第118話 在庫処分のワゴン品
異形の烏を通して語るは高島承之助であろう。冷静で揶揄するような語り口だが、温州蜜柑が神尾家の式霊を名乗ると、不意に冷たい声を響かせた。
「僕の前でそれを騙るな。見ることも触ることも、さらには聞くこともできない。見えず、触れず、聞けず。故に音なし。きみは違う!」
それを聞いて不満げな蜜柑である。
「なんや、偉そうに。おまんは何者で、何の目的で、きみの湯を手に入れようとしとるんや」
「何者か? もちろん、僕の正体は烏なんぞではない。先に御紹介に預かった高島承之助だ。だが、目的だと? きみたちはそれすらわからないのか」
ぐっと黙り込んで気持ちを抑えるようにしながら、しかし、隠しきれない怒りを込めていう。
「馬鹿どもめ。音なしを野放しにしたのは、神尾家と稲田家の業よ。その所以は父母にでも聞くのだな。何も知らぬ小僧っ子ども。忠告してやろうかと思っていたが、やめだ! いずれ厄災も降りかかろう」
四羽の八咫烏が両翼を広げて羽ばたくとともに、墨のように黒く、へどろのように悪臭を放つ液体が部屋中に吹き荒れた。石鹸の香りに包まれていた脱衣所に、腐った溝川のような匂いが充満する。
「こんな古い銭湯に固執せず、さっさと売り渡しておけば良かったものを。長姉の月子だったか。番台に縛られて、あたら若い時を無駄遣い。婚期を逃すぞ。わははははは」
と、その瞬間、空気が変わった。じっと黙って下を向いていた月子さんである。
「さっきから聞いていれば、なによ! 誰が行き遅れですって。誰が年増の出涸らしですって。誰が、売れ残りの、いかず後家の、在庫処分のワゴン品よ!」
「いや、そんなことは言ってないが……」
戸惑った様子で声をそろえる四羽の烏だ。対して、紅潮した顔を伏せる月子さんの喉元から、地鳴りのように低い声が聞こえてくる。
「……しい、……かましい、やかましいわ! さっさと、う、せ、ろ!」
閃光が走り、視界が真っ白になる。居合わせた連中の目が見えるようになった時には異形の烏の姿はなく、黒い液体の跡もなかった。ただ、散乱した脱衣かごや倒れた棚、ひっくり返った屑かごが寂しそうにしているばかりだ。




