Dragonia parade
私が古代竜王国の末裔としての記憶に目覚めたのは数年前の事。
つまり、つい最近のことだった。
それまでの私は我が国が他国から支配されていることなど知る由もなく、疑う事など全く知らない乙女の様に当然のごとく国に尽くし、たまたま幸運が重なったこともあり、国に貢献したという結果を残すことができていた。そのおかげで女である身ながらも国の中枢へと招かれるまでになり、そこで初めて知り得た、支配国であるカルセオラリアの連中にある程度、この国の舵取りを任されるまでの信を置かれるようにへとなっていった。
とは言うものの、この国には政を執り行う人間はいない。ほとんどが街や村単位での管理で完結させらており、大きく国の方針や政策を決めているのは実際のところエリュトスの人間ではなく、フリージアやカルセオラリアの人間が執り行っているのだ。しかもエリュトスに住んでいる人間ですら、その事実を知る者は数えられる程度しかいない。
そうなってしまえば、この国がこの国の中で完結している国家規模の部門として成り立っているものは『軍隊』だけであり、これがすべて。
カルセオラリアからしてみれば、この事実がエリュトスの国民に明らかになって軍事行動を起こされようとも、グルーネとの戦争結果を見れば明らかなように歯牙にかけるまでもなく、しかも反乱を起こされたところで最初に当たるのは中枢であるカルセオラリアではなく、我々よりは立場は上かもしれないが同じく傀儡となっている国、フリージアなのだ。エリュトスに軍事の権限を持たれたとしてもなんら問題も無く、しかも軍事治安的な雑事をすべて国内のまとまってもいない街ごとに分担し押し付けられることで、むしろ重荷となって両肩に圧し掛かる。言い方を選ばなければ『どうでもよかった』のだろう。そんな部門でも、その一部の統括を任されるまでとなり、自分の生まれた国の一番高見に登れたことに、その頃の私は大いに誇っていた。
この国が、つまるところカルセオラリアの傀儡国となり果てている事に気付いている者は、むしろ他国の者の方が多いのだろう。実際国内で気付けている者は、この軍部統括職位を持つ大佐という肩書を持った人間だけ。大佐と言うが、この国に大佐より上の役職は存在せず、そこにはカルセオラリアの闇とも呼べる人間がただ存在しているだけ。
正直あいつらを目の前にして……人間と呼べるのか怪しいような、肌の色が白い人間達。それも一番偉そうにしていたのは女だった。
それもあってか、この国では他国ほど性別による差別は少なく、女である私がここまで登用されたのもこの国ならではだったのかもしれない。カルセオラリアの連中からしてみれば誰でも良かったのかもしれないが、誰でもいいのであれば使いやすいのはむしろ男の方なのが必然。ならば私が女の身でこの役を任されるにはそれなりの理由があった。そう、自分で納得するようにしていた。
私などもしロト国で生まれていたとしたら軍隊に入隊することも叶わないだろう。それほどにあの国の選民意識は強いし、この国でこの地位に来ることが無ければ、私が古代竜王国の末裔としての記憶を呼び覚ますことも無かったのだから後悔などしようもないのだけれど。
エリュトスが国家として唯一の機関である『軍隊』の仕事は、各街ごとの治安の維持・管理に、主に国内の問題に対する武力的必要のある解決に排除。そして毎年、我々の反乱を抑えつけておく為に必ずフリージアのクソ爺共から命じられるグルーネへの侵攻。これが主立った仕事となっている。
さらに他の国に比べて軍隊の仕事が多岐に渡るこの国は、まともに管理されることも無くなっている廃れた冒険者ギルドの管理も業務として請け負っている。冒険者として……ではなく、軍の任務として。
既に冒険者もエリュトスに残っている者は殆どおらず、ギルド自体の管理も回っていない。
ダンジョンは国規模の大掛かりな管理を必要とするため、国の機関など無い我が国が手を付けられようもなく、管理されていないダンジョンなど危険度と報酬が見合わない為、僅かに残っていた冒険者にクエストを発行して送り出す事もできず、仕事のなくなった冒険者はエリュトスへ来ても留まることはない。流出が止まらなければ冒険者ギルドがエリュトスへ人材を派遣することも無くなり……冒険者ギルドが機能しなくなれば、住民が依頼するはずだったクエストも溜まる一方で解決が進まなくなってしまう。
そして依頼する側も解決の目途が立たないのであれば、冒険者ギルドに期待することは減っていき、悪循環に悪循環を重ねた結果、冒険者ギルドもエリュトスへのまともな支援など打ち切り、今や建物だけが残っている程度。職員も常駐していることも無く、依頼が張り出されることすらない。
結果、冒険者ギルドが請け負うはずだったモンスターの退治を始めとしたすべての雑事は、冒険者の代わりにエリュトス国軍が請け負うこととなったのだ。
そのすべてを行い、街ごとの治安を管理しているにもかかわらず、給料などと言った報酬面でも贅沢には程遠く望めず、そして年に一度、あの憎き光の殺戮乙女共に挑まされては数を減らされてしまう。
更にこれも計画通りなのかはわからないが、冒険者ギルドが機能していないことで我が国から冒険者という職業を認定される事例は極めて少なく、我が国で冒険者業の様なものに憧れた子供たちは軍隊を目指すことになる。冒険者となって広い視野を持ち、他国へと渡り我が国を外から眺めれば判るはずだったこの国の真実を知る者は、殆ど出てこないまでになってしまっていた。
他国の人間からすれば、こんな国からなぜ逃げないのか……と思われるのであろうが。この国の中ではこれが全てなのだ。これが常識で、それ以外など知りようもないのだから。
他の国には当然の様にある事すら知らない物も少なくはない。むしろエリュトス国内には、自分の住んでいる街以外の街が本当に存在しているのかなんて事すらも知らない人間だっているような国なのだ。知らなければ考えようもない。
知るための知識は生まれる前から省かれ、夢や希望など存在することも許されない。
考える力は奪われ、地獄を日常だと錯覚させられて育つ……。
傀儡にする国として、よくできた話だ。
そんな洗脳にも近いような環境の中で私が客観的な知識を持てるようになったのは、とあるダンジョンから発掘を要請され、手に入れた物資の管理を任されてからだった。
それがこの私が今いるこのダンジョンの鍵となった……あの短剣だった。




