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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第2章 Black Cats
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第61話 ぱくり


 獣じみた巨大な目が逆巻く風を具して生臭い存在感を撒き散らしているが、その本質は幻であるという。天下御免の無責任一代男、温州蜜柑の言うことだけに、果たして信じて良いものかどうか。とは言え、当たらずとも遠からず。


 その依代は黒猫のぬいぐるみではないかとの示唆を受け、こきこきと小さな首を回す蜜柑である。斜めになった首で、じゃあ食うかとつぶやいた。


「可愛くないで嫌なんやけど、しゃあないな。理奈はん。すまんけど、あんたのコレクション食うで?」


 くまのマスコットの口が大きく裂けるようにめくれあがったかと思うと、黒猫のぬいぐるみを、丸ごとぱくりと飲み込んだ。すると、逆巻く風も七の方もすべて搔き消え、室内は、しぃんとした様子で、そこに響くのは蜜柑のげっぷのみだ。黒い煙のようなものが口元から漏れている。


 居合わせた連中の注目を浴びて、いやん、見んといてなどと言いながらもぐもぐやると、ぺっとばかりに吐き出したのは古い手鏡だ。これには、何が飛び出てくるかと身構えていた五郎も拍子抜け。


「なんだこれ? なんで鏡が出てくるんだ?」


「んなことは、わても知らん。七人様の正体見たり枯れ尾花ってな。呪いの依り代として黒猫のぬいぐるみに仕込んであったみたいやな。理奈はん、このぬいぐるみ、誰ぞのもらいもんか?」


「うん。バンドのファンから」


「そいつが仕込んだかどうかわからんけど、この味は妬みの味や。バンドの成功か男絡み、まずそんなところやろ。おもちゃみたいな呪具の手鏡を核に、悪い情が寄り集まって、ひとつの形をなしとった。それが七人様の意匠を纏って出てきたってとこかいな」


 言いつつ、再び、げっぷだ。温州蜜柑の口元から、黒く、煙状のものが漏れる。


「ちょっと瘴気が濃すぎるな。胸焼けして、しばらく動けそうにないわ」


 胸を抑える蜜柑の前で手鏡が震え出した。


「あきれたしつこさやな。まだ来るか。あかん、ちょっと動けやんぞ。誰ぞ、なんとか……」


 言い終えるまでもなく、ぱりんと手鏡が砕かれた。砕いたのは特殊警棒を手にした狭間巡査だ。正直、怖がりなところのある男だが、名坂警部補に命じられては断れなかった。よくやったと褒められるも、祟られないか不安げな様子である。


 それはさておき、割れた鏡の裏から手紙らしきものが出てきた。どうやら呪詛の言葉を連ねたものらしい。こういう物は見やん方がええ、と蜜柑が言って、手紙に、ボツ! と書き付けると、それは青白い炎を発して燃え尽きた。


「不採用や。これも言霊ことだま、厳しいなぁ」


「言霊ねぇ」


 無責任と書かれた紙を貼り付けたままの蜜柑を見やって五郎がいう。


「人の嫉妬に無責任か。こいつも言霊だ。ちょっとは効果あったのかもな」


「まだ貼ったままやったわ。十分責任とったし、わて大活躍やったし。もう取ってええ?」


「だめだ。もうちょっと反省しとけ」


「え〜? 厳しいやんか」


 抗議の声をあげる蜜柑に、背後から襲いかかるものがあった。がじがじと頭をかじって遊ぶのはジジだ。蜜柑の悲鳴に、んにゃ、んにゃと鳴き声が混ざる。


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