第21話 あの日あの時
銭湯の温かい空気がたまるのか、妙に気怠く弛緩した雰囲気の稲田家、なかでも畳敷きの居間は特にゆったりとした時が流れている。
怒鳴り声や喧騒とは無縁の場所なのだが、「あほな歌を歌うなよ!」と、葛音が卓袱台を叩いた。その剣幕に驚いて、金太の大冒険を歌っていた美琴が黙り込む。
卓袱台の上で良い気分で歌っていた蜜柑も、勢いよく卓を叩かれ、ぴょこんと跳ね上がった。怒声に静まり返る空気もなんのその、遠慮、気遣い、気配りなどには無縁の蜜柑が言い返す。
「なんや、あほな歌て? どの辺があほな歌なんか教えてぇな」
にやにやと言う蜜柑に、んぐぐ、と口ごもる葛音だ。その様子を心配そうに見守る美琴に気付いて、声の調子を落としていう。
「……悪い。ちょっとイライラしてた。蜜柑、ほかの歌を教えてやってくれ」
「わての一推しやのに」
「わ、わたし好きだよ、この歌。だから、き、気にしなくていいよ」
「こっちが気になるんだ!」
再び声を荒げるも、じっと美琴に見つめられ、葛音は、ばつが悪そうに居間を出て行こうとする。その背中を見送り、蜜柑と五郎がひそひそと、
「どないしたんやろ。えらいカリカリしてるやんか」
「もしかして、あの日かな?」
などと話していると、葛音が振り向いて、
「聞こえてるぞ。セクハラパオーンめ。さっさと掃除を済ませて帰れ!」
と座布団を投げつけた。普段なら、大丈夫ですかと寄ってくるはずの美琴は、五郎をそのままに、葛音を見送りながら悲しそうにつぶやいていた。
「ぜ、ぜんぶ、自分のせいと思っているのかな。そんなことないのに」




