VR
自宅で苛立ちと憂鬱の混ざった顔で、ソファーの上でクッションを抱え、テレビ画面を見つめているカニ子。
そのテレビには、過去の夢路丸のテレビ出演時の映像が流れている。
映像の右上には『未だに見えてこない、箱詰めバラバラ殺人の謎!?』の文字がーー。
カニ子は、ハァと大きな溜息を吐く。
ーーあれから一ヶ月が過ぎようとしていた。
連日連夜、夢路丸良子の事件をやっていた。
マスコミは大いに、この一連の事件を貪った。
有名モデルの元恋人が容疑者で、現役のマスコミ関係者。
さらに事件の間際まで澪羽(カニ子)は一緒にいた。
どうして、その元恋人である澪羽宛に、被害者の腕を届けたのか?
加害者の猟奇性ーー。
どうやって屋上に腕の入った箱を置いたのか?
祐の姿は警備員に見られて居ない。防犯カメラにもその姿どころか、不審者の姿も無いのだ。
そして、過去の元担任の猟奇的暴漢事件。
その母が不審火により焼死とーー。
芋づる式に、マスコミの喜びそうな謎が謎を呼ぶ事件が出て来る。
しかもそれらの、ほとんどの事件が起きる直前に、カニ子が関わっている。
当然、 野澤宅を一緒に訪れた希達にも捜査の手は及び、カニ子が最初に受けたような任意の事情聴取をうけた。この事情聴取は、祐が任意同行を受けた時点で想定し、話の裏を合わせていた。
カニ子も色々やれる範囲で、祐の無実を証明しようと動いたがダメだった。
やはり祐が居ないと、調べごともままならないが、それだけじゃない。
有名モデルで、自分も渦中の1人であり、自由に身動きが取れないのだ。
何かしに外へ出ようものなら、背後にマスコミの目が光る。
警察は祐が犯人だと決め込んで動いている。
そんな中で、祐の疑いが晴れる事は当然無かった。
警察が捜査しているのは祐の無実の証ではなく、祐を有罪にする為の証拠なのだ。
カニ子は警察に何度も足を運び、祐の無罪を主張したが、それを証明出来る物は無かった。
それは、まるで蟻地獄に落ちた蟻のように、もがけばもがく程、深く砂の底に沈んで行くような感覚がした。
カニ子を言い様のない無力感が支配した。
それから約半年、警察は状況証拠をコツコツと積み上げて、裁判は開始された。
夢路丸良子の直接の死因は窒息死だった。
死後に腕を切断したのは断面などから、糸鋸などであろうと見られたが、切断に使われた凶器は見つからず。車の発見場所の近くにダムがあったので、そこから捨てたのだろうと言われ捜索がなされたが、ヘドロが底に深く積もり、それらしい物は発見出来なかった。警察はそのヘドロの中に、凶器は埋もれてしまったのだろうと結論付けた。
夢路丸良子の家には当然、祐の指紋があったものの、遺体や金庫、車に積まれた1000万近い札束からは指紋は見つからず。
犯行時手袋を付けたのだろうなんて事は誰でも想像が付いたが、ならなぜ夢路丸の自宅の指紋は消さなかったのか? という疑問が当然浮かぶが、その事に付いての明確な答えは無かった。消し忘れた、消している時間が無かったなどと、取って付けたような簡単な理由付けがなされた。
また、車を放置した後にどうやって帰って来たのか? も分からないままだった。
祐の車は山中の林道内に有ったが、廃道に近い道で人はほとんど通らない。今回はたまた害獣駆除で山に入ったハンターの猟犬が、見付けたのだった。
そこに車を隠して帰るとなると、当然もう1台帰りの車がいると思われたが、車の放置されて居た場所から約100m行くと、麓のA地区に下れるハイキングコースになっている登山道がある。そこを使って麓のA駅まで出たと推測された。
だが、その登山道は道路を通るより近いと言っても、麓まで4kmあり、さらに深夜である。登山としては、軽登山に入るレベルだが、それでも登山経験のほとんどない祐が深夜にいけるだろうか? だが同時に、行けないという断定は出来なかった。キツイが、懐中電灯1本でも行けなくはない。そういう、道であった。
カニ子も証言台に立ったが、言えたのは祐の人間性を精一杯肯定する事だけだった。
それが、どれだけこの裁判で祐の為になったのかは分からない。
気休めとか、焼け石に水とか、そういう言葉がカニ子の頭に浮かんだ。
結局、肝心な部分があやふやなまま、強盗致死罪で求刑死刑、判決無期懲役の刑を受けた。まったくスッキリしない裁判だった。犯罪の証拠を積み上げて有罪を確定していくというのでは無く、無実を証明出来ないから有罪。そんな、不条理感の漂う裁判だった。
当然、即日控訴された。 裁判は長引きそうである。
カニ子は裁判所の外で囲み取材を受けたが、表情も見えないように濃いサングラスを掛けて、何も答えず待たせておいたタクシーに乗り込んだ。
ある時から、世間の風向きが変わった。
世の中は、まだ容疑者である祐を加害者だと決め込み、その祐を庇うような発言をするカニ子に、犯罪者を擁護するのか! と厳しい言葉を浴びせるようになった。
それまでは、被害者側だったカニ子は、今では共犯に近いような感覚で見られている。
マスコミのカニ子の疑惑を煽るような偏向報道の影響もあった。
帰宅すると、マンションの陰から男が1人歩み寄って来た。
ーーマスコミ?
カニ子は、隠すことなく不快な顔をする。
最近は、近隣への迷惑を理由に警察がマスコミに指導を入れたり、事件自体の話題性も容疑者逮捕で下火になったりと、マンション前で張るマスコミもまったく見なくなったのに、今日の裁判の結果を受けてやって来たのか?
見ると、男はブランド物のスーツを着た、白髪頭の初老の紳士だった。
マスコミと言うより、どこかの社長か何かのようだ。
新手の記者か? カッコに惑わされたりするか。
「何ですかっ!? 話す事は有りませんよ? 祐は無罪だし! 私も事件には関係して無い!」
気が立っているカニ子は、突っぱねるように強く言う。
「あなたは、何か勘違いをしている」
男は多少困惑したように言った。
「勘違いッ!?」
カニ子の言葉には、まだ鋭い棘があった。
男はそんなカニ子を宥めるように、穏やかに気を使って言った。
「私は夢路丸さんの友人です。あなた達の事を頼まれていました」
「……あなた達?」
それを聞いた、カニ子の表情が変わる。
「それは、私と祐の事?」
「いえ、赤鷺小の元6年生達の事です。志茂木マリ子の事です」
カニ子は辺りにマスコミの目は無いか気にしながら、男を部屋に招く。
普通なら、こんな見も知らない男など部屋に上げる事は無いが、シモキンを知っているとなれば話は別だ。どういう関わりか知らないが、夢路丸の名が出て来ている。
「どういう、事ですか? シモキンを知っているのですか?」
カニ子はリビングに招き入れた男に、コーヒーを出しながら相手の素性をも聞かぬまま尋ねる。
「ええ。その前にーー」
と男は前置きして「私はこいういう者です」と名刺を差し出す。
「ソウシン? VR研究所所長」
「双神です。双神VR研究所所長の双神吾朗と申します」
「VRってあの? ゲームの?」
カニ子はゴーグルを手で作って、掛ける仕草をして言う。
「はい。VRとはVirtual Realityの略ですが、今はコンピューターが創り出した仮想現実をゴーグルなどを付けて、追体験する技術を指します。私はゴーグルでは無く、夢を見る脳のメカニズムとVR世界を電気的に繋げて、よりリアルにVR世界を体験出来る技術を研究開発しています」
「それで、夢路丸良子とーー」
「はい。彼女に会い、私のプランを話しました。彼女は私の技術が、実現可能だと理解すると、私の計画を中止する事を警告しました。理由は、そう。志茂木マリ子の存在です。私の技術が実現すれば、1つの夢の中に複数の人間を招く事が出来る。実際は複数の人間が同じ夢を見ている状態になりますが、結果的には一緒です。ネットゲームのようなイメージです」
「つまり、シモキンと繋がりのある私達の夢だけでなく、赤の他人の夢の中にシモキンが移動出来る可能性が出て来ると?」
「はい。そういう事です。夢路丸先生はその事を危惧していました。私の技術が直にと言うわけではないですが、その危険は大いにあるとーー」
カニ子の頭に、あの大叔母の霊達が言ったシモキンの開けようとしているという門の事が浮かぶ。
ーーもしや、門とはこの事じゃ?
カニ子は門の事については、もう少し自分の中で疑問や推測が整理出来てから、双神に訊く事にし、今の問題に頭を戻す。
「それで、双神さんが私達に何を?」
「あなた達が志茂木マリ子を倒すなら、手助けがしたい。倒し方は夢路丸先生に聞いているでしょう。私なら、あなた達を志茂木マリ子の世界へ連れて行ける」
「えっ!? 本当にそんな事が!」
「私なら出来ます。夢路丸先生亡き後、あなた達を志茂木マリ子のもとへ連れて行けるのは私だけだ」
双神は小さくだが、力強く言った。その言葉から、よほど自分の技術に自信があるのだろうと感じた。確かに夢路丸亡き後、シモキンのもとに行く手立てがあるなら、まさに祐の力も借りられ無くなった今の状況で地獄に仏だ。
「……。」
カニ子は暫く考え
「どうして、協力してくれるんですか? あなたに何の関係が?」
「野澤先生です」
「野澤先生?」
「はい。夢路丸先生がバイパスを作る事により、本来入って来るはずの無い野澤先生の夢の中に、志茂木マリ子が行き来出来るようになった。その事が、志茂木マリ子があなた達以外の夢にも、なんらかの方法を用いれば出現出来る事を証明した。困るんです。あんな怪物が夢の世界に居られては。私の研究が滞ってしまう。あいつは少しずつ、相手に自分の影響力を広げ、最終的には夢の世界に人を縛る事が出来る。ーー野澤先生のように」
……そして、岸田くんもだ。
カニ子は思う。
「あなたは、シモキンの存在を信じるの? 科学者なのに?」
「はい。確かに、聞いただけの話なら、志茂木マリ子の話は信じないでしょう。でも、私は会っている」
「ーーえっ!?」
「夢路丸先生の力ではなく、私の作ったVR装置を使ってね。1度だけだが、私の作ったVR世界に、設定していない志茂木マリ子が現れた。私の作るVR世界に想定外は無い。全てプログラム通りに進む。多少のバグはあっても、存在しないキャラクターが出て来る事は絶対無いです。私は自ら製作したVR装置で、夢路丸先生と私を、同じVR世界に招いた。それは、私の装置の性能を夢路丸先生に教える為だった。今、思い出しても恐ろしい……」
「何が?」
双神はおもむろにネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを外すと、胸を開き見せる。
そこにはケロイドの痕が広がっていた。見えているのは僅かだが、軽い傷痕ではない。きっと、胸の下もずっと続いているだろう。
「あいつは、夢路丸先生を通して、VR世界に入って来た。そして、なんらかの方法を使って、現実世界にも影響を及ぼす力も持っている」
「……。」
「今思えばおかしな話です。他人と自分の夢の世界を、自由に行き来出来る夢路丸先生の力は信じていた。なんらかの科学的証明が出来ると、半ば確信的に思っていたのに、夢の中にだけ存在出来る自立した人格を持つ怪物の存在は信じられなかった」
「もし、あなたが言うように、シモキンのいる世界にいつでも行けるなら、シモキンの居る世界に行く方法を新たに探す手間が省けるから助かるわ。夢路丸先生が亡くなってしまい、その手立てがなくなっていたから。ただ、その方法を使う事で、逆にシモキンが此方に出て来てしまうなんて事は?」
「それは無いです。確かに、君達と他の無関係な人間を私の作り出したVR装置で繋げば、その人物をシモキンの存在する世界に招く事は出来る。でも、行けるのはそこまでです。シモキンが此方に出て来るという事は、つまり無関係の人間を無差別に狙えるという事なら、まず無理です。物理的に私の作り出したVR装置で繋げば別ですが、それは物理的に不可能です。まだ装置がそこまでの人間を繋げる量が無い」
「え? あのそれって何人まで繋げられるんですか?」
「今はまだ確実に繋げれるのは6人までです。頭に直接被るような装置だから、それを増やさなきゃ成らない。ヘッドギアさえ出来てしまえば、あとは有線で本体と繋ぐだけです。無線は他の影響を受ける可能性もあるんで、今は先ず有線で実験しています。無線が可能になれば、かなり多くの人間を繋げるが、それこそシモキンを自由にしかねない。シモキンを倒すまでは、まだ先の実験です」
6人ではダメだ。クラス全員分20人分要る。。
シモキンを倒し、岸田くんを救出するには全員の力が要る。
全員で集まり、21等分され今も私達の体の中にあるシモキンの一部を吐き出し、もう一度シモキンを一つにして、今度こそ完全に消滅させなきゃいけない。
私達が見るシモキンの悪夢は、体内にあるシモキンの一部が見せているに違いない。今はまだ良いが、それが何らかの形で今以上の力を得た場合、岸田くんのようにシモキンに囚われる事になるだろう。今、岸田くんを捕らえているのだって、たかがシモキンの一部に過ぎないのだから……。
ーーいや、夢路丸の方法を実行するなら、20人分じゃダメだ! もっといる。
「どうにか、30人分くらいは用意してください! それだけないと、シモキンは倒せない!!」
「分かりました。直ぐには難しいが、必ず用意します!」
連絡先を交換して、双神は帰っては行った。
祐は囚われの身、そして夢路丸を失った今、双神の存在は心強い。
上手く行けば、私達のベストなタイミングでシモキンに挑める。それまでに万全の用意が出来るかは何とも言えないが、精神的な余裕にはなるだろう。それは意味の無い事のようにも思えるけど、ギリギリの勝負の中では大事な事だ。
「その人、大丈夫なの? なんかタイミング良すぎない?」
久しぶりに会った希が、訝し気に言った。
祐の件があって全く自由に行動できなかったが、判決はまだ出てないものの一審が終わり、ある程度事件への世間の関心も弱まり、マンション付近にマスコミも完全に居なくなったので、やっと家に人を招けるようになった。
マンションの入り口はオートロックだから、別に迎えに出なければ問題無いように思うのだが、一回マンション内にマスコミの関係者(友人)が居たらしく、マンション内で盗撮されるような事があり表ざたには成らなかったが問題になった。
マンションの住人が、知り合いの記者を、マンション内に入れてしまったのだ。マネージャーの岡田が盗撮に気付き記者を捕まえたから良かったが、気付かなければどうなっていたか。
ーーまあ、実際は雑誌に掲載されようが、特に何も無いただの日常風景なのだが、気持ちは良くは無い。
芸能関係者も少なくないマンションだったので、盗撮に関わった人物は退室させられたが、それでも用心して出来るだけ人を招かないようにカニ子はしていた。自分は良くても、相手に迷惑を掛ける場合もある。
双神の時は、思わず入れてしまったが、マンションの前まで来てしまっては、中に招き入れるしかない。マンションの前で、話す訳にもいかないだろう。しかも、内容が内容だ。
「一応、ネットで調べたけど、ちゃんとした人よ。大手ゲームメーカーなんかとも開発協力してるわ」
カニ子なりに、双神の事は調べた。
資産家であり自身の研究施設にて夢についての研究をしていた双神は、自分の研究成果を反映させる為に、VRの研究開発をしていた麻山電子工業を買収した。
双神は元々大学の教授をしていたらしいが、後に独立して自身の研究施設を設立した。
麻山電子工業は1970年代にマイコンブーム時に、電子部品の小売り、自社オリジナルマイクロの販売をして業績を上げた。マイコン(マイクロコンピューター)とは、現代でいう所のパソコンの事である。その後、バブルの追い風を受けて、中古パソコン販売事業にも乗り出すが、2000年代末に徐々に中古パソコン事業は悪化し低迷した。その時に、VR開発部門が丸々双神に売却された。麻山電子工業は後に倒産している。
麻山電子工業からVR部門を買収した双神は、新たに株式会社タケヒナテルを設立(その中の一部門に、双神VR研究所がある)。
双神に先見の明があったのか、たまたま運が良かったのか、双神のVR事業は成功を収めている。最近、双神は新たにiPS事業にも着手したという。
「ーーて感じよ。身元はしっかりしてるわ」
「なるほどね。まあ、お金の為なのか、研究の為なのか分からないけど、強い味方には変わりないわね。所であなたに聞いたシモキンを倒す方法だけどーー」
そうなのだ。今日は祐と共に夢路丸から聞き出した、シモキンを倒す方法について話す為に希は来た。
希は続ける。
「私に1つ考えがあるのよーー」と
「さすがに、それは無理よっ!」
希の提案を聞いて、驚き間髪入れずにカニ子が強く否定する。
それは、あまりに非人道的だったからーー。
「でも、じゃあどうするのよ? 誰も貸してはくれないわよ? 子供なんて。もしシモキンがこっちに出て来て、誰の夢にでも入って行けるようになったらどうするの? 双神さんが発売しなくとも、誰かがその技術を知ったら、きっと世に出るわ。そうなったら、インターネットのように瞬く間に、世界中に広まると思う。そうなった時に、もし何かしらでシモキンがそのシステム内に入ってしまったらーー」
「……。」
「しょうがないじゃない、私達が蒔いた種よ。みんなにも協力して貰おう!」
それから、暫く相談し、続きは日を改めて松田と田辺と純恋も交えて話す事とした。
2人だけで決めるには余に荷が重く、やると決めてみたものの、話していても本当に実行出来るのか実感が湧いてこなかった。きっと、みんなで話せばそういう実感も湧いて来るに違いないと2人は思った。




