第119話 恋は戦争
異形の烏によって穢され、荒され、辱しめられた空間、きみの湯の脱衣所は、月子さんの放った閃光に清められ、元の姿を取り戻していた。もっとも、散乱した脱衣かごや倒れた棚、ひっくり返った屑かごなどはそのままだが。
落ち着きを取り戻した一同が驚愕の思いで月子さんを見つめると、
「あらやだ。私ったら、はしたない……」
と、ぽっと頬を赤らめた。
「驚かせてごめんなさい。ちょっぴり、イラっと来ちゃった」
えへへと笑う月子さんだが、以後、怒らせぬように気をつけようと思う面々であった。腰の引けた様子ながら、名坂警部補が声をかける。
「いや、さすがです。まったくもって無礼千万。月子さんのような可憐な方に斬り捨てごめんの言い草でしたな。あやつが全面的に悪い」
「えー、そうですかぁ。そうですよね?」
とのやりとりを、ちっと舌打ちして眺めるのが夏野千里だ。二人の間に割って入るようにして、
「まあ悪いのは、あいつだろうさ。しかし、なかなか容赦ないね」
「うふふ、ありがとうございます」
「ふふん。どういたしまして。高島とやら、いろいろ知ってそうだったのに、なにもわからなくなっちまったね。困ったもんだ」
「ええ、後先考えずに動いて、私としたことが、まるで千里さんみたいです」
「本当に何も考えていない空っぽなのか、意外と計算高いのか。どちらかねぇ」
「ワゴンセールにはワゴンセールの良さもありますからねぇ」
ばちばちと火花が見えそうなやりとりも、名坂警部補には見えども見えず。渦中の人物に渦は見えぬか。被弾を恐れては前へ進めぬ。地雷原を駆け抜ける無謀さは若さゆえの特権だ。進め、叫べ、若人よ。進んだばかりに地雷を踏み抜き、叫んだばかりに狙い撃たれようと、それでも前へ出て斃れるべし。




