SIDE:COMITATUS
「………………」
イサラが用意した馬に、無言のまま、顔に満面の不満を浮かべながら乗りこむ王子を傍目に、何も言わずに俺たちも準備を進める。準備するっても、こうなるってわかったタイミングで俺たちの場合は先に動けなくてはならないんだから、もう終わってはいんだけど。
メイドたちには屋敷の掃除や穴をあけてしまった場所の施工手配処理など、後処理を任せないといけないから残していくことになる。今も何を考えてるんだか分らんけど目が吊り上がってて怒ってるようにしか見えないメイドが、無表情でリンクの行く先を見つめていた。
俺たちがこれから向かう先……いや、むしろ帰る先はグルーネだ。ミズトも俺も、こっちへ飛んできて数日も滞在しないうちにトンボ帰りってことにはなってしまったけど、それでもここにいるよりは幾分かマシってものだ。今やロトの国境のみならず、ロト国内で暴れまわってた吸血鬼どもがいつここにもくんのかわかんないせいで、夜も寝ずに警備しなきゃいけない状況ってのは精神的にかなり辛い。
ま、王子が最近毎度毎度やらかしてくれる時の精神的ダメージに比べれば、ここに王子本人がいてくれることが、どれだけありがたいかって話ではあるんだけどさ。
これから俺たちが向かう方向は戦争地区最前線ではない分、今までこの屋敷にいたシルヴィア様たちがこれから向かい先に比べてれば安全な道のりではあるけど、王子の命を俺たち護衛の2人で預かるんだから気は抜けない。
……その王子本人が自分の命を顧みず、こんな戦争中の他国まで来てたり、モンスターの群れの中に突っ込んでったりしてくれるわけなんだが。
毎度毎度王子の自覚が無さすぎだって父親にも母親にもあんだけ怒られてんのに、どうしてここまで変わっちまったんだか……。ってさっきその原因がシルヴィア様の後ろに居たか。
バキンッ!
周囲に気をまわしていると、突然後ろから大きな音が響いた。
驚いて振り返ると、まだ不機嫌極まりない王子の眼が、ギラりとこちらをのぞき込む。
進む道は舗装されているとはいえ道のわきに木が立っていて、それが気に入らなかったのか王子の向こう側に見える木が抉れているのが見えた。
やべ。
慌てて目をそらし、視界を前に戻す。
触らぬ神に祟りな……
「リンク~物にあたるなよ~。顔怖いから、ほら。笑って笑って」
……お前すげぇな。
俺はあんまり人としゃべるのは得意じゃないから、ミズトのこういうところは素直に尊敬するところではあるが……。
俺とミズトは生まれながらにして王子の護衛として育てられてきた。
というのも当然で、うちとミズトの家系が王族護衛を専門にしている騎士家系で、俺とミズトに関しては王子の年齢に合わせて作られているのだから。
なんかそれを聞いた時は子供ながらにショックを受けたりもしたものだけど、ミズトと子供のころからコンビを組み、守る対象であるリンクを好きになった今では誇りにすらなりえている。
そんな俺たちも、護衛の為に作られたからといって、護衛としての才能があるわけではなかった。
特に俺なんて正面切って人と相対するとまともに力も発揮できないし、そもそも戦闘に関する才能は守るべき対象である王子の足元にも及ばない。ってかむしろ、護衛2人がかりでも話にもなんないんだけど。
そんなリンクがあからさまに不機嫌そうにイライラしている。
俺なんかは絶対話しかけるとか無理だね。
しばらく沈黙が続く中、もくもくと来た道を引き返していく。
ミズトが王子に話しかけても反応はほとんどなく、ずっと馬の上で何かを考えているようなそぶりを見せている。
俺は先導するのを理由に、常に前を向いて黙々と進んだ。
「ちょっといいか?」
後ろからぼそっと聞こえてきたような気がして振り返ると、王子とミズトの馬が止まってかなり向こう側に見えた。
「えっちょ、まっ……」
慌てて馬を止め、反転させる。
「わりぃんだけど……」
「いや、だめっしょ」
「うん。駄目だね」
「………………」
「向こう行くとかいいだすんだろ? お前が考えてることとかわかりやすすぎなんよ。うん。だめっしょ」
「駄目だね」
「いや……」
「いやじゃないっしょ。俺たちそんなとこ連れて枯れたら死んじゃうよ?」
「うん」
なんとも情けない引き止め方のように見えるけど、本当のことなんだから仕方ない。
「だからお前らは帰ってもらって……」
「それは無理っしょ。王子戦場に送り込んで戻ってくる護衛がどこにいんのよ」
ミズトが正論すぎて何も言えない。
っていうか、吸血鬼の群れに突っ込んでくとか。
まず俺が死ぬんだろうなぁ……
「じゃあお前らにも死んでもらうか」
「うわ、つら~」
つら~じゃねぇんだわ。
やっぱなぁ。どうせ引き留めても止まらないんだよなぁ。
「っていうかさぁ。王子は行かないのが完全に正解じゃん? そんな恋に盲目なわけ?」
「……いや、うまく言えねぇんだけど、レティがだとかシルヴィアがどうだとか、そういう話じゃねぇんだよ。行かなきゃいけねぇ気がするっていうか……」
「……王子の感ってやつ?」
「ま、そんなとこだ」
あ~あ。
こうなると思ってたんだよなぁ……




