つまり
「君の話はわからないね」
僕はそう切り捨てた。
僕は今、友人と教室で放課後に話をしている。しかし、どうにも彼の言っていることがわからない。
「君は僕にそのことを相談してるんだよね」
彼は必至な顔で「そうなんだよ」と言う。
「しかしわからない、君は何を相談しているんだった?」
「だから、俺のそのあたりが難しいからどうにかこういい感じにして最終的にこうしてほしいんだって」
彼はさっきからこんなことを言っている。
「つまりはどういうこと?」
「わからないのか?」
わかるわけがない、彼の言葉は代名詞で覆われていて本当に言いたいことがそれに隠されてしまっている。
「君の言葉は代名詞だらけでわかりにくい」「そうか、でもこれはぼかしてるからなんだ」
と彼は言うだがしかし彼の言葉はぼかしなんてもんじゃない、暗号か新しい言語にしか聞こえなくなっているではないか。
「そもそもなんでぼかしてるんだ」
そう言うとそんな事もわからないのかと言わんばかりの目で睨んできた。
おいおい相談を聞いてもらっている側ではないのかとは思ったが口に出さないでおいた。
「お前にはあんま言いたくないからそう言ってんのわかるだろ」
真剣な顔で彼は言うがわかるわけがない。
僕は相談を受けた時点で信頼をして彼は相談をしてきているものだと思っていたが彼にとってそうではなかったようだ。
「もういい」
机を叩いて彼は教室出て行った。
僕は彼を追わないことにした、彼はこういう時追われるのを嫌がる。
それにしても異様だ、彼はこんなわけの解らない人間ではなかった。
むしろ思慮深く言葉は特に川に長年磨かれ続けた石のように綺麗でわかりやすい喋り方をする人間だった。
それなのに先ほどの彼は人格がどこか変形してしまったように感じた。
次の日、いつもは喋る休み時間も彼とは話さなかったが、彼が昨日何を言おうとしたのかが気になり彼を観察していた。
彼は窓際の席にいて空を見上げて授業の時間をつぶすのにちょうどいい席だった。
彼は前までは真面目だったため空を見上げるようなことはせず授業を取材に来た記者かなにかのように熱心が過ぎるくらいに聴いていた。
しかし今日の彼は空を見上げ流れる雲に心を預けていた。
なにが彼を変えたのだろうか? 恋? 家庭環境? それとも別の何かだろうか、わからない。
結局、頭に居座り続けた謎が解けたのは授業が終わった後だった。
彼が一人の女子をチラチラと見ているのだ。彼女にばれないように彼女が彼の方を向いたときは空を見るふりをしていた。
どうやら彼は恋をしたらしい。
つまり、昨日はクラスの女子に恋をしたから相談をしたかったという事らしい。
だがこれが彼にとって初めての恋だったため恥ずかしさが勝り結果としてあの暗号語で僕と喋ることになったのだろう。
彼にはときめく時間が必要だろうと思うので放課後まで彼とは何も話さないでいた。
放課後、彼は僕が話しかけようとカバンと一緒に彼の席に向かうと「後で昨日のあれの続きをいつもの教室でしたいからそこにいといてくれ」と顔をこちらに向けずに帰る準備をしながら言った。
相変わらず彼の言葉は恋に乱されたままだったが今度は意味が伝わった。
実は、昨日話をしていた教室は自分たちの教室ではない。
僕たちの学校には三階にいくつか空き教室がある。放課後はいつもその中の一つでた空き他愛もないもない話をしている。
いつもの教室とはつまりそこなのである。
彼は僕が到着してから時計の針が九〇度回った頃にやって来た。
「あのさ、昨日のあれはあのえっと……」
彼はおどおどしていた。恋バナをするときでこれなら彼が告白するときはどうなるんだろうかと先が思いやられる。
「君が昨日言いたかったのはつまり、恋してる女の子がいてその子にどうやって告白しようかと迷ってる、違うかい?」
僕は彼の顔を見る。
「なんでそれを知ってるんだよ」
彼の顔は驚きで目と口がパカっと開いていた。
「君を今日観察してたんだ。昨日何が言いたかったのかが気になって」
僕がそういうと彼はどこかの民芸品のお面のようにこわばらせていた顔を崩した。
「良かった。わかりやすい行動してたのかと思った」
「良かったっていうのはどういうこと?」
「好きってバレてあの子にからかわれてるのかと思った」
安堵の表情を浮かべている彼と裏腹に僕は彼が恋に対して奥手どころではない姿勢をとっていることをますます心配した。
「君は早めに告白したほうがいい」
僕は彼の恋が長期戦にもつれ込んでその結果卒業まで告白できずじまいになることを恐れた。
しかし、それを聞いた彼は目を千切れんばかりに見開きやがて床の方を悲しそうに見つめながら「無理だよ」と蚊の鳴くような声で言った。
「関係もできてない、モテてもいない顔も良くないこんな人間をあの子は好きになってくれるわけない」
彼は目に涙を浮かべていた。
「わかってんだよ、告白してもフラれること」
彼は語気を強めた。彼の顔には涙の流れが顎のあたりまで続いていた。
「告白したらフラれるんだそれがわかってるから告白しないんだ」
彼の声には嗚咽が混じっていた。
「悪かったよ、ごめん。でも告白する前からフラれるなんて決めつけるのは間違ってる。ゆっくり関係を作って告白しようじゃあないか」
「もう諦めたいよ」
聞こえるか聞こえないかと言う声で彼は言った。
「好きじゃなかったのか?」
僕は彼の顔を見る。
「かなわないなら諦めたい」
教室の外に広がる風景を見ながら彼は言った。
そんな時、教室のドアが勢いよく開いた。
「あ、ごめんなさい、人いないもんだと思ってサボりに来ちゃった」
そう言って教室に入って来たのは目の前の彼の好きだと言っていた例の女の子だった。
彼は顔を赤らめながら、固まっていた。
「あれそういえば、こんなとこでなにしてたの?」
彼女は興味ありげに聞いた。
「恋バナしてたんだよ」
と僕が言うと彼の赤かった顔は紅くなった。
「へ~恋バナ、楽しそうじゃん交ぜてよ」
彼女は上機嫌に言った。
「誰の恋バナしてたの?」
彼女は目を輝かせながら答えを待つ。
「僕の恋バナだよ」
僕は彼のために嘘をついた。彼の恋バナをしていたと彼女に言えば彼の好きな人を彼女は聞いてしまいかねない。関係の出来ていない今それは避けたい。
「えっ!誰が好きなの?」
彼女は輝く目を僕に向ける。
こういう時、僕は決まってあるクラスメイトの名前を答える。そのクラスメイトは僕が好きだと言っても傷つかずいじめられることがなさそうなクラスメイトだ、あちらが良いというなら付き合いたいとは思うくらい良い人ではある。
「福中さん、あの人は自然な綺麗さがあるから、あとよく笑うとこが好きなんだよ」
「えっそうなの!!意外かも」
彼女は驚いたような仕草をする。
「君はいるの? 好きな人」
彼の聞きたい質問だろうから固まってしまっている彼の代わりに僕は尋ねた。
「うぅ~んとね、実は……」
彼女は言いにくそうに言葉を詰まらせた。
「聞いといて悪いんだけどね、私好きな人いなくてさ、ほんとごめんね」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「そういえば聞くばっかで申し訳ないけど古賀君は好きな人いないの?」
彼女は彼の方を見る。
古賀と言うのは彼の名前である。
「いるにはいるけど」
と彼は濁す。
「聞きたいな~」
と彼女はとても悪い顔で急かす。
悪い顔をした魔女が実をつかみかけたその時、
彼女がサボっていた部活の仲間が教室に入ってきた。
部活仲間の女の子は「も~上級生がサボるなっ!」と言って彼女を教室から連れ去った。
おかげで彼の好意は本人にバレずに済んだ。
嵐のような彼女とその部活仲間が去ったあと後に残ったのは心底疲れ切った表情の彼と同顔をした僕だった。
「もう今日は解散しよう」とどちらかが言ってこの日は解散した。
それから幾か月かの間彼の恋を応援し続けた。
その間で関係は良くなったが結局卒業するまで彼は告白をしなかった。
しかし、連絡先の交換はしたそうで知り合い同士の関係を今も続けているそうな。
つまり僕が言いたいのはここから先はわからないという事だ。