赤鷺村
校庭を必死に走り、校門を抜け、とにかく走った。
上履きは底が薄く、走り辛いがそんな文句は言っていられない。命が掛かっているのだ。
村内に入り、逃げて来たメンバー内の家で、1番近くに在ったサユリの家に一先ず隠れた。
住人は居らず、電気も来ていなかったが、今まで人が住んで居たように、部屋は綺麗だった。空き家であった感じは無い。
仏壇の蝋燭を灯りにし、サユリの部屋に皆んな集まった。
「サユリの部屋、懐かしいね」
カニ子が顔をほころばせ言った。
皆んな、1度は来た事がある友人の家、懐かしさが思い出と共に溢れて来た。張り詰めていた緊張の糸が緩み、一瞬だけほっこりした空気が流れた。
そんな中
「これからだけどーー」
と松田が口を開く。
松田の顔が蝋燭に照らされている。一瞬、ほっこりした空気は、松田の真剣な顔で掻き消された。
「いや、それより先に今までの事を整理しよう。シモキンの言った事だ」
と岸田が言う。
「シモキンの言った事ーー」
「シモキンは俺達が殺したのかって事だ。俺はあの日、屋上の鍵を盗んだ。そして、屋上のドアを開けた。その事を、此処へ来て思い出した。だが、確信部分が無い。ーー俺達が、殺したのか?」
それを受けて
松田も言う。
「……俺もさっき言ったように、シモキンが落ちる所を見た記憶がある。多分、皆んなも有る筈だ。思い出してくれ、その矛盾を?」
「……矛盾?」
百武が言った。
松田は自分の話を聞いていない、後から合流した、百武、佐々木、サユリに説明する。
ーー教室からでは、中庭に落ちたシモキンは見れ無いという事を。そして、それなのに皆んなに、同じ落ちたシモキンを見た記憶があるという矛盾を。
「……つまり」
百武はその先を言えずに、言葉を詰まらせた。。
代わりに佐々木が言った。
「つまり、皆んな一緒に屋上に居たって事か?」
「……そうなるな」
「なんで、そんな重大な事を忘れて居たんだ? 給食中だろ? 野澤(担任)はどうしてたんだ?」
「わかんねえ」
「ただ、給食中に見たと思い込ん出ただけじゃねえのか?実は、中庭に落ちた後で皆んなで、廊下に出て見たんじゃねえのか?」
「……俺、さっき思い出したんだよ。落ちて行くシモキンを見た記憶がある。俺は、落ちて行くシモキンを上から見てた」
皆んな、それを聞いて黙った。
ーー反論が無かった。
……それはつまり、皆んなにも同じ記憶が有るという事だろう。
「なあ? 俺達がシモキンをイジメて自殺に追い込んだとしても。もし、シモキンを俺達が殺したにしても、なんで教師達には何も無いんだ? シモキンがイジメられてたのは、野澤も知ってたろ?」
佐々木が言う。
それにカニ子が補足する。
「……知ってたって言うか。加担してたよね。覚えてない? シモキンのお葬式やったの」
「葬式ゴッコの事か?」
松田が思い出したように言う。
「うん。あの時、野澤先生も寄せ書きに送る言葉を書いてたよ。他にも私、シモキンと遊ぶなとか言われた記憶もある」
「そう言えば、俺もーー」「俺もーー」
と百武と佐々木も言いい、松田の顔を確認するように揃って覗き込む。
「ーー俺もだ。岸田は?」
「俺も言われた」
岸田は言った。
「それなら、野澤も此処に呼ばれてなきゃおかしいだろ?」
佐々木が言う。
「……もしくはもう既に呼ばれてて、ゲームオーバーしてるか。同窓会に担任が来てないなんて変だろ?」
松田が言う。
「野澤の安否はともかくとして、つまり野澤もシモキンを嫌ってたって事か?」
佐々木が言う。
「……お前ら、シモキンがイジメめられ始める前の事を覚えてるか?」
岸田が言った。
「ーーえ?」
と誰かが言って、暫しの沈黙が流れた。
皆、考え思い出そうとしていたが、沈黙が続いた。
そんな中ーー
「……覚えてるよ」と誰かが小声で言った。
それはサユリだった。
皆はサユリの方を見た。
「シモキンは皆んなの中心で、イジメを率先してやってた。覚えてないの? 皆んな。毎日、シモキンが誰かを的にして皆んなにイジメをさせた。みんなも自分が的にされるのが嫌だ従ってた」
それは、岸田の思い出した記憶と同じだった。
「皆んな忘れてたのに、良く覚えてるな?」
松田が言う。
「……だって、良く私的にされたから」
サユリは言い辛そうに言った。
皆んなはそう言ったサユリの表情を見て、黙った。嫌な空気が流れた。
記憶は無いが、きっと自分達もサユリイジメに加担していて、サユリにはまだその時の辛かった記憶があるんだと思ったからだろうーー。
サユリは大人しくて、おっとり喋り、少しぽっちゃりしていた。運動も出来なかったし、勉強もいまいちだった。そして、小さな事で良く泣いた。
典型的なイジメの的にされるタイプだった。
「でも、6年になって今度はシモキンが的になった」
と、岸田が重く沈んだ空気を切り裂くように言った。そして、続ける。
「俺も逃げる途中で、シモキンが昔は皆んなの中心で、イジメを主導してたのを思い出した。でも、6年でその構図が丸々変わった。今度は、シモキンが的になった」
「今までの、復讐? 制裁?」
カニ子が訊く。
「いや、そういう感じじゃ無かったような気がすんだよな」
「じゃあ、何の為に? 単にイジメを楽しむ為か? それだけだったら、俺らマジ最低のガキだぞ? 毎回、イジメのターゲット替えて」
松田が言う。
「……いや、そういうのでも無い」
「じゃあなんで?」
「……。」
岸田は考え込む。
「そういや、シモキンを殺す計画の主謀者が岸田みたいな事をシモキン言ってたよな? あれどういう事だ?」
「分からない。俺達は色んな大事な事を忘れてる。ーーいや、多分記憶を封印してるんだ」
後ろの方で覗き込んでいた百武が、
突然
「何やってるんだ?」
と振り返り言った。
百武の視線の先を見ると、いつの間にかサユリが押入れを開けて、上の段に登り、天井裏に上半身を突っ込んでいる。
どうやら、押入れの天井が開き屋根裏に行けるようになっているらしい。
「あった。あった」
独り言のようにサユリが天井裏で言っている。
サユリが天井裏から出て来て、押入れの上段から下りると
「ねえ、これ見ようよ?」
と、明るい顔で出して見せたのは、赤鷺小の卒業アルバムだった。
サユリは続ける。
「なんか、貰っても開く事出来なくて、引越しの時に置いて行ったんだ。ダムの下に沈んじゃえば、もう永遠に見なくて済むと思ってーー」
そう言えば、俺もーー、私もーー。
と、見て無いと言う声が全員から上がる。
どうやら皆んなも見て無いらしい。
いや、見てないのではなく。シモキンの事があり、見たく無かったと言うべきだろう。
でも、もうだいぶ年月が経った。今ならーー
みんなで、初めて卒業アルバムを見る事となった。
入学式に始まり、遠足、運動会、合唱コンクール、日常の風景ーー。6年の、1年間が中心だが、各学年を通し色々な行事の写真が載っている。
「ああ、これ6年の運動会だ。岡田くんがブッチギリの1位だね」
「岡田はスポーツ万能だったからな」
「これは、遠足だね。田辺くんオヤツリュックいっぱい詰めて来て、違反だって先生に没収されて泣いてたよね」
「ウケるな」
昔を思い出しながら、今を忘れ、一時笑いに包まれるが
……もう、この写真に写るメンバーのほとんどは居ない。
そして、この状況。
皆んな静まり返る。
「ああ、どうして俺達こんなになっちまったんだろうな。過去は、どこまで行っても、いつまでもついて回るのか?」
松田が今にも泣き出しそうな声で、嘆くように言った。
皆んな、その言葉に返す言葉が見つからない。
ただ、沈黙していた。
その時
「ねえ? これ、なんかおかしくない?」
突然、サユリが言った。
「何がだ?」
岸田が訊く。
「さっきから、シモキンが全然写ってない」
「え? ちょっと貸してみろ」
岸田が開くアルバムを皆んなで一緒に見ていく。
無い、無い、無い、無い、無い、無い、無いーー!!???
……どこにもシモキンの姿が無い。
「……なんでだよ。なんで、行事どころか集合写真にも居ねえんだ!? 1年の入学式、遠足、修学旅行、卒業式ーー。転校して来たのは、希だけだろ?」
「俺には小さい時からの、シモキンが居た記憶があるぞ!確かに、細かい所まで覚えてないが、あいつは確かに居た!」
「……どういう事だよ!? そうだ! 集合写真」
松田が言う。
6年の集合写真に、シモキンの姿はない。
「……。」
確かにシモキンは6年の時に死んだが、だからと除外するなんて考えられない。
普通はワイプを切って合成で加える筈だが……。
「ーーじゃあ、入学式の集合写真だ! それに写っているだろう!! 皆んな生きてたしな」
入学式の集合写真を見る。
……だが、そこにもシモキンの姿は無い。
「なんなんだよ! 見逃してるんじゃねーのか? 端から写真を見ながら名前を呼んでくぞ!」
半狂乱のように、松田が言う。
岸田が写真を指指し、皆んなで端から名前を言って行く。
「岡田拓也
吉田保
堀内健悟
田辺和馬
岸田 教一
小寺高雄
松田信太
石田流星
青木雄二
百武貴久
木村元気
田中要
佐々木海斗
玉井梨花
有村華菜
安田サユリ
高木真穂
平良希
奥野雅子
宮田純恋
品川美紗子……。」
「シモキンが居ねえじゃねーか!そうだ!名簿!! 1番後ろに、クラスメイト全員の名簿とか載ってねえか? それで、確かめよう」
「……名簿。見なくて良いよ」
カニ子が呟くように、青ざめて言った。
「何でだよ!カニ子!!
「私達って全員で何人?」
「ーーそりゃ、21人だろ! 何言ってんだよ」
「だよね。だったら、今言った名前の数全部で21人だよ……。」
「何言ってんだよ!?」
松田は写真に写る生徒の数を数える。
「……19、20、21。……そんな。確かに、21人居る。やっぱ名簿を確かめよう。見落としだよきっと」
引き攣った笑いを浮かべて、松田はアルバムをめくり、最後に載っている名簿を見た。
松田は何度も視線を動かし名簿を確認し、さらに指で追う。
「……無いじゃねーか。志茂木マリ子って誰なんだよ?俺たちを支配してて、俺たちが殺した志茂木マリ子は、誰なんだ?」
皆んな、黙ってしまった。
「いや、おかしいだろ? あいつには父親が居たろう?」
岸田が言う。
「そうだ確かに居た!?」
「……なあ?」
と、じっと話を聞いてた佐々木が、誰に訊くとも無く言う。
「え?」とカニ子が皆んなを代表するように、訊き返した。
佐々木が言う。
「シモキンに母親って居たか? 祖父母は?」
それを聞いて皆んな黙った。
佐々木は続ける。
「おかしいだろ? 普通、片親が居なかったらそういう印象が強いだろ? 子供なら尚更ーー。でも、俺にはシモキンが母親が居なかったとか、そういう印象が無い。そう言えば? と思い出せば、母親を見た事が無いな? 位だ。それって何かおかしくねえか?」
「言われてみれば確かに……」
と、カニ子が不思議そうな顔をして言う。
「それに祖母はともかく、祖父はーー。アレだろう? 」
「……。」
カニ子は顔を曇らせた。
「なんで、記憶に無いんだよ? さすがにおかしいだろ?」
「あいつの家在ったろう?」
松田が言う。
「……ああ、村外れにな。あの家は、忘れる訳がねえよ」
百武が言う。
じっと話を聞いて居た岸田が口を開く
「 行ってみよう!シモキンの家の場所は、皆んな知ってるだろう? 行けば何か分かるさ」
皆んな黙り、顔を見合わせ考えた。
シモキンの家という事は、つまり敵の本拠地みたいな物であるから当然だ。
……そして、もう1つ彼らには、行きたくない理由があった。
「こればっかりは考えても、思い出そうとしても、埒があかない。行けばシモキンが居たか、居なかったのか、が分かる筈だ」
岸田は皆の顔を見回す。
「ーー分かった行こう」
皆んなを代表するように松田が言った。
だが、その口調は重い。
少し休養を取り、体制を立て直し、シモキンの家に向かう事となった。
バラバラになるのは危険と考え、サユリの部屋で、皆んなして休んだ。
「……ねえ?」
カニ子は言い辛そうに言う。
「何だ?」
松田が訊く。
「あのさ……」
「だから何んだ!」
「私トイレ行きたい……」
「おお、行ってこいよ」
「……1人で!?」
「じゃあ、サユリ一緒に行ってやれよ?百武が持って来た懐中電灯あんだろ?」
「ーーえっ!? 私?」
「だって、女子同士だし、お前の家だろう?」
「……そうだけど、怖いしぃ」
「俺で良いなら行くぜ?」
岸田が言った。
「良いのか? お前、1番疲れてるだろ?」
「別に平気だ。俺もトイレ行きたいし」
「そうか。じゃあ、岸田頼むぜ」
「本当に岸田くん変わったよね。たくましくなった。登山てそんなに人を変えるの?」
1階のトイレに向かう廊下で、カニ子が岸田に訊く。
闇の先を、心許ない懐中電灯の灯りが照らす。岸田もサユリの家には、来た事がある。当然カニ子もある筈だ。だからトイレの場所は分かっているが、闇の中では、まるで記憶の中のサユリの家とは違う。まるでお化け屋敷だ。
やはり、怖いのだろう。カニ子は懐中電灯を持つ岸田の腕に、縋り付くように歩く。
「俺の知り合いで、馬鹿なクライマーが居たんだよ」
岸田が言った。
「クライマー? ロッククライミング?」
「ああ。岩壁を2人で登るんだ。ザイルパートナーって言って、1人がルートを開き、もう1人は命綱のザイルを持ち滑落に備える。お互いに命を預け合い頂上を目指す」
「へー、なんか凄いね。命を預け合うなんてーー。日常じゃ絶対に無い」
「でな。一緒に登ってる時に1人が滑落すると、もう1人はそいつをぶら下げたまま、岩にしがみ付かなきゃならない。そいつは、滑落した時に、もう自力では登れないと判断したんだ。それで、自分で自分のザイルを切った。パートナーだけでも助ける為に。落下途中で木の枝に引っ掛かり一命は取り留めたけど。ーーばかだろ?」
「その人の影響?」
「どうかな? 馬鹿な決断だけど、それを認めてやりたい? みたいな?」
「何それ?」
カニ子は笑った。




