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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第6章 外法の理
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第146話 ウロボロス


 音なしとは箱神である。


 管狐くだぎつね狗神いぬがみと同様、正しくまつれば富貴を、粗略に扱えば災禍を招くという。触ることはおろか、その姿を見ることも、また立てる音を聞くこともできない。ゆえに音なし。


 そのしょう、貪欲にして、飢えに飢えたり。与えぬゆえに満ち足りぬ者との異名で呼ばれることもある。いつから祀られてきたのかはわからぬ。誰が、あるいは如何にして祀るに至ったかもわからぬ。


 狗神いぬがみなどは蠱術の一種ともされる。頭だけ出して犬を埋め、餓死寸前にまで追いやった上で餌を前にして首を叩き切ると、首のみで喰らいつくという。その飢えた怨念を使役するのだが、あまりに激しく、術者を喰い殺すことさえあったという。音なしもまたそのようなものか。あるいは、人を使っての呪術がなされなかったとは言えぬ。


 人の貪欲、飢えに怨念、如何いかばかりか。目に見えぬ、凶暴な飢えの塊は、常に他者を求め、喰らいつき、奪い尽くす。決して満ち足りることはない。


 百年、龍穴に潜み、力を取り戻した音なしは、爆発的な目覚めとともに餌に惹かれて喰らいついた。鬼神とも橋姫ともいう外法童子である。その顔半分を喰らい、溢れ出す美味な力に悦びを感じ、歓喜のうちに周囲にあるものを食い散らかした。


 きみの湯周辺の建物がえぐられるように消失する。一瞬おいて、消え残った建物が崩れ、瓦礫が散乱するが、なんら音を立てることはない。


 そして、再び外法童子の顔が喰われた。にぃと笑った残りの顔半分をも綺麗に。そのまま全身を喰われて消え失せるかと思いきや、そうはならず。


「かかかか、気が早いのう」

 外法童子の胸元に現れた口が笑う。「音なしと言えども、この私を容易く喰えると思うなよ」


 胸元の口が大きく裂け、目に見えぬ何かに喰らいついたようだった。音もなく、姿もなく。しかし、外法童子と音なしとが喰らい合う。互いの尾をむウロボロスの如く。


 時間にすれば数分もない。激しい風を捲いて、首のない胴を伸ばし、白蛇然とした外法童子がぐるぐると宙を回りながら次第に姿を薄れさせていく。喰いながら、しかし、それ以上に喰われているのか。僅かに残った白い物が笑い声をあげる。


「かかかか、これはいかんな。さすがに、静かに消え去ろうとしていた私とは違うのう。見返りを得ることも出来ないだろうが、約束は約束じゃ。望む縁を取り返してやったぞ」


 消えかけの白い物、外法童子であった者の口がもごもごと動き、ぺっと何かを吐き出した。それは高島の傍らで倒れ伏す女性の背中に当たり、染み込むように吸い込まれていく。


「だが、この後どうする? 私もすぐに喰われて消える。そうなれば、なにもかも喰い尽くされて終わりだぞ。かかかかかか」


 外法童子の哄笑が響き、そして消失した。


 きみの湯が建っていた跡地で、残る者たちが空を見上げる。魚眼レンズで覗いたように、空は、丸く、暗く、大きく広がっていた。なにもない空間に何かが満ちている。敵意と悪意と苦しみの塊。見えずとも、触れずとも、聞けずとも、そこに存在する。


 高島は女性を抱きかかえ、葛音と美琴は月子さんと手を取り合い、その前では勝樹が木刀を構えているが、暗く広い空の下では如何にも頼りなげだ。



 その頃、付近一帯に広く張られた規制線をくぐって、きみの湯の跡地へ向かおうとする連中がいた。警察官らが、この先は危険だと制止するが、薄いブロンドの髪に碧い目が美しい少女が指先をくるくると回すと、警察官らは、ぼうっとした表情で規制テープを持ち上げ、一行を招き入れたという。


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