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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第6章 外法の理
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第148話 闇の中の光


 触れることはおろか、その姿を見ることも、立てる音を聞くこともできない。ゆえに音なし。それを胡蝶で縛ろうという試みは失敗し、再び、頭上から重苦しい気配だけが迫っていた。


 周囲の音をも喰うのか、なにも聞こえず。また光をも喰うのか、なにも見えず。静寂と闇とが、深い海のように落ちてくるのだった。そこに小さな音が響いた。闇の中の音は、一種、光と言っても良い。上下左右、曇りなき闇の底で、それは救いなのか。


 音は音を呼び、言葉を呼び、歌となった。


 思いのほか激しい旋律を伴って歌うのは夏野千里だ。Black Catsのボーカルとして、力強い歌声である。しかし、それに音なしの闇を破る力があるとは思えない。疑問に応えるように、千里の背に手を当てる女性の姿があった。

 歳は五十前後か。容色衰えたりと言えども若々しく、年齢に相応しい落ち着いた美しさがある。三姉妹の月子さんにも、美琴にも、葛音にも、誰にも似ているようで、誰にも似ていない。


 三姉妹の母親、稲田陽子である。いまは失われた稲田神社の裔として、神通力とも言い、破邪の力とも言い、妖しのものを滅する力を持つらしい。元気な声で娘たちに呼びかける。


「あなたたち、早く来て手伝ってちょうだい。もう動けるでしょう?」


 その言葉通り、みな体の自由を取り戻していた。千里が歌い続けるなか、三姉妹が自分の手に手を重ねるのを待って叫ぶ。


「さあ、歌に乗せて音なしを撃ち抜き、穴だらけにしてやりましょう」


 音なしという名を破って、千里の歌が響き渡る。激しく深く大きく、しかし、あたたかく優しく包み込むように。暗く丸い空が明るく輝き、重苦しい圧が霧散していった。星が瞬き、月が吠える。遮るもののない更地から見える天球は清々しく。


 歌い終えた千里が満足げに頷いた。


 その日、神辺市で起きた地震と爆発事故のニュースの影で、街中に響いた不可思議な歌声がネット上で話題になっていたという。


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