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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第1章 きみの湯
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第10話 搾取の構造


 きみの湯に、毎日通う五郎である。


 と言いたいところだが、300円の入浴料も馬鹿にならず、概ね3日に1回の利用に留めていた。あとは濡れタオルで体を拭いたり、洗髪する程度で済ませている。すべては貧乏のせいだ。


 番台の月子さんは気付いていても触れないでくれているものと思っていたが、きみの湯を訪れたある日のこと、


「あれ、五郎さんってば、もしかして時々しか来てませんか? 昨日、来てなかったでしょう?」


と大きな声で言われて戸惑う五郎だった。どうやら気付いてなかったようで、貧乏に触れないよう気を遣ってなどいなかった。


「若いんだから毎日入らないと。女の子に嫌われますよ。どうして入らないんですか?」


「いや、それはその、なんと言いますか。ちょっとばかり何が何で……」


「何が何やら、さっぱりわかりませんが?」


「あの、その、ちょっとばかりお金が……」


「あ、ごめんなさい! お金がないんですね?」


「ええ、まあ」


「貧乏なんですね?」


「あ、はい」


「貧乏に負けたのですね?」


「負けたというか、戦っている最中というか」


「あらあら、それは大変ね。そうだわ、うちでアルバイトする? 男手がなくて困ってたの。浴場の清掃って大変なのよ。うちも厳しいから、お金といっては出ないけど、入浴無料! さらに風呂上がりの牛乳! おまけに夕食の賄いを付けちゃう!」


「え、いいんですか?」


「やる?」


 と、とんとん拍子に決まっていった。温州蜜柑は、人形のふりをしながら二人のやりとりを黙って聞いていたが……。



 あかん! 五郎はん、騙されたらあかんで。このアルバイトには、からくりがある。


 浴場の清掃と片付け、さらに人の良い五郎が頼まれたら断れないであろう力仕事を約1時間。それに対して、入浴料300円、牛乳140円、賄い飯600円として合計すると時給1040円。一見、悪うない。せやけど、アルバイトせぇへんだら、そもそも3日に1回しか入浴しないわけやから、入浴料の実際は日割りで100円や。さらに、おそらく売れ残る見込みの牛乳は、その処分として0円。賄いも負担は300円くらいやろ。実質時給は400円や!


 えぐい! えぐいで、この姉ちゃん!

 ふわふわした顔しよって。わてはいま搾取の現場を見た。なにが恐いて、悪気がないのが恐いわ。五郎はん、雰囲気に惑わされたらあかんで!



 という心の叫びは五郎には届かず、翌日から浴場清掃のアルバイトをすることとなった。


 人のええこっちゃなと思う蜜柑を尻目に笑顔で帰路につく五郎は、美人三姉妹との夕食はプライスレスと喜んでいた。価値観は人それぞれである。


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