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クラインの壺  作者: 謝謝飯西
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ぽやぽやしているのは悪か罪か

 あまりにも無言が続いたため、私は軽く挨拶をして席を立とうとした。といっても五秒くらいかもしれないが。


「あの、杜若さんって…」


 大方察しはついているのだが、今から大事な仕事があるはずなのに何故早く現場に向かわないのだろう。

 唇が独特な震え方をしている。

 今から、彼は私に質問でもしてくるんだろうな。それで、私から返ってくる返答がいい言葉じゃないことを予想して気まずさからくる唇の震えだろう。


 尻尾を下げてまで、怯えるのならわざわざ聞いてこなくてもいいのにね。


『知っている噂通りだよ。新卒で就職した会社で研究職として採用されたのにも関わらず、途中で気持ち悪い上司に気に入られて営業に無理やり部署替えさせられた。その後、セクハラにされたことに対し嫌な顔したら。そいつが部署全体にパワハラをするようになった。私はそれを告発して上司を失脚させ、お世話になった会社に砂をかけて辞めただけよ。みんな面白おかしく噂しているから知っているでしょ』


 自分が聞いてきたくせに、なんとも言えない表情をされても私はどうしようもない。


『ほら、車の鍵返しておくよ。私はこのパンフレットを配り終わったら直帰するのでお願いします』

 大きな会社のくせに車検が通る限りは使ってやろうという気持ちなのか、あまり仕事のできない営業にはこれで十分だろうという事なのか、彼の人生の丁度半分くらい走っているであろう車の鍵を手渡す。未だに鍵穴に差してエンジンをかけるなんて。

 私の教習所ですらスイッチでエンジンをかけていたぞ。


「ここまでして頂いたのに家まで送りますよ」

『あなたの仕事が終わるまで、すでにシャッターが下り始めている商店街で待っとけってこと。歩いて帰れるから大丈夫だよ』


 横に置いた自分の鞄を持ちドアを開ける。


「あっ…。あの、僕のあだ名って知ってますか」

 私が車から降りるのを邪魔するかのように大きな声でしょうもない質問を投げかけられる。


『私、総務部だよ。嫌でも聞こえてくるからね。だから、何。私の面白おかしい噂も知っていたけど、あなたのあだ名を知っているならお互い様だよってことかな』

 別に私は気にしていないのに、人の傷口をえぐったと勘違いして焦っているんだろうな。


「いや、そういうわけではないんですけど…。あの、僕、ぺけ丸って呼ばれているんですよ。」

 だから知っているって言ってるじゃん、と出かけた言葉を唾と一緒に飲み込んだ。


「でも、ぺけ丸ってよく言ったもんですよね。自分でもぴったりだなって。正丸大将なんておこがましいなって思っていたんですよ。ずっと昔から笑われてきたし。正しく丸いでショウマル、大将と書いてヒロマサだなんて…。笑っちゃいますよね」


『別に特に面白くはないけどね。まあ、自分が気に入っているならいいんじゃない。それじゃあ』

 軽く挨拶をして車から降りる。


「あの、えっと。…杜若さんなら僕になんてあだ名をつけますか」


 はあ…。思わずため息が出そうになった。この子は本当にあれな子だな。

 私が頭を掻きながら悩んでいる様子を、おやつをもらえる前の子犬のような姿で見つめてくる。


『別に正丸くんは正丸くんだと思うけど。まぁ、もしあだ名をつけるとしたら、そうだな。いつもぽやぽやしているから、ぽや丸とかかな』


「ぽや丸か…」


 なにが嬉しいのだろう。言い方を変えただけでぺけ丸と同じなのに。

『言いたいことがあるのに自分は言わず、相手に言わせるのはコミュニケーション的には高度なテクニックかもしれないけど、やめた方がいいよ。じゃあ、お疲れ様です』



 私は思い切り、バタンと車の重たいドアを閉めた。


 



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