それは結構有り得ないって思ってるんで、腰が治ったら言っておきます、すみません」
私に謝られても仕方ないんだけどな。
多分こういう事の積み重ねが商店街の人の心を動かして案件に繋がったのかもしれない。非効率だけどぽや丸らしい。
お父さんは、ぽや丸に押し付けて娘にも恩を売ってたんだろうな。さすがいい意味で、この娘の父親って感じ。ぎっくり腰になってばれてしまうとはお父さんも計算外だろう。
『でも神社とか神聖な場所に怖い話って結構よくある話じゃないかな。家のすぐ近くだし、今更って感じなんだけど』
「それはそうなんですけど。いや、まぁ。昔から怖い話はたくさんあったんですけど。それも怖いんですけどね…」
あまりにも怯える姿が可愛らしく、鼻が笑ってしまう。
『なに、斬新な新しいお化けでも現れたの。エイリアンとか宇宙人とか』
冗談のつもりで言ったのだが、彼女は一瞬真顔になった。
「まあ、そうかもしれないですね」
彼女の視線が私の腕に移る。
「この時計壊れているんですか」
一瞬の事だった。
さっきまでの怯えていた表情はなく腕を掴んだまま真っすぐ問いかけてくる。
大人がひるんでしまうくらい強い眼力に圧倒された。
『壊れているって程じゃないけど、留め具が緩くなっているの』
「そうなんですね」
パッと腕を離し、笑顔が戻った。
「なんでかわからないんですけど、神社に行くときに絶対壊れた時計をつけていくなって祖母にきつく言われていたんで。いやー、びっくりしましたよね。すみません」
あまりにも驚きすぎて声を失っていた時、私の声を奪って二倍の人間の力で叫んでいるのかと思うくらい、大きな声が聞こえた。
【ご飯ってーまだなんかなー】
彼女はちらっと暖簾の向こうを気にしたが思春期特有の無視をした。
「だいたいお化けって聞いたら、夜遅くに髪の毛の長い女性らしき人影が…みたいな話をだと思うんですけど。今回のは違うんです。昼夜問わず、ビジュアルも固定じゃないんですよ。まじ、そこで個性出すなって感じですよね」
彼女の父親から声を返してもらえたのか徐々に声を取り戻した。
「でも毎回、《お前のそれ、もっといいものに変えてやる》って声をかけてくるらしいです。それっていうのがいまいちわからないんですけど、それを変えられた人は別人みたいになって、最悪おかしくなって死んじゃうらしんですよ。絶対脳内にチップ埋め込まれていますよね。めっちゃ怖い」
私の知っている怪談とはだいぶ違う。だけど、そういった話はだいたい尾ひれをつけていくものだ。
本当にお化けの呪いで原因不明の死を遂げたなら、ローカルニュースにくらいにはなってそうだし。
「杜若さん、話しかけられても絶対返事をしたらいけないですからね。何を言っても肯定だと思われるので絶対走って逃げてください」
ハイハイと適当に相槌を打っていたら、頬を膨らませて怒ってしまった。
若干の罪悪感を抱きつつ、興味のないお化けについて相槌を打つことも、神社へ行くことも、私は一応ボランティアしてあげるくらいの気持ちなんだからな。
『じゃあ木板お預かりしますよ』
「神社の裏に小屋があるから、そこのポストみたいな箱に入れておいてください。お願いします。本当に気を付けてね」
『わかったわかった、了解しました』
「杜若さん、これあげる」
はいっと手渡されたのは、蜂蜜色の飴だった。
『ありがとう』
もらってすぐ口に入れようとすると、ひょいっと取り上げられた。
『えっ、あっ…。ごめん、お行儀悪かったね、ごめんなさい』
もらってすぐ食べようとするなんて、みっともなかったかもしれない。顔が火照る。
「いやいや、そういう訳じゃないんだけど…。これおばあちゃんが作った飴なの。自分を強くしてくれる飴だからピンチな時に食べてみて。試食品で何個かあげる」
怒られたわけではなかったが顔の火照りは収まらない。
というか呉服屋なのに飴も作るのか。おもちゃ屋の方で売る予定なのかな。
私は飴をポケットに入れ、右手に木板、左肩に鞄をかけ、可愛い店員さんに挨拶をし、おもちゃ屋を後にする。
日はだいぶ落ち、ほとんど夜だ。
私は、今からこの長すぎる階段を上って、自分の名前すらない掃除当番表を持って神社に向かうのか。
やっぱり柄にもないことをするべきではないな。もうやめよう。
太陽と一緒に私のテンションも下がっていくが、仕方ないので階段をゆっくり上っていく。