……次の鬼
6年の教室にシモキンは居なかった。
シモキンだけじゃなく、他の生徒も居ない。
「みんな何処に行ったんだろう? まさか、もう全員……」とカニ子が言った。
それに岸田が答える。
「いや、多分俺らみたいに逃げたんだろ? 先に死んだ希達は全員ここに居る」
教室の中で、堀内、希、吉田達は、さっきと同じ場所に立ってユラユラ揺れていた。まるで、紐で繋がれた風船みたいに。
岸田は続ける。
「もし死んでたら、他の奴らもああなってないとおかしいだろ? シモキンが連れて行ったにしても、希達だけ置いて行く理由も無いし。俺達を放って、他の教室でイジメゲームの続きをやってるってのも考え辛いだろう。多分、岡田達も此処に居ても埒が明かないと気付いて、俺達とは違うルートで逃げたんだ。俺達が使った6年側の階段じゃなく、1年側の階段を使って、生徒用の玄関に向かったんじゃないかな? 会わなかったし。多分、時間的にも入れ違いって感じだろ」
「じゃあ、下で少年xに会ってるんじゃ……」
「あの状態から、少年Xは抜けれたのか? 岡田達が、無事なら良いが」
と、その時ーー
教室の扉が勢い良く開き、息を切らせた岡田達が入って来た。
「品川と青木がやられた。アレ何だよッ!? 」
息を切らせながら岡田が言う。
岡田が言うアレとは勿論ーー
「少年Xよ」と純恋が答えた。
「少年X?」
「頭に、包丁を持った少年の付いた、巨人でしょ? 少年の顔に、赤いX印の付いた覆面を被ってる?」
「おお、そうだ!」
やはり少年Xは抜け出たようだ。
「シモキンが空想で作った化け物だ」と、斯く斯く然々松田が少年Xの説明をした。
それを聞いて
「なんで、そんなモンが出て来れるんだよ!」と岡田は憤慨する。
「シモキンが出て来てるんだ。あんなんが居ても不思議じゃねえ」
「はいはい、皆んな。絶望感味わってますか? 私の少年Xは最高でしょう?」
いつの間にか、シモキンが部屋の中心に居る。
デブの田辺が扉に走るが、バンッ! と音を立て、自動で扉が閉まる。
田辺が必死に開けようとしても、もうビクともしない。
岸田は気付く。
「そうか! ワザと逃したなっ!!」
皆んながシモキンをイジメる時に良くやっていた。適当な言い掛かりを付けておいて、許すフリをして安心させてからの、追い込み。一旦、救われたと思わせる事で、普通にイジメる以上の絶望感を味あわせる。大人になり振り返れば、ヘドが出るイジメのテクニックだ。それを、今度は自分達が味合わされている。
「少年X、アイツはなんだっ!?」
岸田は強く問う。
「私の友達。そして、皆んなの友達」
「ふざけるな! 何が友達だ! クラスメイトを殺しやがって!!」
「あんた達も殺したでしょ? さっき」
「……。」岸田は言い返せない。
「違う! お前がやらせたんだっ!! 違うっ!!?」
岡田が必死の形相で言った。
ふーん。とシモキンは余裕にも似た表情を浮かべ微笑み
「さあ、じゃあクジを今度こそ引くわね」
と言うと、机の上に自分の首を置き、トランプのように同窓会の案内ハガキを切る。それを自分の首の前に差し出すと、首が1枚口で咥え引いた。それをシモキンの体側の手が取り上げ首に見せる。
「さて誰かしらね? えっと、発表します。ドロドロドロドロ~♪ ドン! 有村華菜ちゃんです!」
シモキンは自ら口ドラムロールをして告げた。
「いやぁーーーーー!!!! なんで、私なの? 私何もして無い!!」
「そう。あなたは何もしてない。私を見殺しにしたの」
「だって、自分がイジメられたら嫌だし。まだ、子供だったんだもの! ごめんなさい。許して!!」
「だぁ~めぇ~♪」
「……おねがぁーい」
華菜はその場にへたり込み、泣き出した。
華菜は大人しい子で、自ら進んで人の前に出て行くタイプでは無かった。みんなの後を邪魔にならない様にくっ付いて行く、そんなタイプだ。それは、大人になった今でも変わって居ないようだった。
「さあ、次のゲームはこれでぇーす♪」
シモキンがそう言うと、天井が開き、上からホースの繋がった、酸素吸入マスクのような物が、赤い紐と共に下りて来る。
シモキンは続ける。
「覚えてる。放課後、体育館の掃除ロッカーに鍵を掛け、私を皆んなで閉じ込めた。私は翌朝までずっとロッカーの中だった。トイレも行けなかった。だから、しかなくおしっこを漏らすしか無かった。その姿を皆んなに見られた私の気分、どんな気分だったか分かる?男子女子どっちに見られるのも、屈辱だった」
「知らない! 私居なかったし、そんな事があったのも今知ったのよっ!!」
「ところで、華菜ちゃんおしっこしたい?」
「うううんっ! したくないっ! 今出ないっ!!」
華菜は首を強く横に振る。
「良かった。じゃあ、これでいっぱいお腹にお水注いであげるね」
シモキンはさっき下りて来た酸素吸入マスクのような物を持って言う。
「……えっ」
華菜は小さく言った。顔は青ざめ絶望色に染まる。
「おしっこが出るまでね」
どうやら、それは酸素吸入マスクではなく、強制水注入マスクらしい。
これから、華菜に水責めをしようと言うのだ。
「もう止めよう。志茂木さん!」
そう声を上げたのは、純恋だった。
「やめようよ! みんな、後悔してる。反省してるよ。確かにみんなあなたをイジメてたけど、あなたがしてるのはイジメって言ってるだけの殺人よ。もう終わりにしよう」
「……。」シモキンは暫く沈黙し「純恋ちゃんは、優しいね。あの時も助けてくれよとした」
「覚えてるの?」
「そりゃ、イジメられた事はしょっちゅうだったけど、庇われた事なんて無いもん」
「……志茂木さん」
純恋は思いがけないシモキンの言葉に、緊張が緩み、思わず安堵の表情を見せる。
だがーー。
「本当、ムカつくわ! 助ける気なんて無い癖に、見た目も可愛くて男子にモテてる癖に、性格まで良く思われたい訳? 私を上手い事利用して、高い所から見下し蔑んで笑ってる!」
シモキンはそれを叩き潰すように、冷たく強くキツく、そう言い放った。
「な、何言ってるの! 志茂木さん!?ーー私はッ!?」
「いいわ、なら証明して貰いましょう。あなたが、本当に良い子なのかを。華菜ちゃんと代わってあげる?」
「えっ?」
「だから、あなたが華菜ちゃんの代わりに鬼になってあげるの? って聞いてるの? 嫌なら良いわ。恥ずかしく、あなたがおしっこ漏らす所を、あなたの事が大好きな男子達に見せてあげんの? 出血大サービスならぬ、お漏らし大サービスね。 で、どうする?」
さすがに、純恋は黙ってしまった。
誰だってそうだ。イジメ″られ″ゲームなんてやらされたく無い。しかも、死もいとわないイジメゲームだ。
目の前で、堀内、希、吉田、小寺、の死を見て来た。悲惨な光景だった。
その中に自分が入る可能性があるのだ。それもかなり高い確率で、
今までゲームに参加して生き残ったのは、岡田だけだ。
「ほぉーら、やっぱ所詮、口だけじゃない。邪魔が入ったけど、華菜ちゃん続き始めましょうか?」
華菜は、口をへの字に曲げ震えている。止まっていた涙がまた溢れ出しそうだ。
「そんな顔してもダメよ。ルールなんだから、さあ立って。立つのよ」
華菜は立ち上がらない。それは、唯一か弱い華菜が出来る唯一の抵抗なんだろう。
目からは、本人の意思と関係無いように大粒の涙が溢れ出ていた。
「しょうがないわね。そんなにヤなら、純恋ちゃんに頼むのね。変わってって」
華菜はハッという顔をし、思わず純恋を見る。それは反射的な行動のだろうがーー。ー言葉にすら出さないが、目は救いを懇願していた。
「いいわ! 私が代わる!!」
とうとう純恋は決断してしまった。
死のゲームへの参加をーー
シモキンは隠そうともせず、したり顔で笑っている。
純恋はまんまとシモキンに乗せられたのだ。
「デブ辺、あんたこの紐持ちなさい。純恋ちゃんはそのマスク着けて」
シモキンはさっきマスクと降りて来た赤い紐を持ち、嬉しそうに田辺に言う。
純恋は恐怖からか、動けないで居た。
「仕方ないな。岡田くん手伝ってあげて」
岡田は俯いたまま動かない。先に言われた田辺も動けずに居た。
「いい加減にしろ! シモキン!!」
純恋の勇気に促され
もう1人、シモキンに逆らう者が現れた。
それは岸田だった。
シモキンは不機嫌そうに、黙っている。
「俺はお前に従わない! 殺すなら殺せよ」
シモキンは不機嫌そうに歪ませて居た顔を、緩ませ笑った。
「うわっ!!?」
と岸田は弾き飛ばされ、ドンッ!!と音を立て壁に打つかるる。
「ーーか、体が体が動かない!!?」
岸田は壁に張り付けられたように、体が動かない。
これも、シモキンの力かーー!?
「殺さないわ。殺したらつまらないもの。そこで見てて、純恋ちゃんがイジメられる所を。そして、感じて如何に自分が無力なマヌケ野郎かという事をね」
「止めろ! シモキン!! ーー止めろぉぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」
岸田はそう何度も叫ぶが、シモキンの言うように叫ぶ度に自分の無力感だけを痛感させられた。
「さあ、再開ね。岡田くん純恋ちゃんにマスク着けて?」
岡田はおもむろにマスクに手を伸ばす。
「止めろ! 岡田!! 希みたいに殺すのか!? お前は後悔してたろ? 良いのかっ!」
岸田の制止を無視して、岡田はマスクを手に取る。
すると同時に天井から、透明の一抱え位はある巨大な壺が降りてくる。
なんだアレは……? とクラスメイトが騒つく。
「俺は……」と岡田は呟くように言った。
「え?」シモキンは不機嫌そうに訊く。
「……俺もお前には従わない」岡田はもう一度言い「俺もお前の言いなりにはならないっ!! もう希みたいなのは、うんざりだ!! これは夢だ! 殺すなら殺せよ!! このマスクは渡さない!!」
岡田はそう言うと、マスクを抱きしめるように床に体を丸め、まるで手足を引っ込めた亀のようになった。シモキンに対して無力な、岡田なりの抵抗だった。
「面白いじゃない。じゃあ、死になさい」
「ぐあぁぁぁぁーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!??」
と岡田が苦しみ出し、宙に浮くと何かで引っ張られるように、両手両足がゆっくりと大の字に開く。岡田も必死に抵抗しているのか、額に大粒の汗が瞬時に滲み出す。
「うっ!? うわぁあッ!!」岡田の顔が苦悶に歪む「岸田! 後は頼む!! 俺、もし死ぬのなら、向こうで希に謝るよ!!ーー夢なら……、これで夢なら最高なんだけど……これ…で、目が覚めて……仮眠とってたソファーの上だったらーーッ!! グアアアアアアアアーーーーーーーッ!!!!!!」
「何言ってんのよ。あんた、希を殺したんだから、地獄行きよ。死んでも、希に会えるわけないじゃない」
シモキンが冷たくそう言った瞬間
ーーッ!?
ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!!!!!??
と一際、大きく岡田は悲鳴を上げた。
断末魔の悲鳴だ。
「岡田くーーーーーんッ!!」
純恋が叫ぶ。
その間も、
ぎやぁぁぁぁああああああーーーーー!!!!!!
という、岡田の絶叫は響き続けた。
ーーバシュ!
ーーバシュ!
ーーバシュ!
ーーバシュ!
嫌な音が響く。
岡田の四肢は根元から引き千切れ、教室の四隅まで吹き飛んだ。
どれだけの力で、引っ張られていたのか分かる。
純恋や他の女子も、男子も目を背けずに居られなかった。
ただ岸田だけは、シモキンをグッと睨んでいた。
シモキンはそんな岸田を、満足げに微笑んで見ていた。
「さあ、デブ辺。あんたが純恋ちゃんにマスク着けなさい。岡田くんもう出来ないからねl」
田辺は、岡田を見る。
床に仰向けで転がる岡田は、四肢の付け根からピューピューと血を吹き出しながらも、まだ動いていた。あうあうと口が動いているが、もう意思は無いだろう。目は中空を見つめ、焦点が合ってない。カエルを解剖しても、まだ神経が機能しているのと同じだ。四肢を千切られ、脳がそのショックで誤作動し、意思とは関係なく筋肉だけを動かしているに過ぎない。
そんな姿を見せられて、気の弱い田辺に逆らう勇気は無かった。
ゆっくりと手を伸ばしマスクをつかむ。
「もうやめろよ!」「 田辺止めるんだ!!」「私達もシモキンには従わない!!」「うんざりだわ!」
クラスメイト達から、声が上がる。
「うるさいわね! あんた達も殺すわよ!!」
「全員、殺したらそこでお前のゲームは終わりだな」
岸田が言った。
岡田の命と引き換えの勇気は、周りに良い影響を与えた。
人は心が折れてしまっては戦えない。でも、一度折れた心がまた戻ったなら、戦う心は前より強くなる。
「いいわ。あんた達も見てなさい」
ーーうっ!
全員の体が動かない。
シモキンの力だ。
「さあ、やりましょうデブ辺」
そんな中、田辺だけは弱いままだった。
「……ゴメンね。純恋ちゃん」と田辺はマスクを純恋の口元に近付ける。
「いいよ。嫌な役回りをさせてゴメン」
田辺は純恋の言葉に、顔を歪めウッウッと嗚咽を漏らし涙を流した。
「デブ辺、これ鍵。マスク外れない様に付けて。私が持ってる鍵を、持って、他と混ぜちゃダメよ。見分けが付かなくなるから」
シモキンの摘む鍵の下には、沢山の似たような鍵がぶら下がっている。
「うっ、うん。分かったよ」
それでも、残酷にゲームは始まった。
マスクをはめられ、きっちり取れないように後頭部で施錠された純恋。
「あと、これも」
シモキンはいつ手にしたのか、手枷を差し出し言う。
両手に枷もハメられ、純恋は鎖で繋がれた。鎖も天井に伸びている。
「デブ、その赤い紐をあんたは持つの」
田辺はシモキンに言われるまま、天井からマスクと共に降りてきた赤い紐を掴む。
「ゲームにはギャラリーが付き物だもんね。今回は純恋ちゃんとデブ辺が主役よ。今回は協力が必要だから、クリヤー出来たら愛が生まれちゃうかも? 頑張ってデブ辺、クラスのマドンナよ」
天井から吊るされた透明の壺の両端を繋ぐように取っ手が付いている。形としては、バケツのような形だ。壺の上部には赤いラインのような一文字の模様がある。
そのラインの少し上にホースがあり、それは純恋のしているマスクに繋がっていた。
そして、田辺の紐も壺に繋がっている。
「さあ、頑張ってデブ辺」
そう言うと、壺の上から水が溢れ出す。田辺の腕に重さが掛かり、腕に力が入る。
壺の水はドンドン増える。
「その紐は、その壺と繋がってるから離しちゃダメよ。離すとーー」
水が溜まり重くなって、思わず田辺の腕が伸び、同時に紐も緩む。
ーーその瞬間。
ガツン! と壺が傾く、すると水は壺の上部に付いたホースに流れ
「うぐっ!?? ゴブッ! ゴブッ!」
マスクに流れ、純恋の口に注がれる。
「その壺の赤い印まで水が溜まれば、自動で壺が固定されて、純恋ちゃんに水が流れなくなり、あなたも開放されるわ。頑張って。岡田くんが居れば2人で出来たから、余裕だったのにね。でも、このゲームクリヤーしたら、あんた達2人は開放して帰してあげる」
シモキンはそう言った。
つまり、このゲームで実際に戦はなきゃならないのは純恋ではなく、田辺だ。
壺の大きさは子供が一抱えする位の大きさだ。大人なら、それ程難しいことでは無いが、今は子供だ。岡田を失った事が悔やまれる。田辺は体格は良いが、力がそれ程ある印象はない。とは言え、弱いイメージも無い。男子の中では、中の上。
だが、それより心配なのは精神力の方だ。田辺は、そこが1番のウィークポイントだろう。
岸田はクソっと舌打ちした。
壺に水が注がれて行く。
「田辺頑張れ! このゲームなら、お前の頑張りで2人とも救われる可能性がある。ゲームクリヤーだ。助かりたいだろう!!」
「う、うん。頑張るよ!」
田辺はそう言うが頼りない。
既に腕が震え出している。
だが、それでも岸田は田辺を本当に信じていた。何か確信があっての事ではないが、先ず信じなければ、奇跡も起きない。
「はい頑張ってー」
シモキンが苛立たしく、他人事のように言う。
「うるさい! 黙ってろシモキン」
「はいはい。それにしても、あなた本当に岸田くん? 小学校の時は目立つ方じゃなかったのに」
シモキンの問いを岸田は無視する。話すのも鬱陶しい。
そんな事をしてる内に、壺の水はもう赤いラインの半分を優に超えた。
心配したが、田辺は予想外に頑張ってくれている。
あともう少しだ。
「頑張れ! 田辺!!」
そう岸田は思わず叫んだ。
だが、田辺からの返事はーー
「ダメだよ! もう腕がパンパンだ!! 保たないよ!」
「何言ってんだよ!! あと少しだろう!」
岸田は何か無いか考える。
何か、何か無いか!! この局面を打破できる事はーー。
岡田さえ生きていてくれたら、2人掛かりなら……。
ーー2人?
「そうだ! 田辺っ!!」
「何っ!?」
「田辺、ぶら下がれ!」
「え?」
「今のお前の体重は100キロ近いだろう! 確かに腕力は1人分だが、体重なら2人分以上だ!どう考えても、その壺より重い。ならお前はぶら下がっているだけで良い。ぶら下がるのも大変だろうが、手で引っ張り続けるより楽な筈だ!」
「ああそうか!」
田辺は紐にしがみ付き、ぶら下がった。
「本当だ! ずっと楽だよ!」
壺にはドンドン水が溜まり、あと僅かで赤いラインだ。
皆の顔に、此処に来て初めて希望の色が差す。
「ああ、言い忘れたけど、その紐の耐久力、壺の重さまでよ?」
シモキンが言った。
「エッ!!?」
もう、遅かった。
ブチっと紐が千切れ、田辺はドスンッ! と尻から床に落ちる。
ガタンッ! と壺は大きく傾きホースへドクドクと並々と満たされた水が流れ混む。
どういう仕組みか、紐が切れても壺は逆さになり水が溢れてしまわずに、上手い具合に少しずつ傾き、水がホースに流れて行く。
「田辺! 早く純恋のマスクを外せ!」岸田は叫んだ。
「えっ!? でもーー」
「馬鹿野郎! どーせ、純恋が死んだら、お前もルール違反で強制的に鬼をやらされるんだぞ! 岡田や吉田みたいに!!」
田辺はそれを聞き、急いで純恋のマスクの施錠を外そうとする。
だが鍵が多くてどれか分からない。
「だから、混ぜちゃダメって言ったじゃない。ホント、バカ辺ね。ああ、違ったデブ辺か。あははは」
シモキンは嘲り笑う。
ンンンンンンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
声にならない純恋の悲鳴が教室に響く。
もはや顔は苦悶なんて言えるものではない。苦しみで目を剥き、まるで鬼の形相である。
これがクラスで一番モテた可愛い純恋なのか……。
今度ばかりは、岸田も目を背けずにいれない状態だった。
体は小6なのに、純恋の腹はもう臨月の妊婦のように膨れ、鼻や目から水が溢れ出ている。
パンッ!!
膨らみ切った純恋の腹が破裂し、スカートの中から血と水と肉片の混じった物が洪水のようにドバッと溢れ出した。
純恋は力無く、鎖にぶら下がった。
まるで風船が破裂したような、安っぽい音だった。
それが人の命と引き換えに発せられた音なのかーーッ!!
岸田はうなだれる。
「皆んな見て! 憧れの純恋ちゃんがお漏らししちゃってるわよ? あはははー」
岸田の心を暗く冷たい物が支配する。それはシモキンには抗えないという無力感だった。
イジメられる側にも理由があるとは良く言ったものだ……。
イジメられる側……。
ーー!?
その心の声が、岸田の中にある封印された記憶を呼び覚ました。
そうだ。シモキンは元々はイジメられっ子では無かった。
いや勿論、生まれながらのイジメられっ子なんて居る訳は無いのだが、
そうではなく。シモキンは前はイジメる側に居たのだ。
5年の終わりまでは、イジメる側に居て
それどころかクラスの中心であり、リーダー的な存在だった。
シモキンのあの自殺を忘れたいが為に
今まで気付かなかったが、自分は色んな記憶を封印している。
まあ、自分で忘れたいと願って、封印したんだ気付く訳も無いがーー。
いや、それは俺だけじゃなく、たぶん″自分達″だろう。きっと皆んなも、その事は覚えて居ないだろう。
今までイジメられっ子に成る前の、シモキンの話は一切出てきてないからな。
「さあ、じゃあ豚辺は純恋ちゃんを殺しちゃったから、死刑ね」
シモキンは言った。
「ちがう! 岸田くんがやれって言ったんだ! 僕は言われた通りやっただけなんだ。シモキンも見てたろ!? 僕は悪く無い。殺すなら、岸田くんの方だよ!!」
「聞いた? 岸田くん。あなたがリスクを冒したり、岡田くんや純恋ちゃんが命を賭けても、豚脳のブタ辺にはなんも響いて無いのよ?」
「 シモキン、それはお前が田辺の心の弱さに漬け込んで、恐怖を煽るからだろう!! しっかりしろ! 田辺!!」
「無理だよ! しっかりしてどうにかなるのっ!? しっかりして僕は助かるの?……無理だよ。」
「良いわ。デブ辺チャンスをあげる。この中で、誰か1人選んで? その子をあなたが殺しなさい。これはゲームじゃない。大逆転のチャンス、裏技って奴よ」
「……え?」
「岸田くんが良いんじゃ無い? 岸田くんが悪いんでしょ?」
田辺は岸田を見る。
「田辺! 良いだろう。俺を選べよ!! ただし他の奴には手を出すな!!」
田辺は、今度はクラスメイト全体を見渡す。
動けないクラスメイト達を静かな緊張感が支配する。
誰かがゴクリッと唾を飲む音が聞こえた。
田辺は選ぶーー。
「じゃあ、カニ子ちゃんで……」
「どうして、カニ子ちゃんなの? 恨みでもある訳?」
さすがにシモキンもその選択に驚いたようで、田辺に訊いた。
「……1番、弱そうだから。僕でも楽に殺せそうだから」
シモキンはそれを聞いて、嬉しそうに笑った。
「田辺てめぇーーーーーーッ!!!!!」
岸田は感情にまかせて力一杯叫んだ。それが、それしか、出来る事が無かった。
「良いわ。殺し方は自由よ。どーせ動けないし、口と鼻を塞いだだけでも死ぬわ。まあ、あんたには楽だけど相手は死ぬ程苦しむーー、いえ死ぬ程ではなく、苦しんで死ぬのか? まあなんで良いわ」
田辺はゆっくり近付き、カニ子の前で止まる。
カニ子は死ぬ事と裏切られた、絶望と恐怖で言葉を発する事さえ出来ない。
「田辺てめぇっ! カニ子に触るんじゃねーぞ!! 男として恥ずかしくねえのか!! 動けるようになったら、先ずお前を殺し! そんで、次はシモキン! てめぇーーーーだっ!!!」
カニ子の隣で松田が吠える。
「わあ、怖ーい。取り合えず、松田くんは動けるようになってから、頑張ってね。あははは」
シモキンは動じず戯けて返す。
長いのか短いのか分からない、嫌な沈黙の時間が続いていた。
「何やってんのよ? 早くやりなさいよ」
気の弱い田辺だ。選んだものの、そう簡単に手を下せ無いのだろう。
カニ子の前に立ち尽くしていた。
「早くやんなさいよ! サービスタイムはそう長くは無いわよ!! 私の気が変わったら、それで終了よ。あんたの刑の執行の再開だからね!!」
シモキンは苛立って言った。
それを聞きおずおずと田辺は動き出す。
カニ子はもう観念したのか、強く目を瞑った。
シモキンは満足そうにニッと口角を上げ笑った。
「止めろ! 田辺っ!!」
岸田が叫ぶ。
松田は諦めたのか、もう何も言わない。
それどころか、目さえ瞑っている。
見れば他の奴らも目を瞑っていた。
そりゃ、友達が友達を殺す所なんて誰も見たくは無い。
岸田は万事休すか!!? と、チッと舌打ちした。
「……せめて、カニ子を苦しませるな。ーー田辺」
自分に出来る事は、カニ子を苦しませるなと田辺に言うだけか、と岸田は自分を情けなく思った。
その時ーー。
田辺は振り返ると
「シモキン喰らえっ!!」
と叫び。
手に持った消火器のホースをシモキンに向け、グリップをグッと握った。
ホースの口から、白い粉末が勢い良く噴射されシモキンに浴びせられる。
松田が1階から持って来た消火器だ。そうか、それでみんな目を瞑ってやがったのか。
やられたぜ! 岸田は思わず笑った。
「きゃぁぁぁぁーーーーーーーーっ!! ゴホッ ゲホッ!!」
白煙の中から、シモキンの悲鳴と咳き込む声だけが聞こえる。
「田辺っ! そのまま、消火器をシモキンに投げろ!!」
岸田が叫ぶ。
「う、うんっ!」
田辺は両手で消火器を掲げ、シモキンに投げた。
ゴンッ!!
という鈍い音と共に「ぎゃっ!?」とシモキンの悲鳴が小さく聞こえた。
その瞬間ーー
体が動いた!!?
「皆んな体が動くかっ? 逃げるぞ!!」
岸田は叫んだ。
岸田は白煙の中、口を押さえながら扉のあるであろう方に走った。
岸田は走り出してすぐ、自分のミスに気付いた。
6年の教室は廊下の突き当たりに在るので、奥の扉は階段から遠い。
教室側から見ると左の扉だ。だから、逃げるなら右の扉に向かうべきなのだが、岸田は左の扉の方に向かって走っていた。
選んだ理由は、ただ自分から近かったから、それだけだ。
咄嗟でどちらが、階段に近いかなどと、考えてる余裕が無かったのだ。
簡単な判断なのに、その余裕さえ今は無かった。
岸田も走り出した瞬間には、そのミスに気付いたが、今から方向を変えている余裕もない。その前に、もっと大きな問題がある。扉が開くか? という事だ。
これが、小さなミスになるか。痛恨のミスになるかーー。
岸田は扉までたどり着き、手を掛ける。
ーー開くか!??
岸田は、開けッ!! と念じながら力一杯開く。
ガラガラと音を立てて、扉は普通に開いた。
金縛りが解けたように、シモキンの力が無効化されているようだ。
「扉が開くぞ! 皆んな続けッ!!」
岸田は白煙の中に叫んだ。
一瞬、ーー秒数にしたら1秒程だろう。岸田は中の様子を伺った。
「岸田くんっ!!? ゲホッゲホッ」
白煙の中から、カニ子が出て来た。それに続いて松田達も出て来た。
他の奴らも、金縛り状態から解放されたようだ。
「ヨシッ!じゃあ、皆んな俺に続け!!」
全員の無事を確認している余裕は無かった。
岸田は廊下に飛び出した。その後をカニ子達は続いた。
チラリと窓の外の中庭が目に入った。
池に満月が写っている。静かな夜だ。壁一面隔てて、中と外じゃ、なぜこんなにも世界が違うんだ。
岸田は恨めしく思った。
階段にまで来ると背後から、ガラガラという扉の開く音がした。
6年の教室の方だ。たぶん、もう片方の扉のから誰かが逃げでて来たか……。
……それとも、シモキンが追って来たかだ。
岸田は振り返らずに、階段を上に登った。
シモキンに聞こえると不味いので、指示を声に出さなかった。
下には、少年Xが居るのは皆んな分かっている。
自分に続く筈だ。ーーと思った。
3階まで上り、とにかくどこでも良いから部屋に入った。
岸田達が入ったのは、理科室だった。
「皆んな居るか?」
岸田は闇の中へ問うた。
一先ずシモキンから身を隠す為に、教卓の下に皆集まっていた。
理科室の教卓は、実験の手本などを生徒達に見せる都合上、各学年の教室の教卓よりずっと大きい。教卓というが、テーブルである。コの字で組まれた板の上に、大きな天板が乗っている。体の小さい子供が下に入れば、まるで小さな部屋のようだ。
「誰が居る? この中に収まる人数だと、全員は居ないだろう?」
岸田のもう一度の問いに、1人ずつ名前を言って行く。
一緒に逃げて来たのは、松田、カニ子、田辺、玉井の4人だった。
岸田を入れると5人だ。
「僕、純恋ちゃんを……」
少し落ち着くと、田辺が言った。
岸田が慰めるように言う。
「お前が悪い訳じゃない。シモキンは最初から、助ける気なんか無いよ。俺達はこのゲームに参加しているが、プレイヤーじゃない。プレイヤーはあくまでシモキン1人、俺達はシモキンが操るコマに過ぎないんだ。落ち込むお前の気持ちは分かるが、今はそんな余裕は無い」
「分かった」
田辺はそう一言言った。
「なんか臭く無い?」
カニ子が言う。
「誰か屁でもこいたか?」
松田がおどけて言う。
「ふざけないでよ。なんか、腐ったよな臭い」
「理科室だから標本の臭いだろ? 」
岸田が言った。
「そういや、隣の理科準備室の大量の標本、ホルモンマリン揮発して抜けてたよ。僕、昔掃除の時みたの覚えてるよ。ああ、これじゃ腐っちゃうよって思ったもん。それが腐ってるんじゃない?」
田辺が言った。
「ーーところで、俺はみんなに聞いて欲しい事があるんだ」
岸田は、あらたまってそう言った。
岸田は先程思い出した事を告げる。
「俺、思い出したんだ。シモキンは5年までイジメる側だった。しかも、イジメの中心だった。俺はこの事をずっと、無かった事のように忘れていた。きっと、シモキンの自殺のショックで記憶を封印してしまっていたんだ」
「私も昔の事覚えてるよ」
そう言ったのは、玉井梨花だった。
玉井は小学時代はスポーツが好きな、女子の中のムードメーカーだった。
いつもツインテールを赤い髪留めのゴムで、束ねていた。
玉井は続ける。
「イジメの中心だったーー、とかは覚えてないけど、皆んなシモキンが昔は好きだったのは覚えてるよ。シモキンとも良く遊んでたわ。具体的に何をどうしたかは覚えてないけど、一緒に遊んでる様子は頭に浮かぶわ。なんで、私達シモキンをイジメる様になったのかしら? 」
「それは、お前の想像じゃなくてか?」
「そう言われると、確信はないけど……。でも、それ言ったら、岸田君だって」
「そうだな。みんなも、玉井みたいなのなんか無いか? シモキンを倒せなくとも、逃げるヒントが見つかるかも知れない」
みんな闇の中で考えた。
闇の中で、誰かが口をを開いた。
「……実は、俺も思い出した事があるんだ」
それは松田だった。
「何をだ? 言ってくれ!」
「シモキンは自殺じゃねえかも知れない」
「え? 何言ってんだよ」
「そうよ、何言ってんのよ。皆んな見たでしょ? シモキンが中庭に落ちる所。丁度、池の前辺りにシモキンの首が転がって。給食の時にーー」
黙って聞いていたカニ子が、驚いた声で言う。
きっと闇の中で、カニのような目を、皿のように丸くしてるだろう。
「ーーああ。確かに、見たよ」
松田は意味深にそう答えた。
岸田の頭に、さっき見た中庭の風景が浮かぶ。
……あっ!?
岸田も松田が何に気付いたのかに、気付いた。
岸田は言う。
「……でも、教室で給食を食べてたら見れない」
「そうだ! 中庭は廊下の向こう側。つまり、廊下に出てないと、シモキンが落ちる所は見れない。全員で廊下で給食を食べた記憶なんてない。そんな事をすれば、野澤先生に死ほど怒られるだろう。そうなれば、絶対に記憶に残ってる筈だし。つか、先ずそんな悪戯する意味が分からない。俺達は皆んなでシモキンが落ちるのを見てた。たぶん、それは屋上だ。ーー俺、落ちてく瞬間のシモキンの顔の、記憶の断片があるんだ。さっき、廊下から中庭を見た時に、その断片がなんなのか分かった気がした」
「……え? それって、つまりどういう事?」
カニ子がキョトンとした声で訊く。
「シモキンは俺達で殺した」
……松田はそう言った。
「良い物見つけたよ」
がさごそやっていた田辺が言う。
「お前、今大事な所なんだけど?」
呆れたように松田が言う。
「……ごめん。」
「で、何を見つけたんだよ?」
「マッチ」
そう言って、闇の中でマッチ箱を振ったのか、カサカサと箱の中でマッチ棒がぶつかる音がする。
教卓には引き出しが付いている。その中から田辺はマッチを見つけたのだろう。
「それにしても、この臭い凄くない?」
カニ子が言う。
「本当ね。なんか強くなってる気がするね?」
玉井も答えるように言った。
松田はそんな2人の事など無視し
「マッチなんてどうすんだよ?」と田辺に訊いた。
「ほらこうやってすると、明るいよ」
シュッ!
マッチをする音が聞こえ、闇の中に田辺の顔がぼうっと浮かび上がる。
「おい! 止めろっ!! シモキンに気付かれる!!!」
そう言われたが、田辺は消そうとしない。
「何やってんだよ! 早く消せ!! シモキンが来んだろう」
松田が怒る。
岸田は田辺の異変に気付いた。
「ーーおい。どうした田辺?」
田辺は動かない。驚いているような、恐怖で固まっているような顔をしている。
「どうしたの? 田辺くん?」
と教卓の奥から心配する声がする。
それは、皆んなの後ろからだった……。。
その声は、聞き覚えある声だが、此処には居ないはず声だ。
声は笑っていた。
皆んなは、ゆっくり声のする方を振り返る。
闇の中で、マッチの炎に垂らされて、シモキンが笑っていた。
体育座りをして、膝の上にニヤリと笑う自分の頭を置いたシモキンが居た。
「その話、面白そうね? 松田くん続きは? ーーていうか、レディに臭いとか失礼じゃない?」
シモキンの頭が言う。
入った時から立ち込めていた腐敗臭の正体。
ーーそれは、シモキンの腐った体の臭いだったんだ。
最初からシモキンはずっと一緒に居たのか!! くそっ!
「皆んな、逃げろっ!!」
岸田が叫ぶと、一斉に教卓の下から出て一目散に逃げ出した。




