命の価値って、なんだろうね。
「はい、シル。これだよ。ボクが見たのと大体一緒かな」
「あら、早かったわね……へぇ思っていたよりも簡素なものなのね」
当然のごとく誰もいなかったはずの場所に転移して話かけ、当然のごとくそのまま会話が成立するっていうね。まぁもう慣れたけど。……うん。そりゃもちろんボクが悪いんだよ? 本当なら気を使って順序ってものを守るのが礼儀だし、そりゃね? 親しき中にも礼儀ありってのは……そりゃあね! そりゃ~ボクだってわかってるんだよ? わかってるんだけど、その「本当なら」の部分にある、一旦誰もいない場所に出て、シルとの面会を取り付けて、報告に来るって言う手間を省いてる事をシル本人が「効率的だ」なんて思ってるんだもの。
実際この「本当なら」の部分をちゃんと規則に従って履行しようとすると、すっごい時間がかかるんだよね。
だってボク、ラインハートに所属してる人間でも無ければ、そもそも軍事的にちゃんと招集されてるような人間じゃないんだもん。そんな人間を戦時中に指揮官レベルの人間に会わせようとしたら、割とちゃんとした手続きってものを踏まなきゃならないわけなのよ。しかもシル本人が連れてきたならまだしも、ボクってば今回はハウトさんについてきたって形式でここにいるから、実際そういうわけにもいかないんだよね。しかもシルの手間も増えるから、シル本人もやめて欲しいって思ってる節があるんだよ。
節だけで実際言われないのは、「本当なら」それが正解で、そうしないといけない事を理解しているからであって、ボクが例外を許されているのは「使える」から。寂しいことに、そこに友情だとかそういう類のものは含まれてこなかったりする。
渡された短剣を一通り眺め、返された。
「本当なら、こんな不確定な要因になんて手を出したくは無いのだけれど」
「でも、これしか戦争を止める方法がないなら……」
「本当にそうなのかしら……? ま、色々と打てる手は打っておくに越したことはないわよね。手段なんて、多くて困ることは無いのだもの。そっちの手筈はルージュ達で付けれるのでしょう?」
「うん。これさえ見つかれば、後は……」
「お任せを」
ルージュがわざわざ姿を現して声にする。
そうしないとシルには聞こえないからね。
「ふぅ……。お願いするわね」
やっと仕事にひと段落ついたのか、忙しく動いていたシルの手が止まり、視線が上を向く。
恭しく礼をしていたルージュに短剣を渡すと、そのまま影の中に消えて行き、気配がボクの影から遠のいていった。シエルとシトラスはボクの影の中に残ってるんだよ。
「最悪アルタイルに捜索を引き継いで貰う予定だったのだけれど、想定より上手く事が運んでよかったわ。これでベガと合流して安全圏まで引けるわよね? ベガの皆はどんな調子?」
「そろそろ別れた人たちがグルーネ国内に戻ってる頃かな? ボクと面識がない人だったから、その人たちの名前まではわからないんだけど。今一緒にいるベガの人達は、フラ先生がまだ動ける状態じゃないんだよね……。ウルさんの見立てだと、そろそろ動く分には大丈夫ってことだけど……先生の性格上、敵と遭遇したら無茶しかねないから、割と安全なルートで戻ることにはなりそうだよ」
「そうならないようにハウトに行ってもらったんだから大丈夫でしょう」
「先生もお兄ちゃんの言う事は聞くみたいだしね」
ふふっと鼻で笑いながらこんな話をするのも、なんだか久しぶりに感じるのは気のせいかな? 今忙しいのは仕方ない事なんだけど、一応ボク達の本分ってまだ学生のはずなんだよね。
なんだか講義受けてた頃が遠く感じたりもする。
因みに、別に先生のブラコンを馬鹿にしてるわけじゃないんだよ? でも、実際フラ先生の無茶を止められる人ってかなり少なかったりもするんだよね。だから前にボクが次元牢獄に閉じ込めて悪戯した時に、ベガパーティの皆がすっごい驚いていたのには、そういった理由もあったりするんじゃないかな。
ちなみにボクは物理的に先生を止めることはできるかもしれないけど、結局のところ精神的に止められるのはお兄さんであるフォーマルハウトさんかフレディさんくらいなものなんだって。
「それじゃ、竜王国の方はルージュに任せるとして……他に何か伝えておくことはある? ボクもそろそろみんなと合流して、撤退の準備を手伝ってくるよ」
「あ~……そうね。レティがいれば多少強引にでも移動はできるもの。貴女の最優先はそちらなのだけれど……」
「……? 何かあったの?」
「……まだ確定じゃないのだけれど、この屋敷にいたロト国将軍の部隊が国境の警戒にでてから連絡が取れなくなったのよ。……まだ確定ではないのだけれど、予定は最悪の方向で想定しておいてって、ハウトに伝えておいてちょうだい。…………はぁ。駄目ね、貴女みたいな便利な子がいると、その力に頼ることに慣れすぎて困ってしまうわ」
「その将軍さんの様子、ボクが見てきたほうがいい?」
と言っても、その将軍って人が警戒に回っている予定のロト東部ってボクも行った事がないから転移眼を飛ばすってわけにもいかないわけで。実際クリアの魔法使って自力で探さなきゃいけないってことにはなっちゃうし、何よりボク、その将軍さんの顔、ちゃんと覚えてないんだよなぁ……。まぁシルとここでやり取りしてる間にちらっと見たことあるから、グリエンタールさんを頼れば探す分にはどうにかなると思うんだけどね。
「いえ。ベガとアルタイルが会敵せずに戻ってこれる方が重要なのよ。そこに貴女がいないことの方が困るもの。……将軍の方はこちらでなんとかするわ」
「なら、僕が行ってきましょうか?」
そこに居なかったはずの男の子の声。
聞きなれた声に驚かなかったのは、シルも一緒だった。
「シエル? 一人で?」
「はい。戦闘を避けるとは言え、ご主人様の護衛にシトラスは外せませんので。それに僕ならある程度、部隊ごと掩護することもできますし」
確かに。シエルも範囲支援なんて珍しい魔法が使えるわけで、部隊として動いていてるんであろうその将軍さん達とは相性がいいとは言えなくもない。
言えなくもないんだけど、将軍がシエルを味方だと認識してくれないとシエルにも危険が及んじゃうなんてことも想定できるし、何より将軍の援護に向かうってことは、そういう事なんだよね。わざわざよく知りもしない他国の人の為に、シエルを危険にさらすって言うのも……なんか気が引けなくもない。ううん、そんなこと言ってる場合でも無いのは判ってるんだけどさ……。
そんなことを考えているのであろうことを踏まえた上でシルが頭を回転させていたようで、ボクと目が合った。まぁ、シルが考えるに値するってことは、シエルに行ってもらうのが正解ってことなんだろうね。
「危なくなったらすぐ戻って来ていいからね」
「はい。では、すぐに発ちますね」
「悪いわね。あ、ちょっと待って。これを持っていきなさい。ラインハートの家紋があれば、将軍も味方とみてくれるでしょう?」
「はい。ありがとうございます。では」
ボクが認めれば後は淡々と事が運んでいく。
シトラスも外に出たくてうずうずしてるのが感じられるけど、まだ出番じゃないから、もうちょっと待っててね?




