反撃の誓い
日を改めて久しぶりに5人でカニ子の家に集まった。
事件について、皆んなから一通り労いの言葉がカニ子に述べられ、
今までのカニ子の報告(分かった事について)が終わると、
本題に入ったが……。
「そんな事、無理だろ!」
カニ子の想像通り、松田からはすぐに強い反対の言葉が出た。
簡単に賛同が得られるとは勿論思っては居なかった。
「じゃあ、どうするって言うのよっ!」
カニ子も負けじと言う。
「……。」
松田は暫く考え、重い口を開く。
「お前は、それで良いのか?」
その言い方は、半分は賛同していると言っているようなもんだった。
カニ子は駄目押しをする。
「ええ、私達はもう決めたわ。全員で参加するの。誰かが犠牲になってはダメ。皆んなで同じ責任を背負わなきゃいけないのよ」
カニ子と希はもう心を決めていた。それをすでに2人で確認し合っていた。
「……分かった。俺も参加する。他の奴らにはLINEでって訳にも行かないだろう……。こんな事。1回どこかで全員集まろう」
「皆んな来るかな?」
純恋が言う。
「来るさ、皆んなまだシモキンの夢だか現実だか分からない嫌がらせに、精神的に参っている。仕事や家庭に影響が出て、日常を壊した奴らも居る。どうにかしなきゃ行けないと思ってるのは、みんな一緒だ。ただリダーを務める岸田が居ないから、どうしたら良いか分からないだけだ」
「で、どうするの?」
純恋が訊く。
「今度はちゃんと同窓会しようよ!」
田辺が笑って言った。
その言葉には深い意味はないだろう。
「同窓会ってお前なぁ。こないだ最悪の同窓会したばっかじゃねーか」
松田が呆れた声で言うが
「イイじゃん!」
カニ子は、そう言い続ける。
「そうだよ。今度はちゃんとした同窓会をやるんだよ! 私達はもっとまとまらなきゃいけない。そうじゃなきゃシモキンは倒せないよ」
「……。分かった。じゃあ、どっかクラス全員が入れる所探すか。どっかのホテルか何かで良いか?」
松田が言う。
「良い場所があるわ!」
希が言った。
「え?」
「こないだ皆んなで行った、赤鷺湖の側のキャンプ場。大きなコテージもあったし、今は時期的に誰も居ないから、やってればすぐ予約できるでしょ?」
「あそこはヤバイだろ?」
「そうだよ! 手形とか足跡もあったじゃんっ!?」
田辺が焦って止めるが、
カニ子は言う。
「そうね。シモキンに近い場所かも知れない。でも、あそこが良いと私も思う。私達の行動は全て意味を持つと思う。きっと、赤鷺村にもう一度集まる事は意味を持つわ。そして、シモキンが主催した同窓会じゃなくて、自分達だけの同窓会を開くの」
それから、カニ子のノートパソコンで検索して赤鷺キャンプ場が冬場もやっている事を確認した。
そして、コテージの空きも確認した。
カレンダーを模した、サイト内の各部屋ごとの予約表を開き見ると、想像とは違い各部屋とも空きは少なっかった。何も無いと思っていたら、紅葉狩りの客が結構いるようだ。サイト内に紅葉狩りの紹介がある。今月の土日祝日は全て埋まっている。時期的にも紅葉の終わりが近いから、これから月末に向けてさらに混みそうだ。
だが1番大きなコテージの予約表は、ほとんどの日が空いていた。
部活やサークル単位の大人数用の大部屋は、さすがにこの時期は借りる人は居ないようだ。春夏冬の長い休みや、ゴールデンウィークとかしか基本使われ無いのだろう。
「取りあえず、予約を取れないとお困る。再来週の土日空いてるから、一泊二日で先に予約を入れよう? 土日だから、大体は皆んな休みの筈だし来れるでしょ」
カニ子が言う。
「皆んな、予定合うかな?」
田辺が心配げに言う。
「ダメならキャンセルすればいいわ。お金で済む話よ」
「キャンセル料いくらなの? 皆んな出してくれるかなぁ……? きっと高いよ。20人分だもん」
「いいわよ、私が払うわよっ! 同窓会と言っても、遊びでやるじゃないんだから、ある程度の出費は仕方がないわ!! 予約の状況が分かんないんだから、土曜とか次が休みだし、すぐ他が入っちゃうかもしれないのよ? ……祐の事があって、最近仕事受けて無いから少し厳しいけど、貯金も有るし多分平気よ!」
「ーーキャンセルの時は、皆んなに言って出せる奴は出して貰えばいい。誰も出さなきゃ、俺が半分出す!」
松田が言った。
「私も出すわ!」
「私も!」
と、希と純恋が続く。
「……ぼ、 僕も」
皆の顔色を伺い、渋々田辺も続く。
「オッケーッ! つか、普通キャンセルするのに決められた日が有るだろうから、それまでにキャンセルすりゃ、キャンセル料かからないだろ? 1週間とか3日とかさ」
松田が言う。
「そ、そうかぁ!」
と、急に田辺の顔が明るくなる。
「そうだね。取りあえず、皆んなにはLINEですぐ聞こう! 私、連絡するわ」
希が言う。
「サイトのどっかにキャンセルについて書いてあるだろ? 探して見ろよ」
「うん」
「まあでも今日から12日後だろ。二週間近くあれば、皆んな休みを取れるだろう? 」
やはり皆シモキンの攻撃(嫌がらせ)で、精神的に参ってるいるようで、ちょっと用事がーーとか、仕事がーーとか、言う者は居なかった。
皆、シモキンを倒す作戦会議兼同窓会に必ずの参加を約束した。
最初に言った松田の予想通りだった。
ーーが。
『既読』は付いているものの、返信の無い人物が1人だけ居た。
それは、サユリであった。
サユリが返信しない理由。それは松田の事だろう。
他のクラスメイトでも、夢の中とは言え仲間に手を掛けた物も居る。
裏切りや見捨てた者も居る。
だが皆にはシモキンの命令という大義名分が、暗黙の了解で存在する。
仕方がないと思えるのだ。
だが、サユリだけは自らの意思で、助かりたいが為に、松田を刺殺したのだ。
確かに、サユリには松田を裏切るだけの理由はあるのだが……。
それでも……。だが……。皆の頭に色々な思いが交錯する。
皆は、一様に黙ってしまった。
そんな中、口を開いたのは当事者である松田だった。
自分が最初に口を開かなければ、この沈黙がいつまでも続くのが、松田には分かっていた。
「電話してみよう」
松田は言った。
全員の電話番号は皆控えてある。サユリの番号も分かる。
希が代表し、電話をするがやはり出ない。
「私から掛けてみるよ!」
カニ子が言う。
「無駄だ。誰が掛けても、俺たちからだと分かれば出ないだろう」
松田が言った。
「じゃあ、どうするのよ! サユリ抜きでやるの?」
「非通知ーー。公衆電話からは? 他の番号からとか?」
田辺がまくし立てるように言う。
「そんなの、すぐにバレる。つか、誰のか分かんね番号からの着信なんか出ねえよ」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「迎えに行こう。俺たちでーー」
あっという間に、同窓会の当日がやって来た。
その日の朝早く、日も昇らぬ内に、カニ子の運転でいつものメンバーを伴いまた赤鷺湖に向かった。ただ今日はレンタカーを借りた。7人乗りのミニバンだ。
その後も、連絡をLINEで全員に送っていたが、サユリからの返信は無かった。既読さえ付かない。
カニ子達は、赤鷺湖に向かう途中でサユリの家に寄る事にした。
前もって説得しても、土壇場で来ないなんて事もあるかもしれない。だから、当日に家に行く事にした。途中でサユリをピックアップする。その為のミニバンだ。チェックインは17:00までにすれば問題無い。もし遅れても、他のメンバーが先にチェックインしてくれる手筈だ。
問題はサユリの自宅の場所なのだが、それはーー。
プログラミングの仕事をしている岡田が見つけ出してくれた。
サユリのフェイスブックを見つけ出し、そこであげていた画像のGPS情報から、何枚か自宅であろう場所からの物があった。そこから割り出したそうだ。
勿論、このやり取りはグループ外のLINEとメールで行い、サユリは松田達が来る事を知らない。
岡田は以前に、希にあの夢の世界での事を個人的に謝っていた。岡田は夢と思っていたとはいえ、希を執拗に拷問し殺したのだ。そういう経緯から、サユリの事も他人事とは思えなかったのだろう。自ら名乗り出て、親身になってサユリの自宅を探してくれた。
「でも、サユリ家に居ない可能性もあるよね?」
ハンドルを握るカニ子が訊く。
後部座席から、松田が答える。
「サユリは居るさ。きっとサユリだって、ギリギリまで迷っている筈だ。行かなきゃ行けないと思いながら、行けないんだ。普通はそんな時は家に居るだろう。いつでも、出れる準備をしながら、出れずに悩んでいる筈だ」
松田の言う事になんの説得力も無かったが、それでも誰も反論はしなかった。
今さら言い争っても仕方無いというのもあるが、なんとなく松田の言ってる事は的を得ている、そんな気がした。自分に置き換えたなら、きっとそんなだろうと皆思った。
サユリの家は、赤鷺湖から遠くは無い。ーーと言っても、それはカニ子達の住まいから見ればで。赤鷺湖まで車で1時間程の場所に、住んでいるという事だった。
Google Earth で見る限り、一軒家であり、多分サユリは両親と共に住んでいると思われる。親の住んでいる所に突然尋ねるのは、中々ハードルが高い。大丈夫だろうか? カニ子は密かに思っていたがあえて口には出さなかった。
皆の士気を下げる事にもなるだろうし、他のメンバーも似たよな心配をしているのを、肌で感じていたからだがーー。
「どうやって、サユリちゃんを呼び出すの? お父さんお母さん居たらどうしよう? 自宅なんでしょ?」
田辺が溢れ出す不安な感情を隠さずに言う。
そうじゃない奴もいた。
「一軒家だが、自宅かは分からん。もしかしたら結婚してるかも知れないし、ルームシェアしてるかも知れない。田舎だし1人で暮らしてるって事も無いとは言え無い。まあ、どっちにしろ策は無い」
松田が答える。
「えっ!? 策は無いって、何も考えて無いって事っ!?」
思わずカニ子が驚き言う。
「そうじゃない。何も考えてなくはない。深くじっくり考えた結果、小細工はダメだと思ったんだよ。頭でなく、気持ちで伝え無いとアイツの心には響か無ぇと思う」
「……。」
カニ子は松田の言葉に、納得したような、呆れたような気持ちになりながら続ける。
「でも難しいね? 過去はともかく、今は松田君被害者の立場だしね」
「そうだな。別に俺は何にも気にしてねえし。むしろこっちが申し訳ないっつーか……。全然忘れてたけど、こっちに帰って来てふと昔の記憶が蘇る事があるんだよな。多分、サユリのアレ切っ掛けなんだと思うわ。確かに俺はサユリに酷い事をしてたな。それを忘れたのが、恥ずかしいわ。他の奴らにも色々あるし……。昔の俺はどうしようも無いな。他の皆んなも忘れてた昔の事、色々思い出してるんじゃねーのかな? 今回の事が切っ掛けでーー」
松田の言葉の後に、少しの沈黙があった。
それは、松田の言葉に皆も思い当たる事があるのを表していた。
「でも、最後は皆んなで乗り越えたじゃん!昔も、夢の世界も」
希が気不味い沈黙を掻き消すように言った。
「そうだな」
松田はしみじみと言う。
……でも、その時に悪意の化身として新たにシモキンは生まれ。今度は、岸田くんが犠牲となっている。必ず何か良くない事と引き換えになっている。
カニ子はそう思ったが、やはり口には出さなかった。理由は同じだ。
次こそはハッピーエンドで大団円を迎えたい。祐の事も含めてーー。
サユリの住むO町は、人口2万人足らずの小さな町だ。
この辺りの地域では、中心的な町だが、だからといってすこぶる栄えているとは言い難い。むしろ、町としては大分廃れていると言えるだろう。
O町の地名の付いた高校があり、そこそここの辺りでは大きな駅が在る。そして、町の中心地からはだいぶ離れた所に、有り余っている土地を活かした大きなショッピングモールがある。
下校時間に商店街が生徒達で多少賑わい、他の時間は閑散としているが、街の内情とは関係なく他から客が流入して来るショッピングモールは常に人で溢れている。そんな、町だ。
サユリの家は、町の中心に近い住宅街の中に在った。まるで、住宅街展示場にあるような、さも既製品ですという感じの小綺麗だがどこか温かみには欠ける家だった。
玄関の表札には『安田』という名。確かに、安田はサユリの苗字だ。
呼び鈴を押すと、中年の女性が出て来る。その顔を見て、皆此処がサユリの家だと確信する。見覚えのある顔だ。岸田の家に行った時と状況が被る。
向こうは成長した自分達を分からないが、自分達は彼女がサユリの母親なのを良く知っている。老けてはいるが間違いない。
「……あの、何か?」
サユリの母親は、ドアを半分だけ開き、突然の見知らぬ若者達の来訪に不安に満ちた顔で言う。
「あの? サユリさん居ますか?」
松田が訊く。
「居ますけど……。どちら様ですか? どこで、お知り合いに?」
「赤鷺村で同級生だった松田信太です! こっちが奥野で、平良に田辺、宮田です。覚えてませんか!?」
「ああ、こないだ同窓会のハガキがーー。あれは誰かの悪戯?」
サユリの母親は言った。ーーあのシモキンのハガキの事だ。
サユリの母親は、先程よりは少し安心した様子で話を続ける。
「ごめんなさいね。サユリは参加出来なくて……」
その言葉には含みがあった。
「おばさん、サユリに何かあったの?」
何かを察したカニ子が聞いた。
サユリの母親はしばらく考えて口を開く。
「……あの子、ずっと引きこもってるのよ。こっちに来てからーー」
明確に目的も告げぬまま、話の流れでリビングに通された。
5人では多少きついL字のソファーに腰を掛ける。
サユリの母は、お茶を入れに行っている。
「こっちに来てからって、赤鷺村を出てからって事かな?」
希が誰に訊くともなく訊く。
「分かんないよ。もしかしたら、赤鷺村を出てから他に行って、此処に越して来たのかも知れないし」
松田が言う。
「そっか」
そんな、会話をしている内にサユリの母がお盆にコーヒーを乗せ帰って来た。
「聞かなかったけど、皆さんコーヒーで平気? たまに苦手な人も居るでしょ?」
「大丈夫です。突然、来てしまったし、気を使わないで下さい」
松田が言うと、みんなもそれに合わせて気を使わないで下さいと笑顔を作り見せた。
コーヒーを置くと、サユリの母親は床に腰を下ろす。そして一通り全員の近況を聞かれた。サユリの母親は娘の同級生の成長を嬉しそうに聞いていた。
その会話は、本題に入る前の助走のような物だった。
聞き辛い話、言い辛い話。それをする為の準備運動だ。
ーー本題。勿論、それはサユリの事だ。
だが言い辛くとも聞き辛くても、今は遠回りしている暇はない。
「あの? サユリはーー」
言い出しっぺの松田が、とうとう話を切り出した。
サユリの母親は、1回息を小さく吸い、んーん……。と口を噤んで言って、意を決したように話し出した。
「中学校の入学式の時、校門まで行ったんだけど、門をくぐれなかったのよ。門の前から進めずに、帰って来て、それからずっと部屋から出なくなったの。理由は分からない。最近は妹と月に2、3度外に出るようにしてる。自分でもどうにかしなきゃ行けないと思ってるんだろうけど。中々、思うようには行かないみたい」
そう言って、サユリの母親は松田達に気を使うように笑った。
やはり、サユリは小学校卒業後から引きこもっているようだ。
皆一様にショックは隠せなかった。
村が沈んだのは卒業の2年後だが、松田達の学年の卒業を区切りに赤鷺小は廃校になり、皆んなそれと共に引っ越した。他の学年の子らも、新年度を新天地で迎える為に、当然同じく引っ越して行った。
サユリの母親の話を聞き、サユリには歳の離れた小さな妹がいる事を松田は思い出す。
小6の時はまだ入学さえして無かった筈だ。顔を微かに覚えている。
引っ越して行った後、サユリに何があったのか? 虫喰いだらけの朧げな記憶では想像さえ出来ない。
「おばさん、サユリと話せますか?」
松田は訊いた。
「どうだろう?会うかな。少し外には出るようになったけど、あの子は家族以外とはほとんど口を利かない。特に同年代の子達とはーー」
「俺はサユリに会わなきゃいけないんです! どうしても会って、伝えたい事がある!!」
「おばさんお願いします! 私達は、過去に色々有った事を最近思い出した! おばさんは大人だったから、その当時の事を知ってるでしょう? 赤鷺小6年の頃の私達の事ですーー!?」
カニ子が松田に続く。
「……あれは。みんな、思い出したの?」
サユリの母親は全員の顔を見回す。
「全部では無いですが、でも大体は……」
「そう、それであんなハガキを。ーー志茂木マリ子なんて。誰の発案?」
「あのハガキを出したのは、私達クラスの人間では無いです。誰が出したか分からないんです。でも、あの時の事を知ってる人物でしょう……」
カニ子は話を円滑に進める為に、シモキンの存在は当然伝え無かった。
「おばさん、あの時にあった事も、それまでの俺達の事も、そのままにして終わらせては、俺達は先には進めないという事に気が付いてしまったんです! それで、今度はちゃんと俺達で主催して、俺達の同窓会を開こうと決めたんです。だからサユリにも絶対に参加して欲しいんです!」
松田が言った。
「何となく、こんな日がいつかは来るんじゃないかと思ってたわ。あの時は、荒れたクラスを正常に戻す為に、藁にもすがる思いだった。野澤先生と教頭先生の言う事に従ったけどーー、それで確かに良くなった。でも、どっかでこれは其の場凌ぎのような気がしてた。いつか、あなた達が真実と向き合う日が来る気がしてた。ーーーせっかく来たんだし、あの子が会おうとするか分からないけど、会ってみる?」
「はい! お願いします!!」
「私は下に居るから、その方が良いでしょ?」
2階のサユリの部屋のドアの前まで案内すると、サユリの母親はそう言い1人下に下りて言った。
松田はゆっくりとドアに向かい話し出す。
「サユリ聞こえてるか? 俺だよ。松田だ。あの時の事は、何とも思ってないよ。これから俺達は最後の戦いの準備をする為に、赤鷺村の在った場所へ向かう。シモキンを倒せるかも知れない方法を見つけたんだ。岸田も救える。またクラスメイト全員の力がいるんだ。俺を恨んでいるのは分かる。許せないのは分かる。でも、お前が必要だ。どうか、許してくれないか? お前が許してくれるなら何でもするよ」
暫く待つが、何の反応も無かった。
「聞こえてないのかな?」
田辺が言った。
「そんな訳ないと思うけど……」
希が言う。
皆、どうしようと不安げに顔を見合わせる。
やはり、サユリは許してはくれないのか? 皆の心に、失意の予感が影を落とす。
もしダメなら、これからどうすればいいか。サユリ抜きで、やるのか?
言葉には出さなかったが、皆そんな事を考えていた。
その時、ゆっくりとドアが開いた。
ドアの隙間から、上下ピンクのスウェットを着た女性が1人こちらを覗いている。
皆一瞬、頭が白くなる。サユリの部屋だと案内されて来たのだから、当然サユリの筈なのだがーー。
昔のサユリ違い、痩せてしまって細過ぎる位だった。顔も青白い。ぽっちゃりしてた頃の面影はない。これはダイエットとかそういう類の変化ではないだろう。そんな風に、皆に推測させた。
皆が突然のサユリの登場に面食らっているとーー。
「……ちがうのよ。松田くん」
サユリはか細い声でそう言った。
サユリに招かれ、皆部屋に入る。
サユリはベットに腰掛け、皆サユリを囲むように床に座った。
「ごめんね皆。松田君の事は、本当に申し訳無かったと思ってる。当然気にしてるけど、返事を返さなかった理由じゃ無い。返事をしなかったのは、この部屋を出て行く勇気が無かったのよ。最近、やっと週に1回くらい、少しの間だけ外に出れるようになったから。妹の付き添いでね」
サユリは少し恥ずかしそうに、軽く笑って言った。
皆は想像してたよりは、サユリは元気そうに感じ、いくらか安心した。
あの時の、切羽詰まったサユリのままならどうしようかと考えていた。
「どうして、引きこもるようになったの? 良かったら聞かせて?」
カニ子が訊く。
「怖くなったの」
「怖く?」
「私達は酷い時期を乗り越えて、変わった。中学で、またあれを最初から繰り返すのかと思ったら、怖くなったの。おかしいよね? そうとは限らないのにね。別に松田君も、皆も恨んでない。むしろ、赤鷺小6年の誰かが1人でも一緒だったら、きっと私は引きこもりになんてなって無かったと思う。皆は覚えて無いかも知れないけど、シモキンが居なくなってからのクラスは、皆とても優しくなったし連帯感があった。シモキンを倒した事によるものだろうけど」
「じゃあ、私達と一緒だから平気だね? 一緒に来れるね?」
カニ子は、サユリの手の上に、手を置き握る。皆も立ち上がると、カニ子の手の上に、手を重ねた。
サユリは俯向くと、少し考えて顔を上げ
「ーーうん。来てくれてありがとう。すぐに準備するよ」
と微笑み言った。
「さあ、そうと決まれば早速準備だね! 男共は出て行って!!」
カニ子が言う。
「えっ!?」
「えっ!? じゃないわよ、松田君。女の子がスウェットで行く訳には行かないでしょ? 同窓会なんだから! 大人になって綺麗になった自分を見せなきゃ!!」
「そうよ! 男子は外で待ってて!」
「早く! 早く!」
カニ子達に追い立てられ、松田と田辺は外に出る。
「なんだよ。男子達って……。俺達は子供かよ?」
壁にもたれ、ポケットに手を突っ込んだ松田が、呆れたように不貞腐れたように言う。
「でも、良かったじゃん。サユリちゃんも来れて。これで、皆んな揃うね」
「いや、岸田がまだだ……」
「……そうだね。岸田君が帰って来たら、もう一度同窓会開かなくちゃね?」
「ああ、そうだな」
暫くして、ドアが開くと私服に着替えたサユリが、カニ子達に連れられ出て来た。
松田と田辺は、思わず声を失う。
「……お、おかしいかな?」
サユリが言う。
「何よ? あんた達」
カニ子がムスッとして言う。
「ーーいや、カニ子バリに変わったと思って。なんつーか、可愛くなったな?」
松田が答える。
「嫌らしい、そういう目で見ないでね! 男子は表面でしか、女の子を見ていないから。サユリは昔から可愛かったよ。それに気付かなかっただけでしょ! ーーねえ?」
とカニ子に言われて、サユリは顔を赤くした。
松田は皆の様子を見て、もう大丈夫だと確信すると
「さあ! それじゃ、行こうぜ!! 心も新たに出発だっ!!」
と声を上げた。
赤鷺キャンプ村に着くと、チェックインを済ませ皆コテージに集まっていた。
誰が言い出したのか、まるで室内はパーティー会場の様な装いだ。
室内は広いレクリエーションルームと、いくつかの寝室で構成されている。
「なんだよ、お前らパーティーじゃねんだぞ?」
松田が言った。
「同窓会だろ?パァーとやろうぜ」
答えたのは、岡田だった。
「同窓会だけど、これからシモキンに最後の戦いを挑む計画を話すんだぞ?」
「分かってる。だからこそだ。あの時、最後は何となく纏まったが、俺達は夢の中だけど、昔みたいにまた誰かを追い込むような事をした。殺しもした。それになんの区切りも無いまま、また戦いを始めたくないんだよ。皆もそうだ」
松田は一瞬考えて
「ーーそうだな。もう少し大人になった皆んなと普通の話もしたいもんな」
そう言った。
それに確かに、いきなりシビアな話をするより、少し場が馴染んでからの方が良いだろうと思った。松田は頃合いを見計らい、カニ子に声を掛けて、シモキンを倒す計画について皆に話す事にした。
「サユリ来て良かったな」
岡田が言った。
「ああ、お前が家探してくれたおかげだよ」
同窓会は始まり、皆最初は固くなっていたが、軽く酒が入ると話が弾んだ。誰もあの世界で起きた事の話はしなかった。色々あったが、責めもしなかったし、あえて此処で謝罪もしなかった。皆、現在の自分の事を話したり、訊いたりした。
今は少しの間だけ、シモキンを忘れて楽しみたかった。
「堀内、お前その指?」
松田が訊いた。堀内の小指には包帯が巻かれている。
皆一瞬、静まり返る。
堀内は確か、ヤクザになったと言っていたが……。
「ああ、一応まだ付いてるよ。あの事が、あって昔を思い出し、岸田の活躍を見たら自分がスゲー半端モンに思えた。ガキの頃のままの半端モンだ。お前からもう一度シモキンと戦うって聞いて、決心したんだ。オヤジに盃返して、指を詰めて、カタギになろうとした。でも、皮一枚切った所で止められたよ。訳聞かれて、世話になった奴の為に命懸けの戦いをしなくちゃいけねえって話したら、じゃあ小指が無きゃ困んだろ?ってさ。岸田助けたら、やれる範囲で真面目に生きるよ」
「そうか」
皆は堀内に歩み寄り、新たな出発を祝福する。
思い出すのも嫌な出来事だが、プラスに影響している者も居る。
サユリもその1人だろう。
松田がサユリを見ると、心配も取り越し苦労で、普通に女子達と和んで話していた。
「カニ子ちゃんそのポシェット可愛いね?」
サユリが言う。
「うん。ちょっとしたお守り。護身用品」
カニ子が答える。
「護身用品?それで、殴るの?」
「そうよ」
カニ子は笑って言う。
「(?)」という顔で、サユリは小首を傾げる。
さて、宴もたけなわと行きたい所だが、そういう訳にもいかない。
皆んながベロベロになる前に、本題に入らなくてはいけない。
松田は声を上げる。
「皆んな、聞いてくれ! 楽しんで居る所悪いが、そろそろ本題に入ろう?」
騒いでいた皆が静まり返る。
「ああ、そうだな」
岡田が言った。声のトーンが今までとは違う。それが、皆の気持ちの切り替えのスイッチを入れる。
誰からともなく発せられる「ああ」という返事は、重く静かだ。
「カニ子、まずお前が聞いたシモキンを倒す方法を皆んなに説明してくれ」
松田の呼び掛けに、カニ子は「うん」と答えて話し出す。
カニ子の話を聞いて、どよめき立つ室内。
「じゃあ、俺達じゃ無理じゃないかっ!?」
岡田が言った。
「私達にはもう無理ね。でも、不可能じゃない。私は考えたの。それで、ある方法を思いついた。義務じゃないけど、皆んなもそれを受け入れて欲しい。全員が平等に同じ重みを背負わなきゃ、ダメなの。皆んなで力を合わせなきゃーー」
恐怖や苦痛はある一定量を超えた時に、心が折れてしまわねば、化学変化を起こす事がある。ーー怒りに変わるのだ。そして、その怒りは恐怖や苦痛に打ち勝つ糧になる。
カニ子はその事を知っていた、皆もその事を知っているとカニ子は確信していた。あの夢の赤鷺村で同じに経験した筈だ。その変化をもたらすのに不可欠なのが、苦しい時に互いを支え合う仲間だ。
カニ子は続ける。
「ーーこの中に、結婚している人は居る?」
カニ子のいきなりの問いに、誰も答えない。
お互いに顔を見合わせ、首を横に振ったりしている。
「どうやら、まだ結婚している人は居ないわね……。じゃあ、恋人が居る人は?」
この問いには、何人かが手を挙げた。
「……そうか。まあ、私の話を聞いてから、その人達は考えて。それじゃあ、私の計画を話すわ。そして、皆んなから了承を得られたら、それをこれから行う」
「それって、なんだ?」
堀内が訳が分からないという顔で訊く。
「……それって、言うのは」
カニ子が口籠る。
「俺から話すーー」
松田が言う。そして、説明を始める。
「……それは」
「……それは?」
と岡田が、松田の目を見て訊く。
「……それは」
「ーーふざけんなよ! そりゃ俺らはまだ良いけどっ!! ……。俺はこれから堅気として真っ当に生きるって決めたんだぞ!なんなんだそりゃ!!」
内容を聞いた堀内が、松田の襟首に掴みかかる。
「やめてっ!」
カニ子が堀内を止める。
「カニ子お前は良いのかよ? お前、今は人気モデルだろうっ!?」
堀内はカニ子に問う。
「人気モデルだったよ。色々あって、今はもうスケジュールも真っ白よ」
「それだって、今だけだろ? またじきにーー」
「そんなのどうだって良いのよ! シモキンが現実に危害を与え出してからじゃ遅いの。もう既に、その影響で不幸に見舞われるて人もいる。……佑だって。皆んなだって、恐ろしい夢か現実か分からない事に襲われたりしてるでしょ? ずっと、そうやって生きてくの? 私達は平気ーー!!」
カニ子の後ろから、希と純恋が強い決意の眼差しを堀内に向けていた。
2人も既に、カニ子に賛同している。
「……わかったよ。お前らがそこまで考えているなら、俺も賛同するよ」
堀内は松田の襟首から手を放し、詫びを入れる。
松田もそれを快く受け入れる。
松田は言う。
「夜は長いまだ時間がある。12:00まで考えよう。それで全員の賛同が得られなきゃ、辞めよう。それでいい!!」
部屋に掛けられた時計の針は、21:00を少し回ったところだった。
皆が、1人になって考えたり、相談し合おうと、広いレクリエイションルームから一時解散しようとした時だったーー。
部屋の灯りが急に落ちる!?
「皆んな酷いじゃない? 私と岸田君はのけ者? またイジメやってんの?」
……声が笑っている。
……聞き覚えのある声だ。
……この声は。
石田がスマホのライトを点けて、声のする方に向けた。
皆が声の主を思い浮かべた時ーー。
光の先に照らし出されたのは、自分と岸田の頭を両脇に抱えたシモキンだった!?
「シモキンてめぇ……!? 岸田を返せっ!!」
堀内が凄む。
「良いわよ? じゃあ、 これからまた此処でゲームの続きをしましょうよ? ツイストゲームなんてどう? パーティに付き物よね? 割れたガラスかなんか撒いてさぁ。景品は岸田君の首でどう? あはははーー。前はゲームもやらずに死んじゃったもんね? 堀内君は」
シモキンは笑って言った。
「ーー黙れ、これでも喰らえ!!」
そう言い、カニ子がポシェットから出した物を見て、
松田、百武、サユリ、佐々木は血相を変える。
カニ子の手に握られているスプレー缶のような物、それは志茂木家に向かう途中、カニ子が見つけて少年Xに放ち撃退した熊除けスプレーだった。
熊除けスプレーは、防犯用の人体向けの催涙スプレーとは訳が違う。人体に使えば、深刻な結果を招く。
「止めろ! カニ子ッ!」
松田が言う。
「カニ子の持ってるスプレーは何だ!??」
事情が分からない岡田が訊く。
「熊除けスプレーだ! お前は先に死んじまったから知らねえだろうが、あれで少年Xをカニ子は1度撃退してる!! でも、あんなもん室内で使ったら、それこそ大惨事だ!!人間用の催涙スプレーだって室内で使えばたまったもんじゃないが、熊除けスプレーなんか使えば大怪我する!!視力低下や皮膚がただれる!」
それを、聞いて岡田も皆も血相を変える。
「やめろっ! カニ子ーーッ!!」「落ち着け!!」「やめて! カニ子ちゃん!!」
と皆が声を上げ止めるが、カニ子はプシュウウウウウーーーーーーーーーッ!! っとシモキンに熊除けスプレーを放った。
「皆んな、外に逃げろッ!!!!!!」
松田の掛け声で、皆半分パニックになりながら、ドアや窓から夢中で外に逃げ出した。
皆が逃げると、しばらくしてレクリエーションルームの灯りが点く。
恐る恐る。皆中に入ると立ち尽くしているカニ子が居た。
皆一応口に、ハンカチや脱いだ服を当てたが、空気は問題無く吸えるようだ。
「……シモキンは?」
松田がカニ子に訊く。
「消えたわ」
「お前、室内で熊除けスプレーはダメだろっ!?」
と言った松田に、カニ子がプシュッ! っとスプレーを吹きかける。
「ワァーーーーッ!!? お前ッ!!」
松田が叫ぶ。
「何やってんだよ! カニ子、気でも狂ったのかっ!?」と岡田が止める中ーー。
「熊除けスプレーじゃないわよ。普通のヘアスプレーよ?」
ケロッとしてカニ子が言う。
「へ?」
確かに見ると、ヘアスプレーにプリントアウトした熊除けスプレーの紙を巻いてあるだけだ。咄嗟で気が付かなかった。
「あ、ほんとだ。なんともねーや」と松田は拍子抜けした声を上げる。
「私考えたのよ。アイツは私達の精神とどこかで繋がってる。だから、皆んながシモキンに効くと本気で思ってれば、本当に効くんじゃないかって」
「ただ、これはもう効かないわね」
「どうしてだ?」
松田が訊く。
「気持ちの問題だと考えると簡単そうだけど、 一点の曇り無く皆が信じ意思を統一するのは難しいわ。私だって、これを熊除けスプレーと思い込むのに凄い苦労したもん。これは、1回切り。でも、これで皆んなで気持ちを1つにすれば、シモキンにある程度は対抗出来る力を得られるのは証明されたと思う。この偽物の熊除けスプレーのように倒せない物を信じるのは難しいけど、皆が信じるに足り得る存在なら、本当に心から信じる事が出来るんじゃないかな?」
皆、カニ子の話を聞きながら考えていた。
それは、さっきカニ子に聞いたシモキンを倒す方法だった。
「カニ子、本当にそれで勝てるのか?」
岡田がカニ子に問う。
「分からないわ。でも、今はそれに賭けるしかないの。他に何かある? そもそも、あんな非現実的な化け物を、真っ当な手段で倒せるとも思えない」
カニ子は正直に答えた。
……そして、12:00を待たずして、それは実行された。
それは、たぶん彼らの出来得る、シモキンを倒す為の最後の手段だろう。
翌日、皆目覚めると複雑な顔付きだった。お互いに顔を見合わす事が出来なかった。
昨日は突然のシモキンの出現で、気持ちが昂っていたのもあるが……。
カニ子の計画に賛同をしたが、どこかにまだ迷いのような物があった。
いや、もう引き返せないのは皆分かっているのだが……。
そんな中で、カニ子が皆の決意を確かめるように声を上げる。
「皆んないいッ! これから、長い戦いに入るわ。皆で協力しなきゃいけない。密に連絡を取り合い、助け合い、戦いの日を迎える準備をしなきゃいけない! 声を上げて欲しい。大きな声をーー。もう、戻れないわ! この戦いに絶対に負けないという誓いよ! ーーエイエイッ!」
「………………。」
皆からの反応は無かった。
俯いてい者も居たが、
中には、カニ子を睨む者まで居た。
でも、カニ子の心は折れない。カニ子はもう一度、更に大きく声を上げる。
「エイエイーーーーッ!!!!」
「オオォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」
松田が拳を振り上げ、声を上げると、それを見てーー
「オオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
皆も一斉に声を上げた。
カニ子は続けた!
「エイエイッ!!」
皆もそれに続く!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!」
「エイエイッ!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!」
「エイエイッ!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!」
その声の応戦は、しばらく続いた。
半分破れかぶれにも見えたが、それでも皆の心はカニ子を介して、これでやっと本当に1つに纏まった。
赤鷺キャンプ村へ行ってから、半年後佑の刑は確定した。
最高裁までもつれ込んだが、減刑されたものの強盗殺人で懲役14年が言い渡された。
そんな中でも、カニ子達の計画は粛々と順調に進んでいた。
長いスパンになるが、もう引き返せない計画だ。
勿論、カニ子達も引き返すつもりは毛頭無い。
最後まで突っ走り、シモキンを倒し、岸田を救出する!
そして、佑や殺されて行った者達の無念を晴らす。
彼らの決意は固い。




