黒いノート
雑誌の撮影が終わり、楽屋に帰って来ると希からLINEが入っていた。
なんだろう?
カニ子はLINEを開いて見て驚く。
『野澤先生のお母さん亡くなったみたい!!』
そう書いてある。
希に、すぐに返信する。
『ごめん。今まで仕事だった。亡くなったってどういう事??』
既読が付き、すぐに返信が来る。
『さっきニュースでやってた。不審火だって!!』
『本当に!? 今、ちょうど撮影終わったところだからネット開いて見てみるよ!』
『私も今、詳しい情報を検索している所だけど、あまりまだ詳しい事は出てないみたい?』
『分かった。とにかくまた後で連絡する!』
カニ子は急いで、LINEを閉じるとネットを開く。
ネットの、今日のニュースを検索して行くと中にあった。
【昨晩未明、埼玉県F市在住の野澤多喜子さん(66)宅が全焼。野澤さんは1人暮らしで、室内で見つかった身元不明の焼死体が、野澤さんと思われる。放火の可能性もあるが、火の勢いが強く遺体の損傷が激しい為、詳しい死因などは不明】
これだ!
それは、野澤先生の家を訪ねてから、僅か3日後の事だった。
カニ子は嫌な予感がした。何か始まるんじゃないかーー。
そんな不安が過ぎった。
カニ子は帰宅後、寝室の机の上のノートパソコンからも事件を検索してみた。
昨日に今日という事もあるのだろう。特にスマホで検索した以上の、詳しい情報はまだ無い。
とはいえ、先生の事件も有り、その母親が……。となれば、警察も裏で色々動いていても不思議は無い。そうだとしたら、捜査状況により、あまりすぐにはマスコミに情報を流さないかも知れない。
「ああっ! もうっ!!」
ベッドにダイブして、頭を掻き毟る。
「そうだ!」
とカニ子はひらめき
岸田と野澤先生の事を調べて貰った人物に連絡する。
「もしもし、祐?あのさあーー」
カニ子が話終わる前に
「今度は、なんだよ!」
と電話の相手はぶっきら棒に言う。
まだ何も言って無いのに、こちらの頭の中が読めるのか?
だが声は怒っているが、問題はない。
出来るだけ有り難がられるように、素っ気ない態度を取っているのは分かっている。
「まだ何も言って無いじゃん?」
「どうせ、また金にもならない頼みだろう」
「……ダメなら良いわ。他当たる」
出来るだけ、しおらしく言う。実は他に当たる宛てなんて無い。
「……なんだよ? まだダメとは言ってねえだろ……?」
ほらね。結局は、私の頼みを聞いてくれるのだ。
「聞きたい事あんのよ?」
「なんだよ今度は!」
「なにその言い方? 私とあなたの仲でしょ?」
「さっきと随分態度変わんなぁ……。つか、私とあなたの仲って、 俺はもうお前の彼氏じゃねーぞ!」
「男の癖に小さい事言わないでよ。私との昔の写真でもリークすれば? それで、元は取れるでしょ?」
「……お前なぁ。はぁー。早く要件言えよ?」
「あのさ、野澤多喜子さんて人の事なんだけど……」
2日後、祐からメール便がカニ子の自宅宛に届く。
「もしもし? 」
カニ子は、スマホをスピーカーにして、メール便を開き中の資料を見ながら言う。
「メール便、届いたか?」
電話の向こうの声は祐だ。
「直接渡せば良いじゃない?」
「アホか? どこで、誰が見てるか分かんねえのに気安く会えるかよ! 自分の立ち場考えろよ!!」
「サンキュー、気使ってくれて。そういう、大人な所は好きよ」
「好きってなぁ。振ったのはお前じゃねぇーか……」
「そういう、未練がましい所は嫌い」
「なんだよそりゃ。つか、お前。その人、俺が調べて、こないだ会いに行った人だろう?」
「うん、そう。昔の担任のお母さん」
「お前、やばい事に首突っ込んでないだろうな? 調べてて色々出て来たけど、それヤバイぞ?」
「何が?」
「とにかく送って物を見てから、また連絡して来いよ。一々口頭で説明すると二度手間だから」
「うん、分かった。資料ありがとね。今度、ご飯くらい奢らせてね」
ヤバイって何だろ?
「おう! 叙々苑な! 必ず連絡しろよ!! じゃーな」
「うん。必ず連絡するわ。牛角ね」
祐は良い奴である。
きっとまだ私に未練があるんだろうな……。
それを知ってて、利用する私は悪い奴だな。
叙々苑、食放題だなこれは。
祐と知り合ったのは、カニ子がまだ大学時代だった。
モデルの仕事を始める少し前ーー。
祐は今は三流ゴシップ誌の雇われ記者兼カメラマンだが、当時はそれなりに名前の売れた写真家のアシスタントをしていた。
たまたま街で見掛けたカニ子に、自分の写真のモデルをしてくれないか? と祐が話し掛けたのが最初の出会いだった。
その頃、当然まだカニ子はイケてない時だったから、カニ子の魅力に最初に気付いたのは祐だったと言える。
祐と出会い、直ぐに交際が始まった。
出会った時の祐の年齢は25歳。カニ子は18歳だった。
東京で右も左も分から無かったカニ子に、色々と教えてくれた祐。当時のカニ子には、かっこいい大人の男に見えた。
付き合い出してしばらくして、事務所の社長と出会い、モデルの世界に足を踏み入れた。バイトも探してたし、何と無く祐と同じ業界に身を置けるのも、当時は良いなと思っていた。
その時にも、祐は色々アドバイスをくれた。
綺麗に見える仕草とか、顔の向きとか。今思えば微笑ましい思い出だが、色んなファッション誌の傾向を見ながら、2人で雑誌撮影の真似ごとみたいな事もした。あまり役には立たなかったけど。
その当時を思い出すと、恥ずかしいような、嬉しいような、気持ちになってカニ子から自然と笑みが溢れる。
と同時に、もうあの頃には帰れないと自覚する。
祐は分からないけど、カニ子にもう元鞘に戻る気持ちは無かった。
でも、友人としては祐の事は好きだった。
それがなんとなくカニ子に苦い罪悪感を与えた。
いっそ、顔も見たく無い程嫌いになれたら良かったのにと思うが、優しい祐が自分に対してそこまでの仕打ちをする事は出来ないだろう。
当然、自分から嫌われる勇気も無い。
カニ子はデビューするなり、モデルとして大ブレークを果たすが
反比例するように祐は、自分の才能の限界を感じ写真への情熱を失っていった。
その頃の祐は完全に腐っていて、カニ子ともつまらぬ喧嘩を良くしたし、下らないトラブルも良く起こした。
しかし、その割にはカニ子の仕事の邪魔にならないようにと、自分の存在が知れないように気を使った。カニ子はそんな危うい状態の祐に、自分の存在が重荷になっていると感じていた。祐の苛立ちは、仕事で上手くいかないというのもあるが、カニ子との距離が遠のくような危機感を感じているのを知っていた。そんな事、気にして無いのに……。
飯くらい喰わしてやるから、好きなように写真を撮れ!と言いたかったが、そんな事を言えば1番祐を傷付けるのは分かっていた。
そして、結局小さな喧嘩が発端で別れた。
いや、別れる理由が欲しくて、小さな喧嘩をその切っ掛けにしたのだ。
だが、その後も何となく2人は、遠く離れず近い場所に居た。
そして、いつしか仲の良い友達のようになった。
友達期間がほとんど無く付き合い始めたから、順序が逆になった感じだが、関係は前より良いくらいに感じた。
だが、それと恋愛はまた別だ。
元には戻れない。
ーーいや、壊れてしまった物は、元には戻らないのだ。
カニ子は貰った資料を見ながら、昔の事を思い出していたがーー
「何よ!?……これ」
青ざめた顔で、急いで祐の元に電話を掛け直す。
「もしもし?」
カニ子はまたスマホをスピーカーにして、資料を見ながら話す。
「おう。読んだか?」
「だから電話してんじゃないっ!?」
「まったく、なんだその言い草は」
そう言いながら、呆れたように頭を掻いてる祐の顔が浮かぶ。
「ねえ? 先生亡くなる前に宗教にハマってたってどういう事よ? お母さん言って無かったわよ?」
「宗教じゃない。ある霊能者に結構な額を払ってたらしい。捜査の初期段階で霊能者のアリバイが完璧だったんで、容疑者からはすぐ外された。だから、多分母親までは話が言って無かったんだろう。本人も母親には秘密にしてたんだろう。言う必要も無いしな。でも事件にあう間際には、大学でも奇行が目立ったらしいぞ?」
「奇行って?」
「何か得体の知れない物に怯えてたらしい。過去の記事なんかから調べただけだから、詳しくは分からないがな」
……やはりシモキンだ。
それ以外、考えられない。
カニ子は資料に目を通した時から、シモキンの気配を当時の先生の周りに感じていた。
「その霊能者の名前分かる?」
「資料の中にあんだろ? マスコミの報道には出てないけど、気になったから、調べたらネットに流出してたわ。当時の書き込みによるとーー」
「……夢路丸良子。」
資料の1枚を見ながらカニ子が呟く。
「おお、そうだ。資料見てんなら書いてあるだろう。なんでも、そいつ、他人の夢に入れるらしいぞ?」
「夢へっ!?」
カニ子は思わず声を上げる。
やはり、そうだ。野澤先生はこの時期に、シモキンと何らかの接触をしている。
「この霊能者会えるっ?」
「分からんが、直ぐ調べられると思うぞ」
「じゃあ、お願い!!」
「お前ーー」
なぁ。と言わせるより早く
「一生のお願い! 何でも言う事聞くから!!」
とカニ子は祐の言葉をねじ伏せた。
「何でも?……じゃぁ。」と言い掛けて、祐はその先は言わなかった。「はぁ……。分かったよ」
「サンキュー!!」
カニ子が事務所に行くと、ファンレターやプレゼントの入った段ボールを渡された。
事務所に行った時の、毎回の日課だ。
別に用は無いが、週に1回は必ず事務所に顔を出す。
あれから3日程経つが、祐から連絡は無い。
夢路丸良子の調査に手こずっているのだろう。
自分でも、ネットで検索してみたが、昔のテレビ出演の動画は1、2本あるが、今の情報や連絡先などは噂も無い。世間からは完全に忘れられている状態だ。
見つけた動画は、先生が暴漢に襲われるよりずっと前の物だ。
先生はどうやって知り合ったんだろう?
段ボールの中に目をやる。
「特に変なのは無、ーーい?」
そう言ったマネージャーの岡田の語尾に?が付いている。
岡田敏子は32歳になる。デビュー当時から付いているカニ子のマネージャーだ。
「何その言い方? なんかあったの?」
「ファンレターぽく無い茶封筒が来てた。特に危ない物じゃないと思うけどーー」
「えっ 何それ?」
カニ子は、段ボールの中を掻き回す、ーーと。
あった!
可愛い封筒や、ハガキの中に、ザ業務用って感じのA4サイズの茶封筒がある。
差し出し人を見るとーー
『野澤多喜子』
「……知り合いよ。私の住所が分からないから、此処へ送って来たんだと思う。悪いけど、今日はこれだけ貰ってく。後はあとで見るから、もう暫く置いておいて」
「珍しいわね。あんた、ファンレター後回しにするなんて。ファンレターを糧に頑張ってるようなあんたが?」
今はファンレターを読むような気になれない。
それよりも封筒の中が気になる。
「うん、色々ね。こないだ、最近亡くなった小学校の時の担任の家にお焼香に行ったの。この封筒は、その担任のお母さんからよ。思い出の品かな?」
カニ子は嘘を言った。これはきっと思い出の品なんかではないだろう。
多分、野澤先生の事件に関わる何かだ……。
「あら、そんな事あったの? 知らなかったわ」
何も知らない岡田は、上の空で何か書類を見ながら軽く言う。
「そりゃ、今言ったからね」
その日は、午後から入っていた雑誌のインタビューを受けて帰宅する。
帰宅後すぐに、リビングのソファに座り封筒を開く。
中には1枚の手紙と、黒いノート……。
手紙には、
カニ子の名前しか分からないから、親戚の女子高生に相談し、事務所の住所を調べて貰い送る事にしたと書いてあった。
黒いノートの中身はーー。
野澤先生の日記のようなものだった。
そして『赤鷺小の元6年生に向けてーー』とも書かれていた。
つまり、私達に向けての物だ。
日記は、夢にシモキンが出て来た所から始まる。
いや、日記というより、シモキンが夢に出て来た事の記録だが……。
途中からは、現実世界で起きた事も少しずつだが出て来る。
何か得体の知れないモノの陰に怯えていたのは確かなようだ。
私達への謝罪も書かれていた。
シモキンの存在を信じなかった事。悪霊の存在を見逃した事。
自分の犯したミスを償っていた。
野澤先生は夢と心霊について知れべて行く中で、当然のように夢路丸良好に辿りついた。
野澤先生は夢路丸に会いに行き、シモキンの事を相談した。
夢を通じ、夢路丸と野澤先生が、シモキンの存在を確信した所で、日記が終わっていた。夢路丸が、野澤先生の夢の中に入ったのだ。
日記の最後にこう書かれていた。
『電話があった。夢路丸先生は、どうやらシモキンを祓う手掛かりを見つけたようだ。詳しくは後日直接話すと言うが……。』
日記の日付は
201×年11月17日……。
カニ子は、前に祐から貰った資料を寝室の机の上から持って来て広げる。
あった!
201×年11月18日、野澤先生が暴漢に襲われた日だ。
野澤先生の日記は事件の前の日で、終わっていた。
野澤先生のお母さんが、シモキンに狙われた理由はこれだ。
このノートを、シモキンは探していたに違いない。
夢路丸良子に会えば、シモキンの倒し方が分かるかも知れない。




