すべてがボクに都合がいいとは限らないんだよ。
「……みぃつけたぁ」
暗闇のどこかから女の子の声が聞こえて、全身の毛穴が逆立ってしまった。
聞いたことのある声に、見たことのあるようなシチュエーション。まるで正夢かのように、つい数か月前に起きた身に覚えのあるシチュエーションが一気にフラッシュバックしてくる。
ボク達は安全を期すために、ベガパーティがフリージアの内部へと侵入していく際に通ったルートすらも避け、一応この数か月の間に殲滅した吸血鬼の集落であっても、周辺をかなり避けてほとんど何もない場所を歩いている。
視界は上下に盛り上がったりしている岩場のような地形が遮ってくれていて、遠くからは見通せないようになってるし、岩の上に登ったりでもしない限り遠くから視認してみつかるような場所ではないんだよ。希望的な確率で例え援軍が来てくれたんだとしても逆側から。だからこそ誰とも会わないようなルートとしてわざわざ通っているはずなのに、暗闇の中から突然、可愛い女の子の声が聞こえた不正全さに全員の足が止まった。
この状況にどんどん嫌な汗が噴き出してくる。シトラスも同じ気配を感じたのか、ボクと声のした向こう側の間へと飛び出し、臨戦態勢をとった。
ハウトさんがその光景を見て察してくれたらしく、纏う空気が変わり声のしたほうを見つめている。
いつの間に次元収納から出したのか、右手には鞘に収まった細見に見える刀。
あれがハウトさんの得物だ。
先生と同じ刀をメインウェポンにしている。
濃い緑の柄に、同じ色の鞘。鞘の周りに、赤い組紐の様なものが巻き付けられていて、組紐の先っぽが飾りとして広がっている。
ボクの目の前には黄青の女の子と、赤い髪の男性が並び立ち……暗闇の向こう側から、大鎌を肩に背負いながら黒と白に分かれた特徴的な髪型の女の子が、少しにやけながら姿を現した。前髪には赤色と青色のラインが流れていて、ちょっと派手さを感じる髪型。服装は女性型の軽装で、服装も白と黒を基調としているあたり、シエルやシトラスたちと近しいものを感じるんだけど……まぁ、あの時森の中で会った女の子だよね。
「こんにちわっ! あぁっ! 真っ白な女の子だっ。よかったぁ~。こんなところにいたんだぁ。もうどっかに逃げちゃったのかと思ってたよ~」
場に似つかわしくない、明るくて友達に話しかけるような声。
わざとらしい。
その言葉がしっくりくるだろうか。大袈裟に動く表情がそんな印象を与えながらも、全く表情とは別に何をしでかすのかわからない大型の武器。まるで顔から上と下で人格でも違うようだ。
「こんな近くにいて、気配を感じないとはなぁ」
余裕のあるハウトさんの顔を見て少し安心している自分がいる。
困惑しながらも状況を少し理解し始めたベガのメンバーがハウトさんの横に並んだ。ホーラントさんとメルさんと、アルトさんだ。
状況の理解が少し遅かったのも仕方がない。
だって相手から気配どころか敵意とか殺気ってものまでもが、全く感じられないんだもの。
ボクとシトラスが戦闘態勢をとったのは、カルセオラリアから逃げてきたときのことがあるからであって、あの女の子を見ただけじゃ吸血鬼かどうかなんてわからない程なんだよ。まぁ確かに肌は青白いけど、それでもロトとの戦争で暴れまわってる吸血鬼に比べれば人間に近いし、何より肌の色だけで言われるとボクの方がちょっと異常なわけでなんとも言い難いんだよね……。しかも表情が豊かで、まるで人間の様。ボク達が今まで相対してきた吸血鬼は皆、一切の表情を顔に宿してはいなかったのだから。
「敵……なのであるか?」
「んなことは見りゃわかんじゃないのよ」
そりゃ人数的に最終手段であるクリアの魔法は掛けていないにせよ、誰にも見つからない様にしながら移動しているボク達をわざわざ敵国の内部まで探しにくるような味方はいないだろうし、何より味方であるなら大鎌を背負って怪しげに現れなんてしないだろうからね。それで探してたなんて言われれば、十中八九どころか、十中の十、敵でしかないのだ。……敵でしかないはずなのに、大鎌を背負ってても信じられない程、まるで敵意がない。
「それにしても、気配どころか敵意も感じないんだね」
同じことを感じていたんであろうアルト様が呟いた。
まだ歩く程度にしか力の入らないフラ先生が地面に座り込み、ウルさんが傍に控えている。
「ハウト……」
「フラ、動かないで」
「あはっ! 美味しそうなのがいっぱぁい……あ、でもダメなんだった。叔父様に怒られちゃうんだもん」
そう言いながら、首にかかった大鎌を振り下ろすと、風が凪いでここまで吹き付ける。
その行為に、皆の力が入るのを感じた。
「ん~……首くらい剥がしてから連れていけばいいやって思ってたんだけどな~。なんかちょっと大変かも。ね、そこの真っ白な貴女! お願ぁい! 貴女だけこっちに来てくれなぁい?」
シトラスとハウトさんの間を縫って、ボクと吸血鬼の女の子の目が合っている。
前に会った時に、一瞬でボクの目の前でかちあったあの目。ボクの目の、その奥の何かを覗き込むような眼が目の前に現れたあの瞬間は、今でも忘れられない……。
殺気も敵意も感じないまま、今回もまるで友達かのようにボクへと話しかけていた。
でも、自分が完全に優位であるとか思われたまま相手の手中でいい様にやられてるのも釈然としないじゃない? ボクもちょっとグリエンタールさんの力を使ってやり返してやろうかと思うんだよ。
「リリーナ……ちゃん。貴女は、アルメリアさんの何なのかな?」
「……」
そうボクが問いかけると、今までキラキラと輝いていた丸い目が、すっと細長くなり、眉間に皴が寄った。今までがまるで嘘だったかのように、殺気と敵意が一気に辺りを支配し、ビリビリとした空気で肌が揺れるように感じる。
「っ! これは……」
「メル、私の後ろに入るのである」
「なんであんたがあたしの名前とお母様を知ってんだ?」
「っ……」
突然の威圧に答えられずにいると……
「あっ。なるほど! やっぱり貴女が正解ってこと?」
まるで今の一瞬が無かったかのように、キラキラとした大きな目に戻り、殺気と敵意がまるで消えてしまう。
「じゃ、あっちの黒い方は? ……う~ん。両方連れてっちゃえばいいんだろうけど……こっちはちょっと大変そうだなぁ」
……黒い方?
何の事だろうとか考えてる間に、脳が一人の顔を思い浮かばせてくる。
黒髪に、おっきな胸。
まずい。
こんなことを考えたら、本当にそうなっちゃうっ……。
まずい……まずい……って!!
『ご主人様っ!!』
「えっ……シエル!?」
頭の中に浮かんだ顔を振り払っていると、突然影の中にもう一人の悪魔が戻ってくるのを感じ、そのまま外へと飛び出し警戒態勢をとる。
「ご、ごめんなさい! 堅将軍を守れませんでした! 僕が駆け付けた時にはもう……」
「ええ!?」
「おい、レティーシア」
突然あまりの事が色々置きすぎてパニックに陥っていると、前で守ってくれていたハウトさんの低い声で現実へ引き戻された。
「すぐに行け!」
「……はい!」




