無知の悲劇
間に合いました。
「もうすぐだ……もうすぐ悲願が叶う……!!」
「ええ。そうですわ!」
「ですね、それにしてもあいつら、ほんとに支援するだけしてダンジョン入ってからも何にもしてきやせんでしたね……。気味がわりぃったらねぇ」
「……」
「あの子達にはあの子達の目的が何かあったんだろうな。白い子……レティーシアだったか? あいつが最初に馬車の中で姿を見せたときより、あの褐色の女が来てから明確に目的を持った行動を取っていたからな。ダンジョンの中についてこなかったという事は、ここを開放することで目的を達成したか……? それとも……」
「ま、なんにせよ私達は竜王国の復興を成し遂げられればそれでよいんですもの。いいじゃないですか」
「……」
喉から鳴っているような声にならない声が、ルゼというしゃべらない男の人が頷いていることを教えてくれている。
「どうだ? 中は。順調そうか?」
「う~ん………………ボクの転移眼って、行った事ないところは真っ暗で何にも見えないんだよねぇ。視界が通る時に周りの状況を把握したりはできるんだけど、聞こえてきた会話だけなら順調そう……かな?」
「こん中にモンスターの気配が無いからな。道と罠にさえ気をつけておけば躓くようなことはそうそうねぇだろ」
「ボク達も中に入らなくていいの?」
「いや、この状況で袋小路に飛び込んだら、それこそアウトだろ」
そう言いながらハウトさんが見渡す景色の限り、数百メートル先をぎっしりと囲んだ吸血鬼の群れが視界を覆っている。
それも地面だけじゃなく、吸血鬼の上に吸血鬼が重なって、ドームをよじ登るかのように半円状に連なってるんだから気持ち悪い。その向こう側は砂嵐でどれくらいの数がいるのかは見えないけど、見える限りの景色はもう、吸血鬼の群れに覆われていた。
ダンジョンの入り口は小さなオアシスの様な造りになっており、本当に少しだけだけど緑と水がある。そこを中心として次元牢獄で囲ってあるため、吸血鬼が入ってこれないのはもちろんのこと、内部と外部で天気……というか吹き荒れている砂嵐の状況がまるで一変しているような状況。
そんな状況でよくあの場にいられるものだよね……。
多分、痛覚とかそういう感覚がないんだろう。背中が焼け焦げて煙を上げていようが、ものすごい速度で飛び込んできている砂嵐が目に入って、その目を覆う量が溜まろうが、気にする様子もない。視界が見えなくなれば邪魔だから払っているような素振りがあるだけなのだ。
ダンジョンの入り口は祠の様にちょっとした建物が建っており、そこから地面の中へと進んでいく階段が続いている。
アルタイルのメンバーは入口近くで状況を把握するために顔を出しているけど、ベガの皆は日陰になる少し奥の場所で休んでもらっている状況。
次元牢獄が熱を通さないとは言え、今回は吸血鬼の群れに何かされたとしても対処が間に合うように、かなり広い空間を無理して封鎖してあるせいで、休憩していた時の様に次元牢獄内の空調を整えるなんて魔力は残っていないのだ。……って言うか、残っていたとしてもこの状況でそんな魔力を使う余裕なんて無いとは思うけど。
モンスターパレードの時程ではないとは言え、流石にあの砦よりも外の環境が悪いせいか、知能がある吸血鬼でも倒れている個体が次元牢獄と地面の狭間に倒れているのがちらほらと見受けられる。
「このまま全滅してくれないかなぁ」
なんて淡い期待が口をついて出てしまった。
「上級が到着して、どうなるか……だ…………ん? あいつら、何か揺れてないか?」
「え……? じ、地震!?」
ハウトさんが見ている視線の先に顔を向ける。
すると、ドームに張り付いていた吸血鬼がどんどん地面に落ちていくのが見えた。
地面に足が着いている吸血鬼に視線が下がると、どうやらものすごく揺れているらしい。立っていられなくなった吸血鬼がバランスを崩し、そこに容赦のない砂嵐が横から吹き付けるせいで転がってしまった吸血鬼が別の吸血鬼にぶつかってお互いに倒れ込んでいく。
「なになに!? 何が起きてるの?」
「わからんが、こちら側が揺れていないのはこの次元牢獄のおかげか?」
「うん。それはそうなんだけど……」
ボク達の方が揺れる事は無いんだよ。
だって次元牢獄で囲っているこっち側は、向こう側の物理的干渉を受け付けないからね。逆に地面が揺れる先に異物があるせいで、余計に周辺の地形にしわ寄せがいってるのかもしれないけど。
「何……? 何か動きがあった?」
ボク達が騒いだことで、セレネさんが顔を出した。
その向こう側には、ベガの皆も既に続いている。
「なんか地震が起きて……」
ボクが説明をしようとみんなの方を振り返る。
すると、異様な光景を視界が捉えた。
「総員構えろ! レティーシアの魔法が割れたら、自分でどうにかしろよ!!」
ハウトさんの怒号が真後ろから聞こえる。
ボクはどんな顔をしていたんだろうか。
あまりにも間の抜けた顔でもしてたのかな。
後ろにいた皆がボクの顔を見て、視線が一斉に後ろに移る。
地面そのものが浮いていくのだ。
隆起した地面が砂を落としながら、左上に向かって登って行く。
ただボク達の世界だけが隔離され、取り残されていく中で、吸血鬼の群れが砂と一緒に連れていかれ、空で足場を失った吸血鬼と砂が落ちて、ボク達の下に続く暗闇へと飲まれていった。




