interlude -side RED-
「あ゙~、今日は特に疲れたな……」
魚を捌くのは得意だが、一度に200匹をこなすなんてことは生まれて初めてだ。
一気に捌き終え、時計を見たらもう深夜の1時だった。
「あ~魚くっせぇ……」
ぶつぶつ独り言を呟きながら、研究室で仕事の一環である日誌を最後につける。
もう研究室には誰もいない。
最近の日誌には、あいつのことが書かれることが多くなった。
あたしの生徒に1人、ぶっとんだ天才がいる。
元々この学園に通える生徒は、かなり選別された天才か秀才しかいない。だが、そいつらと比べても明らかに一線を画している。
……あたしがあいつを受け持ったのも運命だろうか。
名をレティーシアと言い、ファミリーネームを持たない平民の出身。
平民出身で魔法学園に特待生入学をするというのは珍しいが、前例がないわけじゃない。
逆に前例を以ってすれば、例外なくすべての人物が歴史を変えるほどの大成を見せている。
それを知っている貴族は、もちろんあたしだけじゃない。
あたしがそいつを任された時には、既に手をつけてる貴族がいた。
調べてみると、入学前にもう算段をつけていたようだ。
シルヴィア・エル・ラインハート。
ラインハート家は長年戦争状態にある隣国エリュトスとの国境にある領土で、この国の中でも一番の要所にあたる。
さらにはグルーネとエリュトスの国境の北側に広がる大国、ロトとの貿易点ともなっており、国の中じゃ一番領主としての手腕を求められる領土として、貴族位を持つ者であれば誰しもが常識として知っている。
数ある公爵家の中でも群を抜いて発言力を持ち、軍事や開拓地については王より優先されることもあった。
その領主の長女で、女であるにもかかわらず公爵の次期当主として認められた才女。
それがシルヴィアという天才だ。
この手のつけようの早さは、さすがの一言に尽きる。将来性を見込まれ、入学前にラインハートの才女に囲われては、他家は当然国も手を出せない。
さらに会話の端々で農民出身なのをいいことに金や恩まで売って餌付けしているらしいことも窺える。なんともぬかりねぇ。
この国の王子すらもあいつを得るために行動しているらしいが、あれは国からの差し金なのか、本気の青春なのかはよくわからない。
何せあいつは人形かというくらい異質な外見をしているからだ。
普通に可愛い。
整った顔立ちに、女として理想的なボディライン。
そして何より、体毛がすべて薄く白く輝いている。
髪の先から、睫の1本1本まで。
等身大の人形が心をもって歩いているようにしか見えない。
遠くにいたってよく目立つ。
ありゃモテて当然だ。
かく言うあたしも、初めて見たときはびっくりしたくらいだからな。
自分が男であったほうが都合のいいことが多かったあたしは、自分が女でよかったと生まれて初めて思った。男だったらあいつを受け持つのは遠慮したいくらいだからな。色々とめんどくさそうだ。
あいつは3代前の賢王と呼ばれたあたしのご先祖様にそっくりだ。
顔や雰囲気が、じゃない。
経歴と行動が、だ。
あたしの高祖父……つまりじいさんのじいさんは、この国の王に成った人物だ。
そう。平民から王へ。
そして今この学園にいるシルヴィアやリンク・アレク王子の高祖父も同じ人物。
あたしは高祖父の娘の娘の孫。だからかなり遠いし、もう王位継承権なんて当たり前だがない。
リンクやアレクが直系の王家だし、シルヴィアは現王の弟の娘だ。
あいつらが身分を笠に着ないのは、その賢王の功績からくるものが大きいだろう。
あたしも遠いが親族ではあるため、それぞれと面識はあった。よくパーティでも会うしな。
あたしの実家も公爵だ。兄も弟もいるから家督は継がない。
女の家系だったからか、結婚や出産が早かったから、あたしはあいつらとは結構年が離れているけどな。
はぁ。この学校を卒業したのは10年以上前になるのか。早いものだ。
まぁ歳のことはどうでもいい。
兎にも角にも、自分を含められるのは好きじゃねぇが、賢王の一族は優秀な人物が多い。特に賢王の特徴を色濃く残した子供の家系には、それが顕著だ。
今この学園にいる3人だって、とにかく何かしら秀でた物を持って生まれてきて、劣るものがない。
リンクは武術に特に優れているが、魔術も苦手ではない。
アレクは魔術に秀でているが、武術も苦手ではない。
シルヴィアなんて、政治的な頭は現爵位持ちの貴族より回転が速いのに、基本なんでもこなしてしまう。あいつは多分、賢王の血を色濃く受け継いでいるはずだ。なんといっても黒い艶やかな髪は賢王の特徴の一つだったから。
かくいうあたしの身体能力も、家系のそれと言われれば納得せざるを得ない。
武術系のスキルを取るのに、明らかに苦労せずとも修得が早かったから。
平民からこの学園を出るというのは、それくらいの期待をされるということだ。
実際、あいつは自分から言ってくることはないが、地頭の良さが異常だ。
物事を事象から理解してんじゃねぇかと思うことがよくある。
そうでなきゃ、あんな魔法を構築するなんてことできねぇだろ。
多分あいつは……
魔法構造の内容を理解しちまってる。
これは実際、賢王のみがたどり着いていたと思われる境地でもある。
現在、魔法構造の読み取りは 研究中 だ。
このことについては、学園の講師陣では共有済み。あいつが元素や次元の中級や上級といった、辞書に載ってない魔法の使い方を習うってのはどんな感じなんだろうな?
魔法構造をただ単純に扱うのは簡単。
描いてある陣を魔水晶に登録すればいいだけなんだから。
だが、まともな魔法を構築できるのは優れた魔法士の一握りだけ。
なのにあいつは今日、単一次元魔法を完全にコントロールしてみせた。
さらには超規模の元素魔法を即席で構築して、思い通りの結果を出したのだ。
一番理解できないのは、何故水の中で炎が出せたのか?だ。
これは常識を超えている。
火は水で消えるものだから。
何故、火は水で消えるのか、完全にわかっているわけではない。
それを超えないと、水の中で火をつける方法など思い浮かぶはずがない。
あたしはあいつに教える立場だ。
あたしがあいつに教えてやれることは魔法の基礎でも無ければ魔法の知識でもない。
冒険のイロハや体術なんかは教えてやれるが、あいつならそんなの自分でなんとでもできるだろうな。
ああ、でも常識は教えてやらんといけないな。あんな格好で出歩いてたらいつか襲われる。
でも、この学園にいる間にあたしが教えることはそんなことじゃない。
あいつの力が1人で支えきれなくなった時、
そばにいてやれる人間がこの国には沢山いるってことを教えてやる必要がある。
それは、
同世代には同世代の。
大人には大人の。
支え方がある。
あたしたちは歴史に学ばなくてはならない。
いいことも、悪いことも。
賢王には、側近と呼べる5人の友がいた。
そいつらは全員が全員、優秀だったわけじゃない。
今じゃ見るも無残な没落生活をしている子孫もいる。
貴族という仕事は性にあっていなかったんだろう。
だが、賢王を支えたのはそんな人物たちだった。
あたしたちは支えてやらなきゃならない。
あいつがいつか……
自分の力に飲まれる前に。
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