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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第1章 きみの湯
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第6話 三姉妹


 衝撃の銭湯デビューを果たした五郎だったが、腰にタオルを巻いて、よくよく話してみれば、番台の女性が可愛いと言ったのは、小さなくまのマスコットのことだった。温州蜜柑うんしゅうみかんが宿る人形で、脱衣カゴの横に置いてあった。


 ナニと勘違いしたのか五郎が衝撃を受けていた時、蜜柑は蜜柑で恐怖を感じていたという。ただの人形の振りをして動かない蜜柑を、女性はずっと見ていた。見られていた蜜柑の方は、


 うわ、めっちゃ見てる。全然、動けへんやん。食べちゃいたいやて! こわ、こわいわ、あの子。


と、どきどきしていたらしい。


 若者を舞い上がらせ、神様〈?〉を震え上がらせたことにも気付かず、ふわふわとした笑顔の女性は、稲田月子と名乗った。


 そこへ、女湯の暖簾をくぐって誰かが入ってくる気配だ。急いで退散しようとした五郎だが、それを呼び止めていうには、入ってきたのは月子さんの妹だという。美琴みこと葛音くずねという双子の姉妹で、この春から高校生。今時珍しいセーラー服には、まだ下ろし立ての初々しさがある。


 姉の美琴は恥ずかしそうに目を伏せて何も喋らず、ペコペコと頭を下げてばかり。長い黒髪に、きちんと着こなした制服で真面目な印象を受ける。


 妹の葛音は警戒するような目で五郎を睨みつけていた。こちらはショートの茶髪で、すでに制服を着崩し、一見して不良風だ。


「もう、二人とも高校生にもなるのに、ちゃんと挨拶しないと。ご近所さんなんだからね」


 プンプンしてみせる月子さんだが、もう高校生にもなるのだから、半裸の男に挨拶させられても困るというところかと思われる。


「昔は、よく番台に座ってくれてたのに。ちょっと交代してほしい時でも全然なんだから」


「ね、姉ちゃん!」

 と葛音が抗議の声をあげた。「どこの女子高生が銭湯の番台に座るんだよ。そんなの犯罪だろ」


「えー、そんなことないわよ。ねぇ、美琴ちゃん?」


 話を振られた美琴も、顔を真っ赤にしながら、ぶんぶんと首を振ってみせる。もう、仕方ないわねぇと頰に手を当てて困った顔をする月子さんだったが、五郎もまた、それなりに困っていた。


 なんせ、頭の八割が異性のこと、残り二割が食べ物のことで占められている 十代後半の男の子だ。パンツ一丁どころか、タオル一枚で本性を隠すには経験値が足りなかった。


 頭の中では、まあ可愛い、食べちゃいたいくらいという月子さんの言葉がぐるぐる回っており、目の前には妙齢の女性の困り顔、さらに初々しい女子高生が二人、一人は恥ずかしそうに目を伏せて、もう一人は蔑むような冷たい視線である。

 美人三姉妹とタオル一枚で対峙するのはちょっときつい、きついけど、などと思っている五郎の耳に、月子さんのふわふわとした声が聞こえてきた。


「ゾウさんが恐いのね? そんなことないのよ。慣れれば可愛いものよ。ほら、パオーンってなってる」


 と、五郎が腰に巻いたタオルを指差して、美琴と葛音に嬉しそうに声をかけた。顔を真っ赤にした美琴が逃げ出し、葛音は、それをしっかり見つつ、へ、変態だ、と軽蔑しきった感想を残して立ち去った。


 えー、こんなに可愛いのに、と、ほっこりとした笑顔の月子さんを残して、五郎も自分の脱衣カゴへと逃げ出した。月子さんは、その後も、じーっと五郎の方を見ていたが、蜜柑の宿るくまのマスコットこそを見ていたともいう。


 いろんな意味で衝撃を受けた銭湯デビュー戦は、五郎の完封負け。しかし、また行こうと思う五郎であった。癖になるという大家の婆さんの言葉が頭に浮かんできて仕方がない。


 銭湯の多くが廃業していく中で、きみの湯が潰れることは、まだしばらくなさそうである。



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