意思だけで負えるものなんて、何もなんだよ。
「シルッ!!!! あわわっ……痛ったぁぁ!」
痛った!……部屋の中に壁の欠片が散らかってて、床に衝いた手が痛い。絶対なんか刺さった……。転移眼の着地に失敗したのなんて、随分久しぶりだよ……って! そんな場合じゃなかったんたっだ!
転移眼で覗くシルの部屋が崩れていたことに胸騒ぎが抑えきれず、あまりに焦りすぎて着地に失敗してしまった。前のめりに倒れて顔をあげると、手が目の前に差し出されて上を向く。
リンクだった。
眉間に皴が寄っていて、鋭い目つきをしている。
「あ……ありがとう」
「……手、怪我してんじゃねぇか……」
どうやらボクに怒っているわけじゃないみたいで、お礼をいったら顔が晴れた。まぁそりゃ、シルの部屋がこんなことになってるんだから何かがあったんだろうし、リンクがその場にいるのなら警戒してて当然だもんね。
「レティ、この家の周りに敵対反応はある?」
あまりに慌てて飛んできたせいで、まだいまいち状況が理解できてはいない。けれど、シルがいつもの冷静さを失っていなかったことが、なんとなくボクにも落ち着きを取り戻してくれる。
「……なさそう……だけど……」
「そう。よかったわ。……ありがとうね。リンク。それにミズトとニケも」
ふっとリンクの顔から緊張感が消えると、それを見たもうミズトさんとニケさんと呼ばれた男の人の2人も肩の力が抜けたのを感じた。
「ど、どうしたの? ……これ。何かあったの?」
そうは聞いてみるものの、さっきボク達に起きていた状況と合わせれば何が起きてたかなんて、ある程度は予測もつくと言う物。心臓の鼓動が自分にも聞こえてきてしまう程だった。
「いえ、大したことではないのだけれど……
「あんな化け物じみた吸血鬼、大したことなくはねぇがな」
シルの言葉を遮ってリンクが被せる。
言葉を遮られたシルも涼しい顔をして見せ、そのまま口を噤んだ。
「なぁ……。せめてお前とシルヴィアが把握していることを、俺にも教えてくれないか? 何か起きてからじゃ対処がどうしても遅れちまうんだよ」
「……え?」
突然目の前でリンクにそういわれ、思わずシルの顔を見てしまった。
最近になって、リンクが色んな人の空気を読んだりする行動を覚えてからと言うものの、色々と考えが鋭くなっている気がする。……気がするって言うか、今までそういう他人の事に興味が無かっただけで、元々そういう能力は高かったんだろうけど。
そもそもリンクは武力に限らず基本全部のスペックが高いんだから、やろうと思っちゃったらなんでも出来ちゃう節があるからね。モンスターパレードの時にもルージュ達の存在には、ボクが紹介したりする以前に気付いてたみたいだし、ボクがシルとあれやこれやと色々裏で動き回っている事にも、今までも気付いていたんだと思う。
でも、リンクは今では唯一のグルーネ王国王位継承権を持つ人物なわけで、そんなリンクが例え平民出身であるボクに好意を寄せてくれるような、身分を笠に着ない人であったとしても、流石にボクなんかから危険な話を持ち込むわけにもいかないんだよ。……いや、それが次期公爵になるであろう才女のシルはいいのか? って言われると弱いんだけどさ。
「いや、レティじゃない。シルヴィアだ」
ボクがシルの顔色をうかがうという事は、リンクに色々と隠している事があるってことを認めてしまったことに他ならないわけで。
『しまった』という顔をしていたら、リンクがシルに向き直ってそう言い放つ。
「あら、どうして私が貴方に隠し事をしていると?」
「お前、今、こいつの代わりになろうとしたな?」
そりゃボクよりシルに聞いた方が色んな情報も集約されてるだろうから、シルに色々教えて貰うのが正解なのはわかるんだけど、リンクの顔がさっきの様に鋭く変わった。
何を言っているのかよくわからないけど、怒ってるみたい。
「……リンク貴方、襲撃者の侵入に気付いていたわね?」
「もちろん、お前や屋敷の人間に危害が加わる前には止めるつもりだったが……相手の力量を見誤ってしまった。そこはすまなかった」
「シルヴィア様。進言をお許しください」
リンクの謝罪に、後ろに控えていたフルプレートの男性が前に出てくる。
ボクが知らない護衛の人っぽい男性が2人と、その後ろにメイドさんが1人。メイドさんの横にも女性が一人、隠れる様に座り込んでいるけど、あの人は屋敷で見たことがある人だ。見たことのない人達は、シルの方じゃなくてリンクの後ろに控えているあたり、王城に勤めている人を呼んだんだろうか。
「よせ」
「どうぞ」
「リンク様は屋敷に侵入される前から、先ほどの侵入者には気づいておられました。ですが、対応を任され警戒していたのは私奴共の失態に他なりません。むしろリンク様はその失態をカバーするためにこのような大穴を空けてまで駆けつけてくれたのです」
ってことは、部屋の天井に穴が開いてるのは、リンクがやったのね……。
リンク側に立っている護衛の人は、やっぱりリンクの護衛だったみたいで責任の所在を自分へと移し替えたことになる。もちろんそれが全部真実であったとしても、リンクが好むような状況じゃないことは、ボクだけじゃなくて、当然ボクなんかよりもよっぽど付き合いが長いであろう彼らにも理解しているんだろうけど。
そこにリンクが介入してこないのは、護衛の人達の意図と、今どうするべきかの行動を天秤にかけているからだと思う。今起きていた事件の衝撃っていうのは、リンクに事をそこまで重要と捉えさせるには十分な出来事だったってことになる。
「それで? 私が危険に晒されたことは自分が責任を取るから、リンクの要求を飲め、とでもいいたいのかしら?」
「……いえ、むしろ私奴共は王子が危険に首を突っ込む事など望んでなどいませんけどね」
フルプレートの男の人が、なかば諦めたかのような表情に変わって、声のトーンを落としながらシルの問いに答える。
「……」
シルからなぜこのタイミングで急いでここに来たのか? を問われていないのは、この状況でそれを報告したら、リンクの要求を認めることに他ならない事を予感……と言うか確信しているんだと思う。
シルの事を心配してすっ飛んできて、もちろん皆が無事だったのは良かったんだけど……どうするのが正解なのかなんて、いくらシルが天才だなんていっても判るわけがない。
だけど、ボクも戦争に加担するって決めたわけで。
シルにだけ責任を押し付けるのはなんか違う気がするんだよね。




