マリ子ちゃんゲーム終了
岸田が目覚めた時、ちょうど月に一度の医師の訪問診療の時だった。
そのまま、救急車で病院に運ばれ、診察と精密検査を受けそのまま入院となった。
また意識を永続的に失う事も無く、入院後には健康上の問題も見つからず、翌週からはリハビリが徐々に行われた。
入院をしてから3ヶ月、日々の検査に問題も無く、自立歩行も問題無く出来るようになった為に退院の日を来週に迎えようとしていた。実際には自立歩行どころか、駆ける事も出来る。後遺症も見られない。元々肉体的で強靭であったが、医師もその回復力に目を見張った。
だが社会復帰には健康面以外でもまだ掛かるだろうが、十分に社会復帰は見込めると医師には太鼓判を押された。
岸田は退院を翌日に控えて、母を巻いて、リハビリ後に病院の屋上に来ていた。
目が覚めてからというもの、何処に行くにも母が心配で後を付いてくる。
病室でも一緒、リハビリも一緒、たまには風呂とトイレ以外でも1人になって考えたい事もある。
だが、もう暫くすれば、きっとまた母が自分を見つけ出すだろう。
この病院内で行ける所など決まっている。
ただすぐには来ないだろう。すぐに特定されないように、毎回場所を変えている。
ベンチに座って青い空を見上げる。まだ春だというのに、風が無いと陽の光でコートの下の肌が少し汗ばむ。
まあ、母の気持ちも分かる。自分の健康面での心配もあるが、自分が眠って居る間に父が他界していた。1年前の事である。心筋梗塞だった。
岸田は目が覚めてから、ずっと気に掛かっていた。
それは当然、カニ子達の事だ。その事を考えたくて1人になった。
彼等はどうしたのだろう? 別の場所目を覚ましているのか?
それなら良いが、多分それはない。
母の話では、自宅療養中にも年に数回は誰かが見舞いに来ていたという。
母に聞いたが連絡先は分からないそうだが、たぶんカニ子達が無事ならこちらから連絡先しなくとも、自分の回復を確認しに家には訪れるだろう。
だとすると皆んなはーー。
「ーー岸田さんですよね?」
突然岸田は、声を掛けられた。
岸田が振り向くと、自分と同年代くらいの男が立っていた。
「あなたは?」
男にそう尋ねる。
「私は相澤と言います」
男はそう答えたが、岸田はその名前と顔にピンと来ない。
相澤という名の男の知り合いは居るが、顔や声が記憶と違う。歳も現在はもっと老けている筈だ。記憶にある相澤は、高校時代の担任だ。
他の相澤が居て、忘れているのだろうか? ロッククライマー時代の知り合いか? 確かにあの時代の交友関係は広く、関わった人を全て記憶してはいない。
ーーいや、そもそもこの男の言い方は、初めましての挨拶のようだ。
普通、知り合いなら「相澤です」と言い切るだろう。
「どちらの相澤さんですか? 長く意識不明だったもので、その記憶がーー」
適当に誤魔化す。
「私はあなたには会っていません」
やはりそうか。岸田は思った。
「俺に何か?」
「私は相澤佑と言います。奥野雅子の元彼氏です」
その男は、あの懲役14年の刑を受けた佑であった。
当然、岸田はその事を知らない。
「奥野、カニ子のーー。あいつは今何処にっ!?」
奥野という名前にだけ飛び付く。
「分かりません。行方不明です。他のクラスメイトの皆さんもーー」
……行方不明。……他のクラスメイトの皆さんも?
「……あなた。カニ子、いや、ーー奥野から何か聞いているのですか!?」
「ーーはい。シモキンの事を」
佑がそう答えた時ーー。
「ーー教一何やってんのっ!!? 探したじゃない!!」
母親がやっと探し当てて、やって来た。
安堵と怒りで、声が少し興奮している。
「これを読んで下さい。行方不明になる前に奥野が俺の実家に送った物です。俺の事も書いてあります。また会いましょう!」
相澤はそう言うと、シモキンという言葉に驚いている岸田に、茶色い紙袋を押し付けるように渡し、やって来た母親に挨拶をして帰って行った。
「何? お見舞いの人?」
「え? ーーああ、そんな所だよ 」
岸田は渡された紙袋を強く握り言った。
翌日、岸田は久しぶりの我が家に帰った。
父の居ない家は、なぜか広く感じた。仏壇に線香をあげたが実感が無かった。
父の、下手糞に喪服と合成された遺影もなんだか嘘臭い。
それこそ夢のようだった。
風呂場が改装されたり、壁紙が変わったり、電化製品が替わったりしていた。
家の外観も壁の色が変わったりしている。
一通り家の中を見ると、自室に入る。
家は眠りに就く前の記憶といくらか変わっていたが、自分の部屋だけは全て当時のままだった。だから、部屋に居ると落ち着いた。母親が最低限の維持という掃除だけをし、いつでも息子が目覚めても良いように、そのままにして置いてくれたのだ。
と思った時に、ふと気付く。
ーーいや、目を覚ました3ヶ月前まで、自分は此処で13年以上もの年月を過ごして居たんだった。眠っていたが。
記憶は無いが、この部屋で13回の春夏秋冬を経験し、父の葬儀の時にもこの家に居たのだろう。
不思議だな。頭がこんがらがる。肉体はずっと此処にあったのだ。
その間、精神はシモキンの下らないゲームに付き合わされていた……。
ーーそうだ。
岸田は思い出したように荷物の中に入れてあった、相澤という男に渡された紙袋を取り出す。
中身はもう確認してある。
野澤先生のノートと、USBメモリーが1本だ。
野澤先生のノートはもう読んだ。
ーー問題はUSBメモリーだ。
この部屋にはパソコンが無い。
いや、ノートパソコンが有るには有るが、10年以上前のモデルだ。
記憶が正しけれ事故に遭った当時には、既に購入から2、3年経っていただろう。
まずOSが対応して無いだろう。というか、動くかすら怪しい。
岸田は一応ACを挿し電源を入れたが、やはり動かない。
お手上げか。
ーーと思った時、あっ!? と気付く。
父の遺品にパソコンが無いか?
父親は公認会計士をしていた。
岸田は父の仕事に全く興味が無かったから、どういう事をしてたかまでは分からないが、パソコンは仕事で確実に使っていたろうから、処分していなければ有るはずだ。
母親に聞くと、父の書斎を見てみろと言う。
まだ遺品の処分には手を付けて居ないから、有るだろうという事だった。
岸田の母親はスマホは使うが、パソコンは使わないというより使えない人なので、使えればこんな風に探す必要も無かったろう。リビングかキッチンに家族共有パソコンが有って終わりとなる筈だ。
父の書斎に入ると、有った! 机の上にノートパソコンが置いたままだ。
ACを挿して電源を入れると、デスクトップ画面が開いた。
OSも見た事がない。新しいモノだろう。
USBメモリーを挿すと問題なく読み取り、ファイルも開けた。
そこにはカニ子が現実世界に戻ってから13年間の、シモキンともう一度対峙するまでの記録が書かれていた。
カニ子が書き残したのだろうが、もしもの時の為の物では無かった。
ファイルのタイトルは『勝利への軌跡』だった。
これを相澤に送ったのは、出所した時の相澤への餞別だった。
カニ子は出所した相澤ともう過ごす気は無く、シモキンを倒した後は、シモキンを倒す為に作った子供達の為に残りの人生をすべて捧げるつもりだったのだ。
何にも使えないかも知れないが、使えるなら使ってくれと、巻き込んでしまった事への相澤に対するせめてもの償いだった。
あの相澤という男も
シモキンの被害者なのだな。
……シモキンが現実にも影響を及ぼすか。
そんな、事があるのだろうか?
シモキンに囚われていた時の、自分と居る時以外のシモキンの行動は分からないが、
21分割されて、保険として残していた一部と、自分を捕らえて取り戻した一部、それだけの力で現実に影響を与える事が出来るものだろうか?
疑問が湧く。
そして、カニ子達の行方だが
この双神という男が多分何かを知っているのだろう。
あともう1つ。
シモキンは今度こそ倒せたのだろうか?
俺が解放されたという事は、シモキンの力が及ばなくなったという事だろう。
では、他のクラスメイトはどうなったのか?
それにしても、あの相澤という男ーー。
なんで、連絡先を入れて置かないんだ?
俺の実家を調べたのがコイツらしいから、実家の場所は分かるのかも知れないが
向こうから接触して来ない限り、此方からは何も連絡出来ないじゃないか。
スマホは無いまでも、家電は有る。
パソコンもネットに繋ぐ事が出来れば、メールなりが出来るだろうに
それから、次に相澤が接触して来るまでにさらに3ヶ月掛かった。
岸田はその間、何が起きても良いように身体を鍛えた。
今出来る事は、それしか無かった。
カニ子達の行方の分からぬまま、イライラしたような、不安なような、モヤモヤした日々を身体を鍛える事で発散する岸田の前に、相澤は唐突に訪れた。
そして、岸田を半ば誘拐でもするように、引き止めると母親を「すいません、済んだらちゃんとお返します!」と振り切り自宅から連れ出した。
何が一体済んだらなのか……。母親には分かるまい。
「いきなりなんなんだ? あんたは?」
呆れたように、ハンドルを握る相澤に岸田は言う。
「岸田さん、俺の事はもう色々調べたろう?」
相澤は笑って言った。
その笑いは、緊張感をほぐす為か、何か嬉しいのか、良く分からない笑いだがテンションが上がっているのは分かった。
「ああ、資料でも見たし、ネットでも調べたよ。13年前の事件でも、タレント絡みとあって今でも結構情報はあったよ……。まさか、あのカニ子がな」
岸田の、今でも結構情報はあったよ、という言葉の語尾が、言い難そうに小さい。
「良いって、遠慮しなくて俺への殺人予告とかだろ? 人気絶頂のトップモデルの引退に繋がったって言われる事件だからな。俺元カレなのも知れてるし、当時の熱狂的ファンが今でも恨んでる」
「出所は来年じゃないのか?」
「模範囚だったし、冤罪じゃねーかって思いも少しは司法側にもあったんだろ? 遺体を切断した凶器も見つからないし、札束には俺の指紋は無いし、状況証拠だけだしな」
冤罪の贖罪でたった1年減刑という事は無いだろう? あるのか? まあ、そんな事は考えても調べても分から無いだろう。冤罪事件なんて、大問題になるからな。
そういう事を分かった上で、相澤は冗談めかして言っているのだろう。
ーー岸田は話を進める。
「実際、冤罪だろ?」
「俺を信じるのか?」
「本当にやってる奴が、俺をこうやって尋ねて来ないだろ?」
相澤は少し考えるように黙って口を開く。
口元は相変わらず上がっている。
「岸田さんあんたは、奥野達の事が気になるか?」
「当たり前だろ!」
「そうだろう? じゃあ、会いに行こう」
「……どこにだよ?」
「双神吾朗の所だ」
「双神の所に居るのか?」
「分から無いが、最後に会ったのは双神だろう?あんたも調べたんだろ?」
「調べたって言っても、ネットくらいしか今の俺には調べる術がないからな……」
「ネットで調べた事で良いよ。何か分かったかい?」
「会社の事は分かったけど」
「双神については、簡単な経歴くらか?」
「ああ。でもいくら社長と言っても一般人だし、タレントみたいには事細かく公表してないだろ?」
「まあ、確かにそうなんだが。ーー経歴にあった出身大学から、在学記録を調べたんだ。あいつは大学からの経歴しか載せて無いからな。でだ、結論を言うと双神吾朗なんて奴は居ない。そんな名前の人間が在籍していた記録が、少なくともあいつの公表している年齢から逆算して、考えられる時期には無い」
「経歴詐称か?」
「それも考えられるけど、双神は本名じゃない可能性がある。そこで、あいつの在学中に在籍してた奴らに聞いて回った」
また相澤の口元が嬉しそうに上がる。
岸田は分かった。相澤の笑いの理由が。
相澤は逮捕前は記者だかライターだかをしていたと、確かネットに書いてあったのを思いだした。
相澤は昔を思い出しているのだ。マスコミ時代をーー。
その自覚が有るのか、無いのか、は分からないが、岸田にはそれはどうでも良い事だった。
「で、どうだったんだ?」
岸田は訊いた。
「さっぱりだ!」
「さっぱりって!?」
「もっと時間が有れば、年代の範囲を広げて聞き込みできたんだけどな」
待たされた3ヶ月の間に相澤なりに色々調べていたようだ。
まあ、再会の約束はしてい無いわけだし。待たされたというのは違うか。
「で、どうする? なんで、 何も分かって無いのに俺を迎えに来たんだ? 一緒に聞き込みでもするか?」
「いや。ーー意識を取り戻してから、半年。身体はもう平気だろ?」
「ああ、暇を持て余して、筋トレばっかしてたからな。前より調子が良いくらいだよ」
なるほど、相澤が独自に調査する為ではなく、どうやら自分のリハビリ期間としての、もう3ヶ月だったらしい。待たされたのは相澤の方か。
「ヨシ! じゃあ、行こうぜ!! 双神吾朗の所へ! タケヒナテルへ忍び込む!!」
相澤は言う。
「ーーえっ!?」
「だから言ったろ? 双神に会いに行くって」
「少なくとも、カニ子達に協力的だったし、敵とも限らないんだから。忍び込まなくとも、訳を話せばーー」
「無理だ」
「どうして?」
「そんな事、もうしてるからさ。会社は取り合おうとすらしない」
「本人は?」
「自宅が分からん。調べても、今まで何処に住んでいたのか。しかも、ある筋から仕入れた情報によると、会社は公表してないが、双神も行方不明らしい。だから取り合おうともしないんだろ? 会社ぐるみなのか、双神が自分から消えたのか、別の誰かの仕業なのかーー」
「別の誰か。シモキンか……。双神もカニ子達のようにか? 確かに、カニ子の残した資料によれば、シモキンは現実にも影響を与えるだけの力があるとか。あんたも、それで罪を被らされた訳だし。何かが原因で力を得たのか。元々有ったのかーー」
「どっちにしろ、双神を探すしか今は無い。少なくとも、かなり大掛かりな装置を使った筈だから、協力者がいた筈だ。そいつだけでも分かればーー」
タケヒナテルの本社は、都内近郊に在った。
経営が傾き閉鎖された某大手家電メーカーの工場跡を、謂わば居抜き状態で買い取った物だった。
急成長した為に、ヤドカリが殻を替えるがごとく、新たな大規模工場が急遽必要になったのだ。
タケヒナテルがここ半年で急成長した大きな理由は、タケヒナテル独自のVR技術と介護を組み合わせた装置の販売である。以前から研究発表されていた物が、ついに実用化されたのだ。
シモキンの所為で実用化出来なかったあの技術である。
肉体が限界を迎えた老人であっても、タケヒナテルのVR世界では若い頃の様に動ける。
夢を見るメカニズムとVR技術を連動せた事により、モニターで見るのとは違い、完全に実体験として日常生活を送れるのだ。視覚や聴覚ではなく、直接脳で知覚する事により、それは完全に実体験として認識されるのだ。
しかも、自分が思う姿で。
年齢も性別も見た目も自由自在。
それは、まさに第2の人生と言えた。
それに最初に飛びついたのは、独身のまま老後を迎えた孤独な老人達だった。
それなりに蓄えは有れど、家族は無く、老人ホームも上がつかえて空きが無い。
そんな老人達には、願ったり叶ったりの装置だった。
肉体はというと、生命維持装置を使い、死を迎えるその時まで生命維持だけをする。
タケヒナテルは医療開発企業を買収し、その技術も手に入れていた。
今までの介護よりずっと少ない人数で、ずっと楽に、まるで植物でも育てるように生命維持は出来た。
高齢化問題に頭を抱える国は、タケヒナテルに巨額の補助金を出した。
タケヒナテルの技術は日本の高齢化問題だけでなく、世界でこれから高齢化問題を迎える国々にも輸出出来、大きな国益になるとも期待された。
そんな事から、投資する企業も多い。
また、次に障害者への利用も考えられ、寝た切りの子供がVR世界では健常者の様に学習、生活、出来。障害者のVR世界での雇用が生まれるのでは? と考えられている。
20世紀後半にインターネットが生まれ、新たなネット世界が生まれた様に、タケヒナテルのVR技術は新たな世界の創造に繋がると言われている。
VR世界では現実的な距離が無くなり、言語も翻訳アプリと繋いでしまえば関係無いのだ。国境の無い世界が誕生する。やりたい事も何でも出来る。まさにネットやオンラインゲーム世界を、肉体的感覚として体験出来るのだ。
今は老人介護や障害者の為の社会的利用が中心だが、これからあらゆる新しい産業や雇用が生まれるだろう。そう言われている。
可能性が無限に広がっているのだ。
タケヒナテルは今、世界でもっとも注目される企業であった。
相澤はとあるサービスエリアに車を停めた。
「此処で車を降ります」
「どうするんですか?」
「あそこ、見えるでしょ?」
と相澤はトラックを指差し続ける。
「アレに忍び込みます。製品用の部品積み込みトラックはコンテナで施錠も厳重ですが、あれは工場改装用の資材トラックなんです。幌だし、施錠も無い。工場の完成が遅れているんです。侵入後は工事業者に成り済ませます。登録制の日雇い派遣のような人間も多いですから」
「なら、日雇い派遣に登録して堂々と入ればーー」
「ダメですよ。派遣会社のチェックは厳しい。個人情報も取られるし、足がすぐ付きます」
「なるほど」
相澤はこんな事まで調べてたのか?きっと他にも色々調べて居るんだろう。
つい最近まで刑務所に入っていたんだろう。現在社会の右も左も分からぬ浦島状態の自分と、状況的には変わらないのに凄いな。
刑務所内でも色々考えていたのか? それとも、カニ子が残した資料から考え出したのか。
これは、頼りになる相棒を手に入れた。岸田は相澤の存在を頼もしく感じた。
2人は車の陰に隠れながら進む、相澤は大きなリュックを背負っている。
そして、トラックの幌の中に滑るように入り込む。
乗り込むとすぐ男達の談笑する声が近付いて来て、ドアが開き閉じると、エンジンが掛けられてトラックが動き出す。
「岸田さん、これを着てくださいーー」
幌の隙間から差し込む光に、闇の中で相澤が持つ作業服とヘルメットが照らし出される。
「あ、はい!?」
本当に何から何まで準備が良い。
岸田と相澤は作業服を服の上から着ると、荷台の奥のビニールシートの下に隠れた。
工場に着くと簡単な検問があった。
ドライバーとドライバー補助が入場許可書を警備員に見せた。
警備員は幌を少し開き覗くと、入り口からライトで照らして、さらっと中を見た。
事務的なものだ。
それでも、岸田達は資材の合間でビニールシートを深く被り、ドキドキしながら息を殺す。
「どうぞ、行ってください」
外でそう言う声がすると、またトラックは動き出す。
岸田達は幌の隙間から外の様子を伺いながら、人気の無い所で、徐行して走るトラックから飛び降りた。
そして、素早く物陰に隠れた。
辺りに誰も居ないのを確認すると、しれっと何も無かったように施設内へと進んだ。
工場はかなり広く。
広大な土地の中に幾つかの棟に分かれて、組み立て工場や関連施設がある。
歩きで回るのは、中々骨が折れるだろう。
この中になら、カニ子達が居てもおかしく無い。
岸田達は完成しているが、まだ稼働してない工場の、人目の付かない所に隠れた。
此処なら、工事の作業員も工場関係者も基本的に来ないだろう。来ても巡回警備員くらいだ。
作業員の居なくなる夜まで、此処に潜み待つ事にする。相澤の話では、施設が完成し本稼働すると、工場は24時間体制となり、工員が全て居なくなる事はない。だが、今は夜間は22:00以降の稼働はない。工員や社員も一部の人間を残し、ほとんどが23:00には帰宅する。夜間は工場機械のシステム調整の時間などに当てられる。
予想した通り、工事の作業員が居なくなるまでに、岸田達が隠れる工場に来たのは巡回警備の警備員だけだった。2回程回って来たが、岸田達の存在にはまるで気が付かなかった。
「さて、人も大分減ったし、そろそろ行きますか?」
「行くって、まずどこへ?」
「ーーそれは、もう決めてる。この工場施設内に1番最初に作られた場所。研究所です。そこは社員でも限られた人間しか入れ無い。さらにその中に、重役でも入れ無い、社長と数名の研究員しか入れ無い場所があるらしい」
「なるほど。で、そこにどうやって忍び込むんですか? セキュリティーとかあんでしょ?」
「研究所内までは入れる」
と相澤は1枚のカードを見せる。
「それは?」
「研究所へ入るカードキーです」
「そんなもん何処で?」
「これ位なら、裏の世界じゃ少し頑張れば入手出来る。内部関係者や、セキュリティー会社の関係者からね。足が付かなきゃ、いくらでも流出させる馬鹿は居ますよ。問題はそこからーー」
「そこから?」
「これは実はそんなに特殊なカードではなく、各棟すべてにそれぞれ入場カードキーがあって、それと中の磁気データは違いますが、基本的に同じ物なんですよ。なんで、これはオリジナルのカードキーではなく、オリジナルと同じ磁気データを入れたコピーです。見た目は同じですが。まあ、そんな事はどうでも良いですが、問題は入場後です。このカードキーは研究所内の施設メンテや管理なんかの業者や清掃員の為の物なんです。中に入っても各研究室が研究内容で独立しているそうで、そこに入るには網膜認証がいるようなんです」
「網膜認証?」
「所謂、生体認証の1つで、指紋認証の網膜版だと思ってください」
「なるほど。で、どうやってそれはクリヤーするんですか?」
「強行突破します」
と相澤が出した物を見て
「ーーえ!?」
と岸田は声を上げる。
相澤が出した鈍く黒光りするソレはーー
「拳銃じゃないか! 」
岸田は驚きながらも、言葉を続ける。
「そんなもんまで、どこで……?」
「アマゾンですよ」
「南米?」
「違いますよ」
と言われ、岸田は何も思い浮かばず、苦し紛れに腕を交差させ、開く。
「なんでライダーなんですか? Amazonです。ネット通販のーー」
「俺が眠っている間に、そんな物まで……。日本も銃の所持が合法化されたのか?」
「な訳ないでしょう。モデルガンですよ。凄い精巧ですから、パッと見素人には偽物だと判断出来ませんよ。ハッタリです」
「凄いな。確かに良く出来ている」
「その分、値が張りますけどね。では、行きましょう」
相澤はそう言うと、上に来ている作業服を脱ぎ続ける。
「もう作業員も居ませんから、脱ぎましょう。作業服の方が逆に目立ちます。研究所に行く前にもう1つ別の場所に寄ります。急ぎましょう」
「別の場所?」
「ええ」
相澤は持って来たリュックの中から地図を出す。どうやら、この工場施設の物らしい。
岸田達はある施設の入り口へ立っていた。
「此処も、専用のカードキーがいるんじゃなんですか?」
岸田は誰か来やしないかと少し焦り言う。
「大丈夫です。此処へはどのカードキーでも入れるんです」
相澤は言った。
確かに、相澤がカードキーをパネルに押し付けると扉は開いた。
しばらくして2人は、先程入った施設から出て来る。
「なるほど、これなら堂々と入れる」
岸田は白いナイロン地の袋の張られたカートを押しながら感心して言う。
カートの中には清掃用具一式(相澤のリュックも入っている)。岸田と相澤は白い作業着を着て、マスクをして、目だけ見えるフードを被っている。
相澤の寄った場所。
それは、清掃業務者達の待機場所だった。そこで、清掃員の用具一式を拝借して来たのだ。フードまで被るのは、精密機器製造の為だろう。
他の施設には、そこ専用のカードキーでなければ入れないが、清掃業務部署だけは、そこから各部署に向かう為、どのカードキーでも入る事が出来るのだ。
勿論、清掃員達も他の施設には、自分のカードキーに割り当てらた場所にしか入る事は出来ない。
目当ての研究所の扉の前まで来た。
肩につけられた透明なビニール地のポケットにカードキーを入れるようになっている。
それを、入り口のパネルに押し付ける。
相澤は大丈夫だと言ったが、無事此処も開くだろうか? 岸田は先程以上に緊張する。
ピィーン!
という電子音の後、扉は開いた。
岸田はホッと胸を撫で下ろし、カートを押して相澤と進む。
しばらくすると、医者のような白衣を着た研究員とすれ違った。
すれ違い様に、研究員は
「ご苦労さま」
と言った。
岸田達も
「ご苦労さまです」
と返す。
まったく部外者だと気付かれて無い。安心しきっている故の見逃しだ。
出来たばかりの工場で、不審者が忍び込んでいるかも知れない、という危機感がまるで無いのだろう。残念ながら、そういう危機感は、トラブルが起きた後でしか生まれないものだ。
岸田達はそこに漬け込ませて貰う事にする。
「侵入には成功したけど、どうするんですか?」
岸田は訊く。
「研究員の誰かを取り敢えず拉致して、まず目指す研究室まで案内させますか。それで、その研究室の近くで研究員が入室するのを待つ。最初に拉致した研究員は、そのカートの中に隠せば良いでしょう」
「滅茶苦茶強引ですね?」
大丈夫なのか? という訝しげな顔で岸田は言う。
「なんか他に、良い平和的な手はありますか?」
岸田は考えるが、パッと良い考えは浮かばない。
もはや、半分破れかぶれで相澤の案に従う事にする。
監視カメラの死角になる場所を探し、
掃除をするフリをしながら、また研究員が通るのを待っているとーー。
丁度、1人来た。
身体も大きくない。痩せた初老の小男だ。
すれ違い様に、相澤が素早く羽交締めにして、モデルガンを態とチラリと見せてから、こめかみに突きつけ
「言う事を聞いて下さい」
と静かに言った。
「断ったらどうするんだね? 相澤くん。モデルガンじゃ、私は殺せないよ」
男は笑みを見せて言った。
侵入がバレている。しかも、相澤の事まで
岸田は焦る。力ずくで強行突破し逃げるべきか!? 思わず握った拳に力が篭る。
「そっちは、岸田くんだろう。止めたまえ。監視カメラの無い場所を選んだんだろうが、何かしようもになら、直ぐに私の合図で警備員が来る。警察に突き出されても困るだろう。君らは知らないんだろうが、ここの監視カメラはそのまま顔認証機能がついているんだよ。しかもかなり高性能なね。目元さえ見えていれば、ここの従業員か入場許可を受けた人間かが分かる。それ以外は、不法侵入者として弾かれる」
自分の事まで、バレている……!?
もはや、万事休すかっ!!?
岸田はクソッ! と歯噛みする。
コイツは俺達をどうするつもりだ!?
口振りからすると、警察にいきなり突き出すつもりは無いようだが……。
岸田が考えていると。
「俺達をどうするつもりだ!」
相澤が訊いた。
「どうもしないよ。共通の目的を持つ者同士じゃないか」
「共通の目的?」
「ああ。私も双神社長を探している。取り敢えず、歩きながら話そう。ーー君らの目的の場所へ行こう」
そう言うと、男は歩き出した。
岸田達は、男の後を追うように着いて行く。
男は話し出す。
「さて、自己紹介がまだだったね。私は森下という。此処の副社長だ」
「……ふ、副社長ですかぁ」
相澤は森下の身なりを見ながら言う。
森下は研究員と同じ白衣を着ている。
「副社長といっても元々は研究者だ。そして、今も研究者の顔もある。約半年前、社長が行方不明になった。それまで陰で色々やっていたのは分かっていたが、まあ私もそうだし、社長も元々研究者だから個人的な探求もあるんだろうと思って目を瞑っていたが、行方不明に成られるのは困る。社長でなければ出来ない事もあるからね。私も以前は一緒に研究していたが、近年は私は経営にばかり力を入れていたからね。何がどうしたものかーー」
話していると、ある部屋の前で止まった。
森下はカードキーを部屋の入り口のパネルに当てる。
扉が開く。
「社長が自分が選んだ研究員と自分しか入れないようにしてたから、そのロックを解かせたんだよ。かなり手間だったよ」
「研究員を連れて来れば? 網膜認証ですよね?」
「良く調べてるね。確かにそうなんだが、此処の研究員も実はみんな消えたんだ。大問題だろ? ほんと困るんだよ」
そう言うと、森下は部屋に入る。
部屋の中は真っ暗だが、一歩踏み込むと明かりが自動で点く。
「ーーこれはっ!?」
中を見た相澤は思わず声を上げる。
部屋の中はもぬけの殻だった。
広い研究室の中には、机1つ無い。
「やっと開けてみたら、これさ。社長が行方不明になってから、色々何を影でしていたか調べる中で、君達の名前も出て来たよ。悪いが色々調べさせて貰った。まあ、具体的な目的は分からなかったけどね。だから、これから君らにも直接色々聞かせて貰いに行かなきゃならんと思っていたが、手間が省けたよ。此処に忍び込んで来たという事は、君らも私らに何か訊きたい事があるんだろう」
「実は友人達が行方不明で!」
岸田が言う。
「彼らの事か、赤鷺小の卒業生達の事だろう。岸田くん君もだね」
「彼らの行方不明と、社長の行方不明は、きっと関係あると思うんです!」
「ーーだろうね。行方不明になる前に、社長がある場所にウチのVR装置タケヒナテル1のプロトタイプを複数台運んだ記録が見つかった」
「それはどこですかっ!?」
「10年程前に潰れて、その後社長が買い取った赤鷺キャンプ村跡地だ。かつて赤鷺村の在った赤鷺湖の湖畔に在ったーー」
「……赤鷺村」
その名に、岸田の顔は困惑を隠せ無いでいた。
とてつもない不安が湧き上がって来るのを感じた。
それは、ある事に関係する。
岸田達は森下の車で、そのまま赤鷺湖に向かう事とした。
時間が惜しいのだ。この間にも、カニ子達や社長がどうなるか分からない。
岸田の母にも、あまり心配を掛けれなかった。
岸田の母は、夫を失ったショックや、今までの息子の介護に、老齢が加わり精神的に少し参っていた。息子が目を覚ました安堵で、一気に溜まって疲労が出たのだろう。
仮眠を取るのも勿体無いと、サービスエリアエリアで運転を交代し、その間眠った。
「相澤さんーー」
「なんですか、岸田さん起きてるんすか? 少しでも眠った。方が良いですよ」
「分かってますが、どうしても話したい事が」
眠った方が良いのは分かっていたが、どうしても岸田は話したい事があった。
それは赤鷺村の名を聞いた時に頭に浮かんだ物についてだった。
「なんですか?」
相澤が訊く。
岸田は後ろで眠っている森下を確認し、少し声のトーンを落とすと
「 タケヒナテルについてですが、社長の上にオーナーが居ると言われますが、その人が不明なんです」
「それは、俺も調べました。確かに不明ですね。もしかしたら、言われてるだけで、実在はしていないのかも知れないとも言われていますね。 謎が多い会社であるのは確かです。まだ新しい企業で、知られてない部分が多いというのもあるのかも知れませんが。実は過去に一時だけ、一緒にやっていた共同経営者が居たいう事も考えられる」
岸田は相澤の返した言葉を一旦受け取るように黙り、また口を開く。
「ーータケヒナテルという名前なんですが。社名の由来は書かれて居ませんが、日本神話の建比良鳥命の、日本神話での呼ばれ方、武日照命から取られたモノだと思うんです」
「日本神話ですか?」
「はい。武日照命は出雲大社に神宝をもたらせた神とか言われてますが、社名にするにはあまり意味が分からないんです。普通は会社に関係するご利益みたいなのがあって、祀るじゃないですか? タケヒナテルに関係するご利益みたいなのは無いです。で、調べて行く内に、武日照命には親が居て、その名が天穂日命という男神なんですが、地上を平定した神で、稲穂の神、太陽神という説があり。農業神、木綿の神、産業の神などと言われ、信仰の対象とされているようです」
「どうせ社名にするなら、そっちの方が良さそうですね?」
と相澤は笑って言ったが、岸田は笑っていない。真面目な顔で道の先を見つめている。
それに相澤も気付き、不思議な顔をした時ーー。
岸田は話し出す。
「ーー天穂日命の司る信仰の中に、養蚕の神言うのがあるんです」
「養蚕の神?」
「志茂木マリ子の家は、養蚕で栄えました。養蚕の神の子が武日照命です。偶然でしょうか?」
自分の方を向いた岸田の顔は、まるで何かを思い詰めてるような深刻な色を見せていた。相澤は、それに反射的に気持ちが引いてしまい
「ーー偶然じゃないですか? 良く調べてみないと分かりませんが」
と話を流してしまった。
確かに関係無いと断言出来ないが、岸田の思い詰めた様子から、今推測だけでこの話をを膨らますのはあまり良くない気がしたからだ。
夜が明ける頃には、赤鷺キャンプ村跡地についた。
そのまま残されて居たが、完全に使われて無いであろう施設はもう朽ち始めている。
「来てみたが、こんな所に社長や君達の友人はいるのか?」
森下が言う。
「1番大きなコテージだ。奥野達はそこに泊まってる」
相澤の言葉で1番大きなコテージを探した。
それは施設の1番中央に有った。どう見ても1番大きい。
入り口には他には無い、厳重な施錠がされている。
両開きのドアをチェーンでグルグル巻きにして、ゴツい錠前が付いている。
「これを開けるのは、至難の技だ。他から入りましょう」
相澤が言う。
「そうですね。どこかの窓でも割って鍵を開けて入りましょう」
岸田は転がっていた握り拳より二回りくらい大きい石を拾い言った。
コテージの横に回り、適当に入れそうな窓を見つけ、岸田はガラスを割ると、割れ目から切らぬように気を付けながら、手を入れ鍵を開ける。
「まあ、森下さん居るし。不法侵入にはならないでしょう」
岸田は入る前にそう言って、中に入り持って来たライトで照らす。
中に入ってすぐに気付く、どこからか冷蔵庫のモーター音のような物がする。
パッと電気が点く。
振り返ると、相澤が壁のスイッチを入れていた。
相澤が言う。
「此処廃業してるのに、電気が点くな。ーー発電機か? いや、発電機は音がするか?」
「この音は?」
岸田はどこからか聞こえるモーター音のような音を指し言う。
「燃料式の物なら、もっと大きい音がする筈だ」
それを相澤は否定する。
「たぶん、ソーラーだろう。社長の購入品にソーラーパネルがあった」
森下が言った。
部屋は入り組んだ造りにはなっていない。
泊まる事だけが目的のコテージ、造りは至ってシンプルだ。
少し進むと、広いリビングに出た。
ーー暗い。
相澤が電気を点ける。
岸田達は、その光景に驚愕する。
窓は全て内側から板で埋められ、敷き詰められるように置かれたカプセル。
「タケヒナテル1のプロトタイプだな」
森下が言う。
中に進み、岸田はカプセルを覗く。
そして、呟くように言う。
「……カニ子」
見つけた。
あの世界で見た大人のカニ子だ。
眠っているようだ。
岸田はカプセルを開けようとする。
「やめた方がいい」
森下が言った。
森下は置かれているノートパソコンを、キーボードを打ちながら見ている。
「どうしてですかっ!?」
岸田が訊く。
「ヘッドギアを外すと、脳に負荷が掛かるようになっている。こんな、設定は元々無い。社長がやらせたんだろう。無理に外せば、下手すれば脳死状態になりかねない。ウチの技術だが、かなり改造されてて、独自のシステムと言っても良い。造ったのは社長が囲ってた研究員だろう」
森下が答える。
「何の為に!」と相澤が怒りに任せ言う。
「VR世界から出さない為としか考えられないが。何の意味がーー」
カニ子達が一緒に戻って来れなかった訳が分かった。
肉体側が起きられないようにされて居たんだ。
岸田は戻って来れなかった原因を理解する。そして、自分の為に騙されたカニ子達を不憫に思う。
「どうすれば、外せるんですか!?まさか、このまま外せないんじゃ……」
岸田は訊いた。
「社長さえ居ればーー」
「社長?」
「解除キーを打ち込めば、マシン自体が停止しするから安全に外せる。他の方法はどれも危険が付き纏うだろう。それが分かるのは多分社長だけ。解除キーの解読が出来ればそれで済みむが、あの社長がそんなに簡単に解読できるような物を付けるかーー。造った研究員達を見付けても、解除はできるか。多分、あの人の事だから、そう出来ないような仕掛けがしてあるだろうね」
「社長を探す手掛かりを、また一から探さなきゃいけないのか!」
相澤が悔しくて歯噛みする。
そんな相澤に岸田は言う。
「いや、たぶん社長の居場所はあそこだ……」
「あそこ?」
岸田はあるカプセルを覗いて居る。
その岸田に向かい相澤が言う。
「ーーそのカプセル。中が??」
「ああ」
1つのカプセルの中が空であった。
誰が入っていたのか?
「あそこって、どこなんだ?」
という相澤の問いに、岸田が答える。
「赤鷺村です」
「えっ!? 赤鷺村は水の底じゃーー??」
相澤が言う。
「ええ。でも湖面より上だった部分はーー」
「あっ!? そうか、対岸のーー」
相澤も気付く。
カニ子の残した資料に記されていた。対岸の赤鷺神社の鳥居。鳥居より上だった村の部分はまだ残っている。
ーーそこは志茂木マリ子の家だ。
「よしっ! 早速行こう!!」
という相澤に
「その前にーー。森下さんに訊きたい。タケヒナテルのオーナーと言われる人物は誰なんですか? 社長以外にオーナーが居るんじゃないですか?」
森下は言って良いものだろうか……。という顔で考えて
「オーナーは人前には出てこない。株主としてだけ、タケヒナテルが出来る前から社長と関わって居るが、直接経営には関わってないから、私も会ったことがない。社長に投資した人物だ。たしか、名前は志茂木……」
と言った。
「ーー志茂木っ!?」
「それって、シモキンて奴のっ!?」
相澤もその名に驚く。
やはり、そうだタケヒナテルを造ったのは、きっと志茂木家の関係者の誰かだ!
岸田達はコテージを出て、湖畔へ向かう。
そこには手漕ぎボートが一艘、これに乗れと言わんばかりに有った。
3人はボートに乗り対岸を目指す。
空いていたカプセルは多分、カニ子達の娘の1人だ。
確認すると、クラスメイト20人はちゃんと全員居て、子供は6人しか居なかった。
子供は全員で7人だった筈だ。男の子が5人、女の子が2人。女の子が1人しか居なかった。
広く深い黒い湖面を、小さな木の葉のような手漕ぎボートがゆっくりと進む。
遠くから見る、その光景は、何かしら不安を掻き立てる。
頼りなく、今にも転覆してみなもへ飲まれてしまいそうだ。
必死に交代しながら櫂を漕ぐ、岸田と相澤にはそんな光景は知る由も無いだろう。
2人は、ただ先へと、ただカニ子達を救う為にと、湖を一刻も早く横断する為に櫂を漕いだ。
対岸が近ずくと、湖面に少しだけ出た鳥居の頭に気付く。
カニ子達が来た時より、湖面が上がっているようだ。
風化により塗装が剥げて、苔が生え、遠くからではそれが元々鳥居だったとは到底思えない。
鳥居を越えると岸は直ぐで、赤鷺神社がまだあった。
岸にボートを停めて、上陸する。
ボートの停めてある湖面の下に、透けて階段が見える。
赤鷺湖は遠目には水が黒く見えるが、濁っている訳ではない。実際の透明度は高いが、深さがある為にそう見えるのだ。
20年以上も手入れされて無い割に、赤鷺神社は綺麗った。
いや違うな!?
「ここ人が入ってる……」
岸田は気付く。
雑草の茎が綺麗に斜めに切られている。
これは人の手によるものだ。まだ茎は青い。ここ最近切られたものだ。
人が居る事を証明するように
境内の脇に小道が出来ていた。こんな道昔は無かった筈だ。
記憶には無い。
子供達にとって小さな村は、全てが遊び場だった。どんな小さな小道も、獣道さえも、知っていた。
廃村後も誰かが、此処で暮らしていたのか?
その小道は、シモキンの家の方角に伸びている。
曲がりくねる道を行くと、嫌な臭いが鼻を突き出す。
それは、何か動物性の物の腐敗臭だった。
嫌な予感だけが、頭を過る。
嫌な臭いは強くなり、自然と皆手で口元を押さえ出す。
やはり、シモキンの家の前の道に繋がった。
シモキンの家を目指し進むと、直ぐ志茂木家の門が見え始める。
すると岸田の目に門から入ろうとする少女の姿が入った。
あの荒れ伸び切った垣根に囲まれた、人形達のぶら下がった門だ。
ーーあの子は、シモキンの世界で見た!?
岸田の拙い記憶が蘇る。
カプセルの中に居たのはあの子だ。
岸田は臭いの事も忘れて駆け出す。
そして、少女を抱き上げ
「君はカニ子達のーー。無事かいっ? 怪我はっ? 何かされて無いっ?」
矢継ぎ早に訊く。
「平気よ。岸田くん」
落ち着いて少女は言った。
「……そうか。取り敢えず直ぐ帰ろう。社長の事はそれからだ!」
安心したが、見た目不相応の随分としっかりした受け答えが不思議だった。
大人に岸田くんとはおかしな呼び方だ。カニ子の言い方を真似ているのだろうか?
「そうですね。それで、一旦装備を整えた方が良いです。これは予想以上にヤバイ可能性がある……」
相澤が青い顔をして言う。
「はい! 一旦出直しましょう」
と言った岸田に
「社長を探してるの? あれ」
少女はそう言うと、門の奥を指差した。
岸田はふと門を見て、異変に気付く。
門を囲む垣根が無い。
あの人形達も無い?
「……き、岸田さん」
相澤が化け物でも見たような声で言った。
門の事を知らない相澤は、門の変化に気をとられる事なく、少女の指す先を見ていた。
「え?」と岸田も指の指す方向を見て
「……な、なんだ?」
と驚きの声を漏らした。
木々のトンネルがあった筈の門の先は、広い庭になっていて、遠くに玄関が見えた。
その門と玄関の間に、十字架のような物が見える。
そこには、全裸の男? らしき物が張り付けられていた。
だが、辛うじて人と分かるくらいに、酷い拷問が加えられて、血に塗れて肌も赤黒く変色していた。
あれが、この異臭の正体か?
少女は「社長を探してるの?」と言い指差した。
という事は、あれがタケヒナテルの社長双神なのか?
オーナーにやられたのか?
岸田はパニックになりそうな頭で必死に考えた。
そして、気付くのだ。
ーー少女がほくそ笑んでいる事に
この光景を前に、まともな人間が笑えるか?
「ーーお前、誰だっ!」
岸田は、少女に向かい言う。
「誰って、この家の住人。志茂木マリ子じゃない」
少女は言った。
「どういう事だ!」
「それはこういう事だよ。岸田くんーー」
そう、嬉しそうに言ったのは森下だった。
「どうしたんですかっ!? 森下さん!!」
「そんな、名前じゃないよ。お父さんの名前はーー」
志茂木マリ子を名乗る少女はそう言った。
「お父さん!??」
「森下は偽名だ。私の本当の名前は志茂木飛三、マリ子の父だ」
「えっ!? だって、シモキンの父親はーー」
「そうだ。君の知っている私は、ホームレスのような見た目をした、心の無い人形の様だったろう。髪を切ることも、髭を剃る事も、風呂に入る事さえも忘れた、みすぼらしく、無様な、幽鬼のような中年男だった。歳の割には老けて見えたろう。私は一晩で家族を全て失ったショックで正気を失っていた。そんなになる前、私は東京のある企業で研究者として仕事をしていた。その時はVRとは関係無い、工業研究だったがね。妻と出会ったのは高校の時だった。就職が決まると直ぐ、私達は結婚し、翌年には妻の実家近くの病院で娘が産まれた。私は妻の退院の日だった。偶然近くまで来たからとたまたま見舞いに来た両親を送る為に妻子を連れ実家に向かった。深い考えは無かった。見舞いに来た両親を送って、その足ですぐ産後の療養の為に妻を実家に送るつもりだった。その時、予報に無いゲリラ豪雨に襲われた。直ぐに止むと高をくくり実家を目指した。だが私は全てを失う事となった。悔やんだ。あの時に、せめて妻子だけでも、妻の実家に先に送り届けて置けばと。正気を失った私に、それまでの仕事は出来ず、実家で1人暮らす事となった。それでも、知識と技術は多少は覚えていて、村で便利屋みたいな事をして情けでこずかい程度の料金を貰っていた。だが、私に転機が訪れた」
「……転機?」
「そうだよ。岸田くん、君だよ。君達だよ。ーー君達が、私がマリ子の代わりとしていた人形を持ち出し破壊した後、私の前に死んだ筈のマリ子が現れたのさ。そして、自分の存在を語った。私はズレていた歯車が、ショックで噛み合うように、戻って来たマリ子のお陰で正気に戻った。そして、ある計画を立てたのさーー」
「ある計画?」
「そうだよ。もう一度、マリ子をこの世に戻す計画さ。本当に神は私達に味方したと思う。赤鷺ダム湖開発ーー。そのお陰で私は、この計画を実現出来るだけの、膨大な資金を得る事が出来た。君ら子供は知らないだろうが、君達の家は持ち家でも、土地はほとんどが借地だったのさ。志茂木家のね。まあ、こんな田舎の僻地だし、村人の為とただ同然の値で、昔から私の先祖が貸していたんだがね。住んでいる人間に立ち退き料は払われたが、それ以外に土地もアホみたいな額で買い取られた。この村のほとんどの場所や山は、志茂木家の物だったから、莫大な金が手に入ってね。それが、後のタケヒナテル発足の資金になった。ちなみに、オーナーと君が言っているのは私の事だよ。あまり目立ちたくないから、架空のオーナーを作り上げたのさ。双神みたいにね。双神は、本名は小林という、小さな町工場の跡取り息子さ。父の残した借金で工場の資金繰りに困っていたから、拾ってやったんだよ。それにしても、マリ子。小林も殺しちゃったのか?」
「だって、もう小林しか残ってないんだもん」
「待て! その子は、カニ子達の子供だろう!」
「体はね。最初君達をマリ子の世界に招いた時に、君達が少年Xと呼ぶ化け物と遊んでいる間に、実は体の乗っ取りを考えたのさ。元々マリ子の体の大半は、君達の心の一部だったからね。それが、真の狙いだった」
その時ーー。
「うわぁッ!?」
相澤の叫び声が聞こえる。
森下、いや、志茂木飛三に気を取られている内に、岸田の気付かぬ間に相澤は門内に入っていた。
岸田も「どうしたんですかっ!?」と後追い門内に入る。
ーーーーーーーッ!?
岸田は驚きか、恐怖か、その光景に衝撃を受けるが声が出ない。
外からでは見えなかった庭の隅に沢山の死体が堆く積まれていた。
白衣を着た死体の山。白衣は赤黒く変色した血に染まっている。
行方不明の研究員達だ。
臭いの正体はこっちだ。双神と呼ばれた男の死体は、まだ殺されたばかりと言う感じだが、こっちの死体の山はだいぶ腐敗が進んでいる。
白骨化している部分もある。
もしこの少女がシモキンなら、こいつがまたイジメゲームで弄んだのだ。
ーーそういう事か。
岸田は気付いた。
「現実世界での事は全部、あんたの仕業か」
岸田は言う。
「ーーえ?」と相澤は岸田の顔を見る。
岸田は飛三に言う。
「シモキンの力が現実世界にまで及ぶというのは、お前が仕掛けた嘘だ。そう思わせる為に、お前がやってたんだ。多分、相澤さんの事もーー」
「俺のーー!? 夢路丸の事かーー」
相澤が言う。
「ああ、あれは私だよ。簡単なトリックさ、夢路丸を殺して腕を切り落とし箱に入れた後、隣のビルの屋上からドローンを飛ばし置いたんだ」
「隣のビルからって、隣のビルに入るのだってーー」
「架空の会社を作り、屋上を含む最上階を借りたんだよ。倉庫としてね。倉庫に荷物が持ち込まれても、誰も怪しまない」
「そんな事までーー。それでも車を盗んだり、一旦大阪へ行って夢路丸を殺したり、色んな場所に防犯カメラだってあるし。いくらでも足がつきそうなのに」
「すべて簡単なトリックだよ」
「簡単なトリック?」
「ああ、トリックって言うか、世の中の仕組みとでも言おうか?金だよ金。防犯カメラの映像なんていくらでも操作できる。君の捜査や裁判も全て君が不利になるように、仕組んだ。金の力でね。君みたいな社会的弱者を潰すのは他愛もない。君に直接恨みは無いが、君の調査能力は侮れないと思ったんだ。あのまま、放っておけばじきに私の存在にたどり着きそうだったからね。金は最高だよ。もっとも影響力のある現代の最高権力だ」
「ーー俺の13年を返せ!」
相澤は怒りに任せ叫ぶ!
「その13年だって、裁判を起こせば金に換算される。君の13年はいくらだろうね? 払うよ」
飛三はニヤニヤと笑い続ける。
「最初は精神をマリ子の世界に縛り、岸田君達の誰かの体を頂く予定だった。今のマリ子は岸田くん達の心の一部の集合体だから、逆に体を乗っ取れると思ったんだ。ちなみに同窓会の招待状を送ったのも私だ。君達全員に、同時期にマリ子の事を思い出させなきゃいけなかったからね。そうする事で、マリ子の力で君達の夢世界を1つに繋げる。マリ子もそこで完全体になれる。岸田君が意識が無かったのが、不安だったが眠る君にお母さんが同窓会の事を話したんだろうね。眠っていても君の頭には届いたようだ。長い計画だったよ。ーー最初にマリ子を現実世界に呼び戻す為に、新たに夢の研究を始めた。そこで、夢路丸と出会った」
「お前、夢路丸とーー!?」
相澤が驚く。
「ああ以前からーー。君達が来た時も実は室内に居たよ。最初は金で、後はマリ子の力で恐怖で縛った。働かない癖に、金の要求と態度ばかり、あのババアデカくなりやがったんでね。マリ子を夢の世界へ招いてしまったらダメさ。奥野さんのノートに無かったかい? 双神がそういう話をした記述が。あれは事実さ」
ーーそういえば。
相澤は遠い記憶の中で、カニ子が夢路丸の家に着いた時、誰か他の人間の気配に気付き掛けていた事を思い出す。
飛三は続ける。
「あの後、私の部下が夢路丸を殺した。そして、色々と細工をしたり、私の存在を隠蔽したんだ。君の車を盗んで、大阪に向かったのはまた別の部下だ。ちなみに、夢路丸の君達への助言も私が言わせた」
「野澤先生はっ!?」
岸田が訊く。
「夢路丸を金で雇い、野澤の夢の中にマリ子を送り込んだんだよ。悪夢で精神を病む野澤に、夢の研究をしていると私が近付いた。そして夢路丸を紹介したんだよ。ちなみに言うまでも無いが、野澤を襲った暴漢も私の部下だ。野澤の母を殺したのもね。君達へノートを送ったのを確認してから、マリ子の力に思わせる為に殺した」
「どうして、野澤先生を巻き込んだ! お前は娘に結果的には会えたんだから、俺達にあの人形を処刑させた事には恨みは無いだろう!」
「予備計画の為さ。最初の計画が失敗した時のね。そして、心配は当たり、第一の計画は失敗した。君達の体をマリ子は奪えなかった。最初の計画では、少年Xに襲わせている間に、体を奪おうとしたんだ。死後にゾンビの様になったのは、マリ子に精神を囚われた状態だったからさ。肉体と精神が切り離されてる状態だ。平良さんはお父さんの力で、抜け出したけどね。やはり父の力は絶大だな。体を乗っ取るのは無理だったのは、君達が大人になってしまった事が原因だった。子供のままのマリ子には適合しなかった。そこで、作戦を変更した。一旦現実世界に君達を返したんだ。岸田君、君という人質を残してね。そこで、やっと野澤の存在が生きてくる。野澤の残したノート、あれは野澤が書いているようで、実は私が描いた計画を夢路丸の言葉で語らせ、野澤に悟らせないように関節的に書かせたものだ。もうかなり精神的に野澤は参っていたから、簡単だった。まあ、色々長々と野澤は書いたが、必要だったのは夢路丸の存在感を増させ、そしてマリ子を倒す方法を教える事」
「子供にはシモキンを倒す力がある….」
「具体的に言うと、本能に根ざした残酷性を打ち砕く力だ。それを利用すればマリ子を倒せる。これは事実だ。ただ、それはマリ子が1つになっていた場合だけだ。最初の時に学ばなかったのかい? 結局マリ子は倒せなかった。今回もまた同じだ。残った分裂させた人格を、この少女の体に入れた。ただ前と違うのは、今回はこっちが9割でやられたのが1割だったて事さ。バラバラにされた後、滅びるように見せかけて、頭以外をマリ子の世界に融合させた。あの世界が、マリ子の体内みたいな物だからね」
「まんまとカニ子達は、お前達に踊らされて子供を作ったって訳か。俺を除くクラスメイト達の血が必ず入った子供。つまりーー」
「そうだ。マリ子に適合する体だよ」
「お前の計画は娘の復活か」
「そうだよ。2度と手に入らないと思った暖かい家庭が手に入るんだ」
「お父さん私との約束も忘れないでね」
シモキンは笑って言う。
「分かっているよ」
「約束とはなんだっ!?」
岸田は言う。
「これから、私の作ったタケヒナテル1が新たなVR世界を築く。世界は、もう1つの、何でも夢が叶う世界に熱狂するだろう。その世界の女王様にマリ子はなりたいというんだ。クイーンやプリンセスは、いつの時代も女の子の夢だからね。この少女の体を使えば、マリ子もタケヒナテル1の世界に入れる。その中では、無敵の力を得る。岸田君、君もマリ子の力を体験したろう? タケヒナテル1の世界に入ったらもう誰も出れない。マリ子が飽きるまでゲームをするんだ。女王様ゲームだ」
ふと相澤が気付き言う。
「待てそれなら、夢路丸の力だけで良いだろう? 誰かの夢の中へーー。いや、そんな事をしなくとも夢路丸を通してVR世界に送ればーー
「ややこしい話だが、夢路丸はマリ子を他人の夢に送るバイパスを作れるが、その夢からタケヒナテル1のVR世界にマリ子が入る事は出来ない」
飛三は答える。
今度は岸田が問う。
「双神が語った、カニ子や他のクラスメイトを通して、シモキンがVR世界に入る危険ーー、というのは?」
「あれは、嘘だ。君らを通してでも、1度誰かの肉体を乗っ取らない限り、マリ子はタケヒナテル1の世界に入って行けない。あのキャンプ場にあった物は、タケヒナテル1のプロトタイプではない。ただ眠らせて、マリ子の世界から出れないように、肉体を生きたまま拘束する為の物だ。 VR装置ですら無い。岸田君は別の部屋に居たから帰って来れた。別にタケヒナテルの力で、マリ子の世界に送ったのではなく、普通にマリ子の力でまた最初の世界に導かれただけだ。岸田君を救いマリ子を倒すという共通の目的の元にね。私達の目的は、君以外の子らの中に20当分されているマリ子の残りの部分を取り戻し、また完全体に戻る為。そして、マリ子の入る体を手に入れる為だ。 ーー夢路丸がマリ子を送れるのは、脳が作り出した後の夢の世界だけ。タケヒナテル1は脳のメカニズムを利用して、VR世界を構築する。似てるが、まるで別物なのだ。マリ子がタケヒナテル1の世界に入るには、脳が必要なのだよ。脳が夢を見させるメカニズムが必要なのだよ」
カニ子のノートに書かれていた言葉を思い出し、岸田は思わずそれを口にする。
それはシモキンの大伯母の言葉。
「……門」
「そうさ。門は開かれた。新たな世界への門がね。その少女の体こそが、マリ子の門だよ」
「どうしてだ? 夢の世界では会えるんだろう? なんで、此処までーー」
「所詮、バーチャルリアリティだ。実感が欲しいのだよ」
「なんだよ。そりゃ!」
シモキンが岸田と相澤に向かい言う。
「私は、ただタケヒナテル1のVR世界で、女王になるだけではないわ。タケヒナテル1を通して、世界の子供達と繋がれる。新たなVR世界にも、ゲーム世界同様の残酷性を疑似的に楽しむ為の娯楽が、溢れる事になるでしょう。そこで、世界の子供の内にある残酷性を育て吸収して、私はもっともっと強くなるわ」
「なんだとっ!? そんな事はーー」
と、岸田は言い掛けて止まる。
ーーーーーーーーんっ!?
岸田と相澤は、急に辺りが暗くなった事に気付き、背後を振り返る。
「なっ!? ……なんなんだアレ?」
相澤は面喰らい言う。
屋敷の陰から、巨大な化け物がぬうっと出て来る。
それは、岸田には見慣れた存在。
ーー少年Xだ。
コイツに研究員や双神と呼ばれた男は、弄ばれ殺されたのだろう。
あの時、シモキンの世界で起きた事と重なる。
この屋敷の前で、皆んなして最初の少年Xと戦った。コイツはまた新しい少年Xなんだろう。頭に巨大な麻袋を被っている。
「今度はなんだっ!?」
岸田は啖呵を切るように言う。
飛三とシモキンはニヤニヤと笑っている。
少年Xはゆっくり頭の麻袋を脱ぐ。そこには蜘蛛の目のように、沢山の目が並んでいるように見えたが。
違うーー!!?
それは、沢山の複眼では無かった。
「……岸田君。……佑」
「……カニ子」
岸田は呟くように、唖然とした顔で言う。
それは、20人のクラスメイトと、その子供達6人の顔だった。
普通は頭のある所が、コブのように盛り上がり、そこに沢山の顔が蓮の実のように付いている。そられが、口々に叫ぶ。
岸田助けてくれぇー
岸田君、痛いよぉ……。
苦しいよぉー
殺してくれぇー
怖いよぉー
「どうだい? 買収した企業の技術で作ったんだよ。遺伝子操作ってヤツだ。人と類人猿を掛け合わせて、パワフルな兵士でもと思ったんだが。最初は大柄な人型の肉でしかったんだが、それにマリ子が君のお友達とお子さんの精神を定着させたら、どんどん変化してこうなった。これは科学では無いね。呪いとかサワリとかそういう類の力だな。ナチス時代から語られた人類の夢、科学とオカルトの完璧な融合だよっ! 素晴らしい!!」
飛三は興奮し嬉々として言った。
それから、一旦勿体振り
「そして、新しい少年Xにはあらたな能力があるのだ」
そう言った。
新しい少年Xには前と大きな違いがあった。
それはーー、
口だ。
丁度、人で言うなら胸の上くらいの所に大きな唇が付いていた。
それは飾りでは無かった。
ぐわっと、ガマガエルの様に大きく口を開くと、粘ついた唾液が糸を引き、人間の歯そっくりの巨大な歯が並んでいる。牛くらいは丸呑み出来そうだ。
少年Xは四つ足で、研究員達の屍にゆっくりと近付くとーー、
山と積まれた研究員の屍を、バリバリと骨を噛み砕きながら貪り喰って、頭(なのか?)を上げると、ゴクリゴクリと美味そうに飲み込んだ。
口の端から、研究員達の泡立った血がボトボトと溢れ落ちる。
「今度の少年Xは喰うんだよ。ーー人をね。素晴らしい。コイツは、もはやスーパー少年Xだっ!!」
飛三は歓喜しそう叫んだ。
シモキンは絶望に顔を強張らせている岸田に、勝ち誇ってせせら嗤った。
そして、言った。
「さあ、岸田君。もうリプレイは無いわ。これは現実よ。此処で死んで2人とも完全にthe end。ゲームは終り。ーーマリ子ちゃんゲーム終了」
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
シモキンの狂ったような笑い声は、赤鷺湖に響い渡った……。
イジメっ子でぽん ~マリ子ちゃんゲーム ー完ー




