第15話 無礼千万
昨日と今日、今日と明日との境目のその時間、きみの湯は神様の湯殿に変わるという。五郎は、その奇妙な時間の営業に意図せず巻き込まれてしまった。疑問は尽きせず湧くものの、
「いやぁ、おかしいと思っとったんや」
と、軽い感じで五郎に話しかけてきたのは自称式霊だか神様の温州蜜柑だ。
「わての声は五郎はんにしか聞こえへんはずやのに、美琴はんや葛音はんには聞こえとるみたいやったでな。神通力とでもいうんか。なんかあるんやろな。なんかってなにってか? はっ! んなもん、自分が禍つ神ってことすら知らんかったのに、わてが知っとるわけないやん。なんでもええんや。唐変木みたいな五郎やない、可愛らしい娘さんらと話ができるやなんて。嬉しいわぁ」
ほくほく嬉しそうな温州蜜柑の耳に、溌剌とした声が聞こえてきた。
「姉ちゃん、準備できたよ」
と姿を見せたのは葛音だ。手に篠笛、小袖に千早を羽織り、緋袴姿の巫女装束である。
「あ、葛音はんや!」
嬉しそうに声をあげて、とててっと走るが、
「あ! パオーンじゃねぇか。なんでいるんだ」
と驚いたようにいうと、葛音もばたばたと走り寄り、ちょうど蜜柑と葛音の動線が交差する地点で、
ぷちっ!
「うわ! なんか踏んづけた」
立ち止まった葛音が、足元で潰れている温州蜜柑をつまみあげる。
「なんだこれ? くまのマスコット? ん? 蛇の尻尾みたいなのが飛び出てるぞ」
「んぎぎ、おどれ、ようも踏みつけよったな。ちょっと中身出てもうたやないか。わてが何者かも知らんと無礼な扱いしよって。わては禍つ神やで!」
「ふーん、んで?」
「……いや、なんもないけど」
あっそ、と応じてぽいと捨てられた。ぽてぽてと床を転がり、むくりと起き上がると、
「わーん、五郎はーん」
と、泣きながら逃げ帰ったものである。十代半ばの小娘に泣かされて、本当に神様なのだろうか。




