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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第1章 きみの湯
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第4話 魔法の粉


 引っ越し初日は何かと落ち着かないものだ。文化住宅という名の貧乏アパートで、神尾五郎は、ばたばたと部屋を片付けていた。


 それを横目に、流しの縁にちょこんと腰掛け、湯呑みを啜る小さな影。五郎に取り憑く自称式霊だか神様、その名を温州蜜柑うんしゅうみかんという。口元に湯呑みを近付けると、すぅっと中身が減っていくのだが、その小さな体のどこへ入っていくのやら。


「おい、五郎。そろそろ飯を食え、飯を。体は大事にせんとあかんで。おまん一人の体とちゃう。寄生しとる、いや、取り憑いとるわてのことも考えてや」


「ぽろっと本音が出てるぞ」


「まあまあ、ほんで今日は何にするんや。引っ越し祝いに、ぱあっと外食でも行くんか?」


「外食だと?」


 五郎の目が鋭く光り、あ、なんか変なスイッチ押してもうたと思う蜜柑を睨みつけた。


「馬鹿を言え! 一度、外食しようものなら、我が家のエンゲル係数がバブル並みに跳ね上がるわ! 食費は千円で一週間! こらぁビタ一文まかりまへんな」


「そうかそうか。って、千円! 一週間! ご、五郎はん、さすがにそれは無理がありまっせ。言葉遣いも、えせ関西弁になっとるし」


「いや、いける。いけるはずや。実家から米だけは送ってくる。米を食ってさえいれば死ぬことはない! と思う」


「と思う、てなんや。自信あらへんのやないか。あかんあかん、米だけでは死ぬで、たぶん。いろんな栄養とってぇな」


「今日だけ今日だけ。明日からは、ごはん、味噌汁、肉、野菜の四色法則で、しっかり食べるから」


「四色法則て。まあ、ええけど。ほんで、今日の晩飯は何にするん?」


「ふっ、今日はパンケーキだ」


「おお、シャレオツやんか」


「その言葉自体がオシャレじゃないが、まあいい。特別に、ちょっと味見させてやってもいいぞ」


「おお、豪気やな。いっつも神様なんぞに食わせるもんはないって、水しかくれへんのに」


 そう、蜜柑が啜っていたのも、ただのカルキ臭い水道水である。それだけに、パンケーキの出来上がりをわくわくして待つ温州蜜柑だった。


 待つことしばし、出てきたパンケーキは、何やら予想と違ってぺったんこ。バターも蜂蜜も生クリームも何もない。だが、すべては食べてみての話、そう思って一口食べた蜜柑が、フォークを取り落とした。


「なんなん、これ? ちゃう、ちゃうで、これ。パンケーキちゃうで」


「お客さん、うちの料理に不満でも?」


「なにを寸劇やっとんねん。おま、これ、どうやって作ったんや」


「どうって。小麦粉にカルキ水を入れて……」


「カルキ水て! 往生際悪いな。普通に水道水て言わんかい」


「小麦粉と水道水を混ぜて、焼いたら、できる」


「できる、とちゃうわ。できてへんがな。砂糖は? 卵は? 牛乳は? 蜂蜜は? バターは? パンケーキの要素ないやんか」


「ちっ、海原雄山並みにうるさいやつ」


「あほか、こいつ。こんなもん雄山に食わせてみろ。こ、これは、そこはかとないカルキ臭が小麦粉の風味を引き立て、素材の魂を引き出している! とか言うたら、もっとらしいやんか。って、ちゃうわ! これのどこがパンケーキやねん?」


「うるさいなぁ。いいか、この貧乏パンケーキはな、ちょっと固かったり、べちゃっとしてたり、不味かったりする。だが、それらの点を除けば、パンケーキそのものなんだゾ☆」


「なにが、なんだゾ☆や。そのへん除いたら、何も残らん、ただただ難儀なもんやんけ」


「へっ、いいんだよ。腹がふくれりゃ」


「ああ、やさぐれてもうとる。おまん、死ぬで。こんな食生活を続けとったら間違いなく死ぬ。あかんて。死んだら運気吸い取れへんやん」


「そう思うなら俺の運気返せよ。還付金を寄越せ、こら」


「……まあ、腹がふくれたらええんとちゃう。まだ若いで、そう簡単には死なへんわ」


「適当なやつめ。んじゃあ、お腹もくちくなったところで、銭湯デビューと洒落込むか」


 銭湯デビューの時点でシャレオツとちゃうでと思いながら、ツッコミ疲れて黙り込む蜜柑だった。


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