岸田
シモキンが出て行った教室は、重苦しい空気が支配していた。
ーー罪悪感。
自分達の心を支配していたシモキンが居なくなり、我に返らされたのだ。
誰も言葉を発する事が出来ない。
言葉を発すれば、それがそのまま自分を責める言葉となり返ってくるような気がしたからだ。
岡田も、田辺を責める事は無かった。
そんな中、声を上げた男ーー、いや男児が居た。
「此処から、逃げる方法を考えよう」
それは、岸田教一だった。
当時クラスでは目立つ方では無かった。かといって、イジメられたりパシリにされるような事もなく、奧野程ではないが頭は良かった。いつも、皆の輪の一歩外にいて、クラス全体を達観して見ているような所はあった。
「逃げるってどこへだよ! 此処は夢の中なんだぜ」
岡田がさっきの怒り諸共、岸田に喰って掛かる。今にも本当に喰い付きそうだ。
相当、頭にきている。
岸田はそれを見てニヤリと笑う。
「まだ心は折れて無いみたいだな。吉田みたいになったらおしまいだ。心が折れた瞬間、人は戦えなくなる」
皆、岸田の変わった姿に呆気に取られる。
村が沈んでから、近隣に移住出来る町も無かったために、皆遠くへ散り散りになった。そこから、後はどうなったか皆知らない。
「お前、変わったな。そんなじゃ無かったろう?」
「そりゃ、色々あったのさ。さあ、それより、吉田を助けよう」
机を破壊し、床の扉の間に、机に使われていた鉄パイプを突き刺す。
そこからテコの原理を使い扉を開けた。
吉田は既に息絶えていた。痛みに耐え切れなかったのか、舌を噛み切っていた。
自殺してしまった。吉田はもう現実世界には戻れない。
皆をまたさっきの空気が支配した。
それを、希もまるで小さな牢と化した自分の頭の中から見ていた。
今の希は、闇の中に1人で縮こまり囚われの身状態だ。
どうして、シモキンがイジメられてる時に、みんなこんな気持ちに成らなかったんだろう? とふと思った。
シモキンをイジメている時にも、こんな気持ちになっていたなら、
シモキンへのイジメも無かったろう。
《それは、君達が今イジメられる側になったからだ》
「え?」
希が振り返れば、深い闇。ーー闇の奥から声がする。
聞き覚えのある声だった。そして、怖くは無かった。声は続ける。
《イジメられる側と、イジメる側では、もはや同じ人間じゃ無いのさ。だから、平気で酷い事が出来る。君は直接イジメに加わって無いと、自分の事を思ってるだろうけど、君があの時心に痛みを感じて居なかったのは、イジメる側だったからさ》
「そんな。違う!」
《本当に違うと言えるかい?》
「……。」
希は答える事が出来なかった。そして、闇の中の声ももう聞こえなくなった。
希は声の主を探しに、闇の奥に進む事は出来なかった。闇の奥に進めば、今ある自我がこの体から完全に消えてしまうような恐怖があったからだ。
皆、吉田の死体を囲み呆然としていると、死んでいる筈の吉田が急に立ち上がった。
「吉田生きてたのか!?」
岡田が喜びの声を上げる。
だがそれを打ち消すように、岸田が
「違う! そいつも、堀内や平良みたいになったんだ」
と言った。
「え? ーーコイツらなんなんだ? ゾンビみたいなものか?」
「今の所、自分の意思で攻撃はして来ない。シモキンの行ったように、この教室に囚われている状態なんだろ。ある意味、本来のゾンビだな」
「本来のゾンビ?」
「ゾンビってのは元々、ヴゥードゥー教の呪術で人の意思を奪い奴隷にする為の物らしい。前にテレビで見たよ」
「ふーん。それにしても、気持ちが悪りぃなぁ……」
吉田はプールの壁まで歩き、壁に当たって止まってもそのまま歩こうとしていた。
まさにゾンビだ。
「吉田はもうダメだ。捨てて行こう」
岸田はそう言い、教室のドアに進んだ。
そして、手を掛ける。鍵は掛かっていない。
「待てって、話は終わって無いぞ。もし夢なら、覚めるのを待とう。どうせ、最後は覚めるんだろ?」
岡田が言った。
「お前、画鋲が刺さった所痛いか? 」
「なんだよ、唐突に。痛えよ!死ぬほどな」
「人は痛みによるストレスで死ぬ事もあると聞いた事がある。痛みとは、実は外部から受ける物ではなく、脳が外部からの刺激を受けて発する物だ。だから、麻酔で麻痺させてしまえば感じない。逆に刺激を受けたと脳を騙せば、痛みを起こさせる事も出来るわけだ」
「なんだよ? つまりーー」
「つまり、夢の中で痛みを感じるなら、現実的に死ぬ事もあるんじゃないか? って事だ」
「じゃあ、平良はーー」
急に岡田の顔が青くなる。
「その事は、今は深く考えるな。あの時は、完全に夢だと思っていた訳だしーー」
「でも、もしこれが俺だけの夢なら、現実の平良は無事な訳だろう?」
「要するに、平良も俺も他の奴らも、お前の作り出した夢の中の存在って事か?」
「ああ」
「それの判断は難しい所だな。それは、俺も同じに、そうではないか? と思っているからだ。お前が俺の夢の中で、俺が作り出した物では無いか? と。その証拠という訳じゃ無いが、全員が当時の姿なのがなーー。俺が、大人のお前らを知らないからなんじゃないか……。とも考えている。だが、これが俺個人の夢なのか、そうではなく皆んな現実に存在してて1つの夢の中に居るのか、の判断は現状では出来ない。シモキンの言うように、現実に影響するのかもな。だから、これを単なる夢と捉えるか、現実として捉えるかは、各々の判断しかないのが実際だ」
「ややこしいな。つまり、ただの個人の夢なのか、皆んなの現実に影響する夢なのか、その判断は出来ず。お手上げで。その判断をどうするかで、今後どう動くか変わるという事か」
「ああ。ーーだから、俺は俺の考えに従って動く。もう此処で誰かをイジメ殺すのは、まっぴらゴメンだ。例え夢だとしてもな」
そう言うと、岸田は1人教室を出て行った。
「どうする?岸田くんの後に続く?」
そう岡田に訊いたのは、カニ子こと、奧野だった。




