ボクは配達屋さんも出来るかもしれない。
ピカッ
…………ダアァァァァン
突然遥か向こうにあるはずの巨体の一部が眩く光ったかと思うと、爆発が一瞬を席巻し、そのまま収束する。竜が羽ばたく風圧とは別の風圧と振動が一気に周りにも押し寄せてきて、次元牢獄を抜けていく。
その光景が何度か続くと、大きな空洞に浮いている島の様な形となり果てた次元牢獄の周りに、今まで次元牢獄を囲っていた吸血鬼とは全く異なる、完全装備で感情がむき出しではない、明らかに今まで相手にしていた吸血鬼とは違う雰囲気を纏った、まるで人間のような吸血鬼たちが宙に足場を作って浮いている。
足場が見えないあたり“飛天”だろうか。こんな高所からどうやって降りるんだろ。
それにしても、次元牢獄の周りにいるすべてが人間ではないと分かるのは何故なんだろうか。装備の質の違いか、それとも雰囲気の違いか。はたまた別の理由なのか。
それはボク自身にもわからないけど、この場にいる全員が、次元牢獄の周りに浮いている人型の生物を、人間と判断している人はいないようだ。
それもその数は一人や二人どころではなく。
軽く見積もっても100はくだらないだろう。
そして、そのすべての吸血鬼が……空を見上げている。
「爆裂魔導準備……撃て!!」
どこからか、低い男性の大声が響き渡ると同時に、さっきの光と爆音がまた鳴り響く。
遥か上空を飛んでいる竜からの反撃が視界いっぱいの炎となり、次元牢獄を囲う程のものすごい風圧と一緒に炎が世界を覆いつくす。
「下級眷属を陸で準備させろ! これから湧くぞ!!」
あんな馬鹿げた火力と風力が通過したにもかかわらず、飛天一つで空に飛んでいる吸血鬼のほとんどがダメージを食らうことなく、平然とそのまま姿を残している。
ボクたちのいる次元牢獄は、浮島の様に空に取り残されている。
砂嵐が果てしない質量の移動によって吹き飛ばされたことで辺り一面が見渡せるように晴れ渡っているせいで、とてつもなく目立つけど今更どうしようもない。
晴れた周辺を確認すると、まさしく島が削り取られたように抉れた大地が真下に見えた。辺り一面を覆っていたはずの大量の砂と砂嵐はどこかへと吹き飛ばされたようで、空いた穴の淵には大量の砂が流れ込んでいるのが見えるものの、削れた大地には真っ黒な岩盤が露出している。その中には灰色の小さく見える吸血鬼がうじゃうじゃと動いているのが見えた。
うわ……。ここから落ちても、死なないのかよあいつら……。
コトン。
頭上に影が降り、足音が聞こえた。
「なにこれ、便利~。ちょっと借りるわね~」
見たことのある女の子が、空に立っている。
強風に靡く白と黒の髪の毛が、綺麗に広がっていた。
「まてっ! 何が起きている!?」
まるで今起きてることについていけず唖然としていると、隣からハウトさんの怒号が響いた。
その声にはっと我に返ってみるものの、みんながみんな、どうしていいのかすら判断できずにいる。
まぁどうしたらいいも何も、次元牢獄から出る事も出来ない状況なわけなんだけどね。
実はこの次元牢獄ってダンジョンそのものを避けるように張ってるから、ダンジョン部が露出すると穴が開いてたんだけど、もちろん気づかれる前に封鎖済み。
っていうか、このダンジョンの先に進んでたはずのフェリシアさん達はどこにいったんだろう……? ボクのグリエンタールに反応がない。
「はあ~ぁ。あんた達、ちょー余計なことしてくれたよねぇ。マジ死んでほしいんですけど。そこの白いのだけ早く渡してくれればいいのに」
カツン
と、降ろした大鎌の切っ先が次元牢獄の境界に触れ、音を鳴らす。
「ま~いいや。その鳥籠ん中で大人しくしてなよ。あとで迎えにきてやるからさぁ!」
語尾を強めたかと思うと、そのまま空を向いて飛んで行ってしまった。
「あ~クソ。……仕方ねぇな。状況はわからんが現状はこの次元牢獄が割れさえしなけりゃどうにかなる。吸血鬼共の興味はどうやらこっちじゃなくて、あっちだ。レティーシア、外から様子探ってこい。っつーか、お前の契約精霊はこの状況が判ったりは……」
ちらっとハウトさんの視線がルージュに移るも、ルージュは難しい顔をしたまま何かを考え込んで動いていない。心当たりは何かあるのかもしれないけど、その仕草を見れば今の状況を皆に説明できるほど理解しているわけではなさそうだ。
「しねぇみてぇだからな。お嬢んとこ行って状況確認だ」
「ん。わかった。ってあれ? シルが屋敷にいないから、ちょっと探すのに時間かかるかも?」
「あいつの事だから……そうだな。ここから北上した場所に割とでかめの都市跡があったはずだ。そっちはどうだ?」
「ん~……あ、ほんとだ。行った事ないから地図的にどこにいるかまではわからないけど、ヴィンフリーデさんとティオナさんも一緒だね」
「リーダー」
ボクがハウトさんと話をしていると、後ろから可愛い声が聞こえる。
「どうした?」
「このタイミングで全員を日の当たらないダンジョン内で休息させるべき。優先的に用意して欲しい食材があるんだけど……」
ちらっとウルさんの視線がボクに向く。
もちろん現状の確認も大事だけど、何より現場の最前線にいる、プトレマイオスの人たちの回復は最優先事項だからね。
「多分屋敷の方にイサラ辺りが残ってんだろ。そいつらに食材の調達が頼めるはずだ。……そっちを優先して頼めるか?」
「うん」
っていうか、王子付きのメイドさんが屋敷に合流してたって事をハウトさんって知ってたっけ?
ボクは何にも言って無かったはずだけど。
「これ、お願いね」
そう言いながらメモを渡された。
どんな食材なのか、ボクには見当もつかない食材の名前が並んでいる。
「……ねぇハウトさん。これ、今皆に言うべきか迷うからハウトさんにだけ伝えておくね」
ウルさんのメモを受け取って、ウルさんが日陰になっているダンジョンの中へと戻っていくのを見送った後に、少し声のトーンを落としてハウトさんに話を向ける。
「……なんだ?」
「ボクがヘマをしない限り次元牢獄は消えないとは思うんだけど、この次元障壁は魔法の発動点を障壁のこちら側に設定されると、何の障壁にもならないの。さっき吸血鬼の人達、あの大きな竜に座標発動型の爆裂魔法使ってたけど、あれ、こっちに使われたら……」
「むしろ逃げ場もない、その名の通り牢獄ってことか」
「うん……」
「例えそれに相手が気付いたところで、吸血鬼とあの竜はどうやら敵対してるみたいだからな。こっちに意識向けてる場合でもねぇだろ。ま、最悪こっちで防御すりゃいい。……今はフラ達の回復が最優先だからな」
次元牢獄の外は大怪獣対妖怪大戦争な状況とは言え、やっと追われているストレスから解放されてまともに体力と魔力を回復できる状況になったんだから、余計なことは言わないにせよ、対処できる人は必要だからね。
「じゃ、すぐ戻るね」
「ああ。頼む」




