最終決戦
それから、長い時間を掛けて、双神とも協力し計画は進められた。
そして、とうとう最終決戦の日が訪れたのだった。
双神に案内された施設へカニ子達は出向くーー。
双神はカニ子に向かい言う。
「やっと完成しました。お互い随分時間が掛かってしまいましたね。あなたに言われた数は用意出来てます。入念な研究を重ねるだけの十分な時間があったから装置は完璧です」
「まさか、こんな所に造っていたなんて……」
カニ子は思わず驚きの声を漏らす。
他のクラスメイト達も場所だけでなく、室内の装置の様子にも驚きが隠せない。
幾つも並んだカプセルのようなベッド。それらに繋がれた巨大なタワー型のマシーン。それを制御するのは、幾つかのノートパソコンだけだ。
頼りなくも見えるが、現実はこんな物なのだろうという気もする。
「この場所が、安く売りに出されていたものでしてね。あなた達には色々と感慨深い場所でしょう。深い意味は有りませんが、良くも悪くも精神的に影響を与えると思います。それが良い方に転ぶ事を祈ります」
双神は言う。
「最終決戦の場所には、ちょうど良い場所ね。早速始めましょう」
とカニ子はそれに応える。
「もう心の準備は良いのですか?」
双神は少し驚いたように言う。
「皆んな、今さらそんなものって感じよ。私達がどれだけ今日の日を待ったと思ってるの?」
「あなた達は良いが。彼らはーー?」
「あの子達は平気よ。私達のように無駄な思いは背負っていないから。純粋に悪を打ち負かし、岸田君を助出す事だけを考えてるわ。サンタクロースや神様を当たり前に信じるようにね」
「そうですか。なら、始めましょう。私もこの日を永く待ちました。まず入室したらカプセル内のヘッドギアを被って頂きます。暫くすると睡眠導入用の特殊なガスが出て、カプセル内を満たします。間もなく深い眠りに落ちます。それから、志茂木マリ子の場所までは、私がこの装置をコントロールして送ります。その後は、皆さんにお任せします」
「帰りは?」
「この装置は基本的に、前に申したように、夢を見るメカニズムを利用したVR装置です。志茂木マリ子さえ倒してしまえば、自ずと帰りの道が開けるようにプログラムしてあります。志茂木マリ子以外は、私のコントロール下にあります。ただその道の形は、私には分かりません。私は出口というプログラムを打ち込んだだけで、その形はあなた達の精神に反映されたモノになるでしょう。でも、あなた達には、それが帰り道だと分かる筈です」
「分かったわ。とにかく倒せば帰っては来れるのね」
カニ子の返事は、まるで早くしろと急かす様に素っ気無い。
恐怖や覚悟など、今までの長い準備の中で何度もし過ぎて忘れてしまったかのようだ。
他のクラスメイトも何も言おうとはしない。ただ、開始を待っている。
まるで、スタートの合図を待つアスリートだ。
そんな、カニ子達に双神は言う。
「ーーちなみに、もしあなた達が負けた時は、生命が維持される限り眠り続ける事になります。そうなった場合。責任を持って私がその役目を果たします。そして、目覚める手立てを必ず見つけます!」
「大丈夫よ。帰って来るから。必ずーー」
カニ子は双神の熱のこもった発言とは対照に、あっさりと言った。
それは、感情がこもっていないのではなく、必ず返って来るという強い自信と確信から来るものだった。
他の皆も、何も言わなかったが、カニ子と同じ思いなのは瞳の奥に灯るモノを見れば分かる。
カニ子はカプセルに入り言われた通りヘッドギアを被ると、間もなく睡魔に襲われる。
催眠導入ガスはどうやら無味無臭のようだ。
小さく風の吹き込むような音だけ、どこからか聞こえていた。
湾曲した透明な強化アクリル製の天井から、こちらを見詰める双神の顔が歪んで見える。
カニ子はそれをぼんやりとした頭で見てたが、やがて瞼が重くなり自然と閉じる……。
気が付くと、目の前に扉が見える。
薄い灰色の冷たい金属の扉。
見覚えのある扉だ。これは赤鷺小の屋上へ通じる扉だ。
カニ子は後ろを振り向く、皆が並んでいる。
前と違い、今度は大人の姿のままだ。
皆の顔を見渡す。ちゃんと全員こちらに来ているようだ。
「皆んないーいッ!?」
カニ子が訊く。
「おおっ!」と威勢の良い声が返って来る。
「みんなもいい?」
カニ子は視線を落として言う。
返事を確認すると、また後ろを振り返り、扉と向かい合う。
きっと、この扉の向こうにシモキンは待っている。
最後の戦いだ。
勝っても負けても最後だが、勝つのは私達だ。
カニ子は自分に言い聞かせるように心の中で言う。
自分を鼓舞し、テンションを上げる為に、自分に言い聞かせる。
それは、これから試合に向かおうとするスポーツ選手にも似る。
アドレナリンの量を自分で増幅させる。
大丈夫だ。この瞬間になっても、恐れは無い。不安も無い。
長い時間だった。
万全の準備を整えた。
やっとここまで来たんだ。
もう直ぐ終わる。
そう思うと、笑さえ溢れる。
カニ子はドアノブに手を掛ける。
そして、ゆっくりと捻る。
カチャッ!
小さく、音がする。
そして、ゆっくりとドアノブを握ったまま前に押す。少しずつ開いていく扉ーー。
カニ子は1歩に進み、開かれた扉を潜る。
想像した通り、屋上には薄笑いを浮かべたシモキンが居た。
シモキンも待っていたのが分かる。この時をーー。
きっと何か策略を巡らしているのだろうが、私達はそれを出し抜くだろう。
カニ子はシモキンをジッと見つめ挑戦的に微笑んだ。
「ついに来たわね?」
小脇に抱えられたシモキンの首も、微笑み言う。
「ーーええ、やっとね」
カニ子は臆せず返す。
「私も岸田君も待ちくたびれちゃったわ。ーーねえ?」
シモキンがねえ? と言ったのは、カニ子に向けてではない。
自分の背後に向い言っている。
シモキンの背後、屋上の壁を登り現れたのは、毎度お馴染みの少年Xだ。
姿は最初のサイズと形に戻っている。
……ただ、頭には岸田が付いていた。
あの時の、子供のままの姿だ。
岸田に意識は無いようだ。体はダラリとし、目を瞑りうなだれている。
野澤先生のように、今は完全にシモキンの支配下にいるという事だ。
姿が子供のままというのも、その為だろう。
「あなた達分かってる?」
シモキンが言う。
「何がよ?」
「あなた達が、また此処に来るのが、どういう事かって事よ?」
シモキンは笑った。
シモキンの思わせ振りな言い方に、カニ子は嫌な予感を覚える。
ーーその時。
オエエエエエエーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!?
突然の嗚咽の声!?
カニ子が振り返ると、さゆりが嘔吐している。
さゆりだけじゃない!? 皆んなにも異変がーー!!?
一斉に皆んな嘔吐し出す!!!??
オエエエエエエーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!?
オエエエエエエーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!?
オエエエエエエーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!?
オエエエエエエーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!?
オエエエエエエーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!?
「ーーどうしたのっ!? 皆んなっ!!」
カニ子が叫ぶ。
皆の吐き出した嘔吐物は、赤黒くネバネバとし、鼻を突く不快な臭いを放っている。
まるで腐敗した生肉だ。
中には、骨や歯、髪の毛、が混じり。ーープラスチック片!??
嘔吐物は粘菌のように動き出して、皆同じ方向に向かい這い出す。
カニ子はハッ!? と気付くーー。
「皆んなダメッ!? 吐くのを堪えーーッ!?ーーんんッ!!?」
腹から、何かが胸を突き込み上げて来る。
それはやがて胸に進み、食道を限界まで膨らませ、口へ向かう。
ーー苦しいッ!!?
カニ子は両手で必死に口を押さえるが、腹の底から湧き出したモノは、指の間、鼻や耳、目からも、溢れ出し床にボトボトと溢れる。
床に溢れ落ちたモノは1つに集まり、まもなく赤黒いゲル状の塊が出来る。
カニ子はそれを急いで踏ん付けようとするが、ひょいひょいとかわされ、シモキンの元へ向かい足から吸収された。
「あなた達がまたこの世界に来るという事は、私の体内に入って来るという事よ。これで、あなた達に21当分された私の体をすべて返して貰ったわね。力が完全に戻ったわ。またゲームが振り出しね」
シモキンが嬉しそうにガラス玉の目をギラギラさせ言った。
ガラス玉の癖に、まるで獲物を見つけた猛禽類の目のようだ。
シモキンの体内、シモキンの力の及ぶ場所である。
シモキンの策略に、まんまとはまったのだ。
前は隙を突き協力し、シモキンを倒したが、今回は逆に隙を突き先手を打たれたのだ。
ずっと待っていたのだろう。もう一度、完全に力を取り戻すチャンスをーー。
まさか、こんな形で一度奪った力を奪い返されるとは思っても居なかった。
だがーー。
「ーーそうかしら?」
カニ子の言葉に焦りは無い。
余裕をもって言い返した。
今度はその言葉に、シモキンが不穏な顔色を見せる。
「皆んな、出て来て」
カニ子の言葉に、クラスメイト達の間から子供達が出て来る。
シモキンの表情が明らかに変わる。
さっきまでの力を取り戻した余裕が消えた。
同い歳位の男女が、全員で7人。
男の子が6人に、女の子が1人。
カニ子はシモキンに向かい言う。
「私達の子供。あんたを倒す為の助っ人よ。あんたは元々は子供の持つ残酷性。子供から大人に変わる時に、子供は子供だけが持つ残酷性を自らの力で切り離す。切り離された残酷性は消滅するしか無い。それはつまり、子供にはあんたは倒す力があるって事よ。大人になった私達には、あんたを倒せなくともーー。ゲームは振り出しには戻らないわ! クライマックスよッ!!」
ーー13年前、カニ子達はあの赤鷺キャンプ村のコテージで、シモキンを倒す為に子供を作ったのだ。
暗くした部屋の中で、誰が誰とも分からぬ中で、一晩に賭けた。
そこで出来た子供が男女合わせて7人。
全員の子供として、自分達の人生全てを掛けて大事に育てた。普通の子とは違う生まれ方育ち方でも、変わらぬ愛情を絶え間なく注ぎ育てた。
正しい心を持ち、シモキンを恐れない事を教え込んだ。
まるでお伽話のように教えた。
悪しき心の化身としてシモキンという化け物が居て、あなた達はそれを倒せる力を持つ勇者だと教えた。
囚われた嘗ての勇者、岸田を救う定めを与えた。
子供が空想を信じられる限界を迎える前、思春期を迎える瞬間。
その時こそ、シモキンを倒す事が出来る力が子供達に満ちる。
それが、今なのだ。
あの時、カニ子達がシモキンを切り離したのと同い年の今なのだ。
大人になるに従い、可能性は突き付けられた現実により失われて行く。
肉体の限界、学力の限界、才能の限界、あらゆる現実に押し潰される。
だがまだ子供達は、あらゆる無限の可能性を持っている。
昨日の自分を変える力。
それこそが、シモキンを倒す力なのだ。
カニ子達の子供は、可能性の翼を広げーー。
変身ヒーロー、ナイト、格闘家、魔法使い、忍者、ロボットのパイロット、お姫様?
夢の世界で思い思いの勇者に変わる。
そして、勇敢にシモキンに挑み掛かる。
切り付け、殴り倒し、魔法をかけーー、思い得るあらゆる戦法を使う。
それは、大人には真似出来ない、常識に捉われない戦い方だった。
中には怯え尻込みしてしまう子も居るが、それを皆で叱咤激励して、共に立ち向かう勇気を振り絞る。
巨大ロボットは少年Xを押さえ付け、ナイトが岸田を切り離す。
そして落ちた岸田を魔法で、受け止める。
あれだけ自分達を苦しめたシモキンは、
あっという間にバラバラにされ、首だけが床に転がった。
カニ子は、シモキンの首に歩み寄る。
「カニ子母さん、もう良いよ。オレ達の勝ちだ」
ナイトの姿の男の子が言う。
彼等には8人の母と12人の父が居る。
「そうね」
ーー完璧だわ。どんな悪人にも情けを掛ける。
完膚無きまでに、シモキンを叩き潰した。
「ーーでもね」
カニ子はそう言って、ナイトから剣を取る。
モキンがカニ子を見上げ言う。
「あんた達、頭がおかしいわ!アタシを倒す為に、子供まで作るなんて!! アタシよりよっぽど異常じゃない。自分達の子供の人生を利用するなんてーー」
「分かってるわよっ!! だから、あんたを倒して新しい人生を歩むのよ!岸田君を助けて、皆んなと、 この子達とねっ!!」
カニ子は、シモキンの首に、思いっきり振り被った剣を突き下ろす。
今までの全ての思いを込めて!
ーーグサッ!!
シモキンの側頭に剣が突き刺さる!!!!!
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
シモキンは、まるで今までの長い苦しみの月日を表すような
長い断末魔の悲鳴を上げた。
………………………………。
最後に手を汚すのは、大人の役目だ。
カニ子は息子達が最後に情けを掛けるのを分かっていた。
だから、そう決めていた。
復讐からは何も生まれない。罪は許さなきゃいけない。そう教えたのだ。
そうでなければ、シモキンを倒す事が出来ないから。
完全な悪意を滅ぼすのは、完全な善意だ。
闇を打ち消す力は、光に宿る。
ーー終わった。
シモキンは絶命した。
子供達にとっては、これは夢の中の出来事として処理されるだろう。
じきに大人になって忘れてしまうような、些細な夢として。
気に掛かるのは彼等の今後の人生だが、きっと私達の思いを理解し、立派な大人になってくれるだろう。そう確信している。
なぜなら、彼等は今でも立派な人格を持った子供達なのだからーー。
「岸田君起きて!」
カニ子に起こされて、岸田は目を開く。
目を開いた子供のままの岸田をカニ子がギュッと抱きしめる。
カニ子の肩越しに、岸田の目に自分を囲む大人達の姿が写る。
自分を抱きしめている女性はカニ子であり、周りで咽び泣く大人達がクラスメイトなのが岸田にはなぜか分かった。
この世界が、シモキンの体内であり、シモキンと自分達が元々同一な為だろう。
意識の深い部分で皆繋がっているのだ。
そして、周りに居る子供達はカニ子達の子だ。
自我を取り戻したのはどれくらいぶりだろう?
シモキンの下らないイジメゲームに付き合わされ続けて、いつからか心が死んでいた。
生ける人形のようになっていた。動く人形に玩具にされる人形のような人間、滑稽だと思った事もあった。
岸田は自らの足で、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫なのかっ!? 岸田っ!!」
たどたどしい岸田の足取りに、そう言って歩み寄り肩を貸したのは松田だった。
岸田は大丈夫だと全然大丈夫そうではない顔で笑って、松田の手を除け歩み出す。
皆は岸田を目で追う。
「何処に行くんだ!? 岸田?」
誰かの問いに岸田が、後方の屋上の隅を指差す。
皆が見ると、今まで有った筈の屋上の床が崩れている?
ーーというより、空間が砕けたように崩れて、消えて闇に呑まれている。
シモキンが滅んだ事により、シモキンの作り出した世界が崩壊を始めたのだ。
岸田は何も言わず、歩も止めない。
皆は岸田が付いて来いと言ってるように感じた。
岸田の後を追うと、屋上の端に向かっている筈が、気付くと校門の前に居た。
閉まっている校門が、ガラガラと音を立てて自動で開く。
門の先にはただ眩い光がーー。
岸田はその門を潜って、一歩踏み出した。
岸田はその先に何があるのか、分かっては居なかった。
ただ体が動くのだ。
でもたぶん、この先が出口だ。何かが心の中でそう教えていた。
それは、言葉とは違う。何かに体が引っ張られているような感覚だ。
岸田は、ふと後ろを振り返る。
皆んなの気配が無い。
皆、校門からこちらに来れないで居る?
岸田は戻ろうとすると、前に進め無かった。
何か目に見えない壁がある。
向こうにもあるようで、皆は何も無い空間を壁を叩くように叩いている。
目の前に居るのに、声も聞こえない。
その壁が段々と分厚くなって行くように、岸田と皆んなの距離が瞬く間に開いて行く。
そして、いずれ霧に呑まれ消えるかのように、皆の姿は見えなくなった。
白い何も無い空間だけが広がっているように見えた。
岸田の意識が急に遠退いた。
………………………………………………。
岸田が次に目を覚ますと、枕元で母が泣き、医師が忙しく何を看護婦に命じていた。




