こんなの想定外すぎるよ!!
赤い目と黒い毛並みが見事な軌道を残しながら、銀色の牙が視界を一瞬で覆い尽くす。
近づくにつれ黒狼の体の大きさが際立ってきた。どうみても4本足で立っている状態でもボクの身長を超えているんですけど。
力とは速さ×質量だ。
ガキンッ!
さっきグレイウルフの首を両断した剣を黒狼の顔の前に滑らせるが、牙が剣に触れると同時に噛み砕かれ、黒狼の質量がそのままボクを吹き飛ばした。
世界がボクを置き去りにして進んでいく。
「ぐぅっ……」
息をすることも叶わないまま
どんっっ!
と、ようやく木の1本に背中がぶつかり、吹き飛んだ体が打ち付けられる。
「かはっ……っ」
肺の空気がすべて強制的に排出された。
「馬鹿! 油断しすぎだ!」
向こうでフラ先生の叫びが聞こえるが、ものすごく遠くに聞こえる。
「うっ……っつぅ……」
複雑に連なった木々を偶々すり抜けたお陰で追撃は免れたらしいが、もうすぐそこまで大きな足音が木々の間を縫いながら近づいてくるのが聞こえた。
このままでは死ぬだけ。
そう思うと不思議と頭が冴えた。
頭を揺らされた衝撃で視界が白くなる中、常駐させている自己治癒魔法をさらに重ねがけして強化し、砕かれた剣を捨てる。
即座に記憶から魔法構造を引っ張りだし、魔結晶から出力させた。
「二重構造・創造光土魔法・光騎槍」
光と熱を放つ槍を急いで魔法で形作る。
突進してくる黒い塊にそのまま突き刺した。
光が目くらましにもなるうえ、ボクが武器を持っていないと踏んでいた黒い狼は、なんの警戒もせず猛スピードの突進状態で避けようがない。
大きく開いた口を目掛けて思いっきり刺し出す。
「ギャウンッ!」
しかし、身をよじって躱したのか、左目をモロに抉られながらも直撃を避けられてしまった。なんていう運動神経してるのよ……。
黒狼の左目から真紅の血が滴り落ちる。
「グルァァァァァアアアア!!!!」
怒り、大口を開けて遠吠えをする黒狼の周りに、真っ赤なドリル状の棘が4本召喚される。
そのまま伸びたかと思うと、ボクへ真っ直ぐに突き刺さりにかかってきた。
グシュッ。
嫌な音が体を伝い、激痛がはしる。
「うくっ……ああぁっ……」
頭と胸に向かってきた2本は、どうにか槍ではじくことができたが、残りの2本が右の脇腹と左肩を貫いたのだ。
左腕に力が入らない。
右手一本で槍を伝い立ち上がり、槍を右脇に構えなおし牽制する。
間を取った瞬間に次の魔法構造を魔結晶に組み込んだ。
「創造水魔法術式・水刃」
「グルァァァァアアアア!」
黒狼が追撃で召喚した棘を水刃で砕く。一度魔水晶に登録してしまえば、次から魔法術式の記述はしないでも魔力の続く限り発動することができるからね。
水刃を連発し、黒狼に傷を刻んでいく。
圧倒的に手数が劣ると、黒狼は一定の距離まで引いてくれた。
まだ頭がくらくらする。
「っくぅ……」
距離が遠くなって少し安心してしまったのかもしれない。
一瞬目を離した瞬間に、目の前に黒狼の牙が迫ったのだ。
「っ……ぅっ」
息を呑む。
槍を縦に構える余裕など既になく、横薙ぎに槍を黒狼との間に挟み込む。
間一髪、運良く牙の間に槍の柄が滑り込み、狼の口が塞がるのを防いだ。
首から鮮血が滴るのが自分でもわかる。
もう少し口が閉じていれば、ボクの首から上は既に繋がっていなかったかもしれない……。
とはいえ右腕一本でこんな大きな狼の質量を受け止め切れるはずも無く。自分よりも遥かに質量のある黒狼にそのまま押し倒されてしまった。
どしんっと背中を地面にぶつけるが、黒狼の右足がボクの左肩を抉り、跳ね返ることも許されない。
牙が槍を外そうとガチガチともがく度に肩から血が溢れ、爪が既に穴の空いている左肩に食い込んでいく。
痛い……。
流石にこの状況から逆転するのは無理だと判断したのだろう、向こう側で見ていただけの気配が2つ、近づいてくるのが判る。
あー……まずい。
左腕の感覚なんかもうないし、牙に挟まっている槍の柄がもし外れてしまったら、ボクにもう抵抗する力なんてないのに。
まさか初めての冒険で、しかも上級冒険者である先生たちに同行して貰ったのにこんな事になるなんて……。
怖い。
……怖い。
悔しい……よ。
折角自由を手に入れて、これから沢山の事をしたかったのに。
ほんと……
これからなのに……。
うぅ……死にたくないよぉ。
ガチガチと暴れる牙が、いちいち首に食い込んで痛い。
こう言う瞬間って、長く感じるのは本当なのかもしれない。
自分でも、右腕にもう力が入らないのがわかり、どんどん死が迫ってきているのがわかった。
このまま待てば、きっと先にこの目の前の牙がボクの喉を食い破る方が早い。
フル回転する頭が、とある魔法を思い出させてくれる。
それは……まだ確かめてもいないどころか、使ったことすらない魔法。
どうせこのままだと死んでしまう。
それなら、一か八かでも!
やるしかない!!
「死んで……たまるかぁぁぁ!!!」
「特殊次元魔法構造・次元断裂」
黒狼の力がふっと抜けた。
そのまま押し倒された体に黒狼の体重が圧し掛かる。
限界を迎えた腕から力が抜け、牙が重さで首に食い込んできた。
い、痛い。
もう泣きそうだよ……。
胴体のど真ん中から綺麗に半分になった黒狼の下半身が、ゴロンとボクの体から転がり落ち……。
大量に噴き出す血がボクを温めた。
「レティーシア……今、何をした?」
半分になった黒狼の上半身の頭をつかみ上げ、フラ先生らしき影が起こしてくれる。
ああ……温かい。
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