怖い記憶は中々薄れない
「落ちましたよ」
さっき見たニヤリとした笑顔が嘘のように、ニッコリ笑顔で時計を拾い手渡してくれた。
小さな声でお礼を言い、左腕に着ける。
「多分なんとなくお気づきだと思いますが、おもちゃ屋を取り仕切っている父親がぎっくり腰になってしまって…。」
可愛らしい店員さん改め、生粋の商売人はこちらの様子を伺いながら、悲し気な表情で取引を持ち掛けてきた。
「呉服屋の張り紙もご覧になられたと思いますが…。呉服屋の店主である私の祖母は、今朝足を骨折してしまい母が入院手続きや、呉服屋の諸々の業務を引き受けている状態です…」
上手だなぁと心の中で拍手を贈った後自分の置かれている状況を整理した。
なるほど、なるほど。要約するとお前に拒否権はないぞ。だって中学生が頑張っているんだからという事だろう。
『それは大変な時にお邪魔してしまい申し訳ありません。何かお手伝いが出来ることがあれば、また教えてくださいね』
さすがに定時を過ぎているからといって、未成年者の助けの声を無視できるわけはなく自ら手を差し伸べるしかなかった。
「え…。ありがとうございます。でも、申し訳ないな…。うーん。だけど私はこれから家族の為に夕飯を作って、家とお店の片付けをして…。あの…。お言葉に甘えさせていただいても、いいですか」
微塵も感じてなさそうな、申し訳ないという感情について、一応こちらの気持ちも害さないよう配慮しつつ、自分の要求を通す。いいですかの声に合わせ小首をかしげ、キラキラした瞳から野心を感じさせるような、そんな中学生がこんな田舎に存在したとは。末恐ろしい…。
しかし、この賢い子が何故ここまで回りくどくお願いをしてくるのか。しかも、絶対の了承を得てからではないと本題へ入らないのか等、この子の行動に共感も出来なければ納得も出来なかった。
そのため気持ちよく首を縦に振ることが出来ず、大人げないと自覚しつつも賢い彼女と攻防を繰り返していた。
「あの、お願い聞いてくれるんですよね」
『出来るだけお手伝いさせていただくつもりですが、如何せん私は担当ではありませんので内容によりけりです。もし私で力不足であれば本社に戻り応援を依頼するつもりですのでお伺いしてもよろしいでしょうか』
「いやいや、そんな大げさなことじゃないので…。あぁ、もう…。笑わないでくださいね」
『はい』
「お伝えするので、お願いしますね」
『それは内容によりけりです』
次第に頭を抱え始めた彼女がなんとなく可哀想に見えてきた。
さすがに大人げなさ過ぎたかと反省し、首を縦に振った瞬間、食い気味に可愛い声が聞こえた。
「神社にお化けがでるの」
せっかく彼女のペースを自分の方へ寄せていたのに、一気にまた立場が逆転してしまった。
『それは、大変』
ほとんど吐息に近い返答をし、まさかの発言に脳が置いてけぼりになった。
今後の展開が読めず私の頭の中は激しくグルグルと回転し始めた。
『まあ、でも。自分家のお風呂とか、トイレに出るよりいいのでは』
置いていかれた脳を介さず口を伝って出た言葉は、彼女の表情を見る限り、百パーセント間違ってしまったことは理解できた為、火山が噴火する前に、
私は小さな声で『お手伝いさせていただきます』と答えた。
やっと本題に入れそうです;;