準備
家中から掻き集めた物を台所に並べる。
包丁3本、散弾銃一丁(弾17発)、ボイラー用に置かれて居た灯油で作った火炎瓶5本。
そして、ワイヤーの束と滑車が10個。
あと、忘れちゃいけない熊除けスプレー。
その他諸々ーー。
使えそうな物は他にもあったが、持って移動する事を考えて厳選した。
皆んなで、並んだ物を囲んで見る。
「他のは分かるけど、ワイヤーと滑車って何に使うの?」
カニ子が不思議そうな顔で訊く。
「こいつがメインだ。中学の時にやったろう? 滑車の原理って。定滑車を使うと、ロープで結んだ自分を、自分1人の力だけで、持ち上げる事が出来る。定滑車と動滑車を組み合わせる事で、さらに引く重さを半分に出来る。定滑車と動滑車が5コずつ10コ有るから、上げる重さは10分の1になる。少年Xをコレで吊るし上げる」
「吊るし上げるって簡単に言うけど、何処にどうやって、吊るすんだよっ!?」
松田が訊く。
「赤鷺神社の大鳥居だよ。あそこの鳥居は、この村の規模にしては大きい。小さい頃、親父に聞いたが8m以上ある。少年Xが直立すると、5m前後だろう。ギリギリだが、つま先が浮く位には出来るだろう」
赤鷺神社の鳥居は巨大で、正式名称では無いが、村民から大鳥居と呼ばれていた。赤鷺村のシンボルのような存在だった。
「いくら10分の1になっても、俺達だけの力で持ち上げられるか? アイツ、重さどのくらいあんだよ?」
「熊嵐って知ってるか?」
「山嵐? 幻の柔道技だっけ?」
「違うよ。熊嵐だよ」
「なんだそりゃ?」
「日本史上最悪の獣害、三毛別羆事件を元にした小説だ。そこに出て来る巨大羆のモデルになった羆、袈裟懸けが270cm340kgだ」
「良くお前そんなの知ってんな?」
「小説読んだ後、ネットで調べた。アイツ(少年X)が大体5mくらいだとすると、単純計算で袈裟懸けの倍として約700kgくらいだ」
「……700kgって、約1tじゃねーかよ」
「滑車を使えば、その10分の1だ。70kg以下になる」
「 ……確かにそれなら俺達6人でも、上がらない重さじゃ無いな。1人10kgちょいだもんな」
「全員じゃ出来ない。より完璧にする為に、オトリとワイヤーを掛ける人間が居る。取りあえずオトリは俺がやる」
「残り4人で、しかも2人は女子だろ? その上、今は身体が子供だ。大丈夫かそれで?」
「軽トラを使う 。アイツを捕らえたら、ワイヤーと、軽トラを、コレで結ぶ」
岸田はそう言うと、金属製の滑車と同じ大きさ位の、片方が輪になったフックを2つ見せた。
岸田は続ける。
「ワイヤーの両端に、このフックを付けた物を作る。軽トラは近くに隠して置いて、俺と、少年Xにワイヤーを掛けてた奴が取りに行き、軽トラにフックを引っ掛ける。もう片方のフックは、少年Xの吊るされたワイヤーに引っ掛ける。少年Xの方のワイヤーの端は輪にして置く。皆んなは軽トラが来るまで、少年Xを捕まえて置いてくれれば良い」
「おお! それなら、イケるかも知れないな!!」
直ぐに作戦は決行され無かった。
まだ準備が居る。これでは完璧で無い。
滑車を少し加工をする必要があった。
定滑車は、コの字の金具の中に、車輪が付いている感じだ。これはコの字の縦棒に当たる部分にワイヤーを通し、鳥居の上の柱(上から2番目)に等間隔で5つ固定すれば良い。
問題は動滑車だ。
動滑車は遊動式だ。1個ずつだと、少年Xが暴れると、引っ掛けてあるだけだから、ワイヤーから外れてしまうだろう。
5つを、バラバラにならないように、連結させる必要があった。
動滑車は、定滑車のコの字の縦棒部分に、物を引っ掛けられるように、輪が付いている。
岸田が考えたのはーー。
5つの動滑車の軸を外し、車輪5つを鉄板で挟み、軸部分に穴を開け再び元の軸で留める。
丁度、ローラーブレードの片足みたいになる。
鉄板は良さそうな物が、土間のガラクタの中にあったのを見た。
その鉄板の中心にワイヤーを付けて、少年Xの首を括るようにして吊り上げる。
岸田は考えていて気付く。
動滑車と思っていたが、どうやら、やりようで、動にも定にもどちらとしても使える物だという事に。
滑車に付いた輪の部分を固定すれば、定滑車。
それを逆さにして、遊動式にし、輪に物を引っ掛けて使えば動滑車になる。
なら動滑車だと思っていた物は、定滑車として使った方が良い。元々固定出来る様になっている訳だし。
定滑車を分解して、1つにまとめる事にする。
そうと決まれば、早速作業に取り掛かる。
土間から、目を付けておいた鉄板と、使えそうな物と、工具箱を台所に持って来る。
鉄板に穴を開けるのに、ドリルと刃は各種あるが、電気が来ていない。
だが、灯油式の小型発電機がある。
ボイラー用の灯油を入れ、発電機の脇に付いたヒモを引くと、小型エンジンに似た音を上げ始動した。少し音が不安定だ。早目に作業を進めた方が良さそうだ。
5車輪分、10穴開けなくてはいけない。
長さ60cm幅10cm程の鉄板2枚に、たった10穴ドリルで開けるだが、あの怪物の重さとパワーに耐える為に、かなり分厚い鉄板を使う1cm程はある。たかが1cmだが鋼鉄だ。穴開け作業は簡単では無い。
「じゃあ、始めるか」
岸田が言うと
「こういうのは、俺に任せてくれ」
と佐々木が言って、続ける「俺、高校卒業してから、ずっと親父の現場入ってるからこういうのは得意なんだ」
「そう言えば、お前んち工務店だっけ? 親父の後を継いだのか?」
「小さい会社だけど、一応親父は社長だぜ」
佐々木は得意げに言う。
そして、穴開け作業に取り掛かる。
「大丈夫か? 音が漏れても」
発電機と作業の音を気にして、松田が訊く。
「多分、外に丸聞こえだろうな。でもやるしか無いし。それに、この後の作戦で、アイツの興味を引いて置くのは好都合なんだ。その事に付いては、後で説明するよ」
岸田は佐々木の作業工程を見守りながら言う。
9穴目に取り掛かり始めた時、発電機の調子がおかしい。
9穴目は何とか開け終わり、10穴目に入るがーー。
「あっ!?」
と佐々木は落胆を含んだ声を上げる。
最後の10穴目を開け始めた瞬間、発電機のがとうとう止まった。
「どうすんだよ!」
松田が言う。
「ドリルが動かないんじゃあ、俺もお手上げだ。すまん……」
佐々木が申し訳無さそうに言う。
「……滑車8個でやるか。700kgの8分の1、約90kgか……」
岸田は自問するように言って、考える。
さすがに女子2人を含む、子供4人では難しいか……。此処に来て、作戦中止か。糞ぅ。
「直せるかも知れないぜ。発電機」
そう言ったのは百武だった。
百武は続ける。
「これ要は小型エンジンで発電してるんだろう? 多分、キャブレターが詰まってるから、清掃すりゃ良い」
百武は手慣れた手付きで、道具を工具箱から出して、分解を始める。
「お前、どうしてこんな事出来んだ?」
松田が訊く。
「俺今バイク屋だもん。バイク屋で整備工やってる」
百武が外したキャブレターを、残った灯油で洗い、また組み直すと発電機は動き出した。
「やった!」
松田が飛び上がって喜ぶ。
しかも、百武はこんな物も出来ると、転がっていた古い自動車用バッテリーにコードを2本繋ぎ、即席溶接機を作って見せた。
「すげーよ! 百武天才じゃん!!」
「別に、知ってる奴は知ってる裏技だよ。ただバッテリーの残量や、劣化内容が分からないから、使えるのは数回と思った方が良いよ。発電機も灯油の心配があるから、再充電も無理だろうし。そもそも、古いバッテリーだから、充電容量の寿命もあるだろうしね」
その後、岸田が指示しながら、みんなも手伝いに加わり作業を続けた。
発電機も即席溶接機も何とか持ち堪え、必要な物は全て出来上がった。
発電機の使用はもう必要無いので、残った灯油は全て火炎瓶製作に回す。
火炎瓶は大小、13本となった。
「じゃあ、まず脱出作戦からだ。各自、分担を決めようと思う。それから作戦行動を話す。取りあえず松田、お前は散弾銃な」
岸田が言う。
「ああ」
「松田お前、散弾銃撃てるのか?」
佐々木が訊いた。
「いや、撃った事はねえが、村にいた時親父が撃つのを見た事はあるし、何とかなるだろう」
「じゃあ、俺がやるよ。実は俺村に居た時、こっそり親父に撃たせて貰った事があるんだ。どうせ将来、親父は俺に銃の免許取らすつもりだったし。男なら銃の免許くらいって感じだったからな。結局、引っ越した先では、山なんて無かったから、免許は取らず仕舞いだけどな」
という事で、散弾銃は佐々木が持つ事となった。
それ以外は、岸田が考えた通りに、分担が割り振られた。
「さあ、いよいよ作戦決行だ!」
岸田は立ち上がると、意気揚々と言った。
皆で、岸田の差し出した手に手を重ねる。
「行くぞっ!!」
岸田の掛け声に、
皆で
「おおーーっ!!」
と応える。




