これを見つけるのが、どれだけ難しいことだったかなんて。
「先生の容体はどうですか?」
「うん……だいぶ落ち着いてはきてるよ。ありがとね。助かるよ」
プトレマイオスのアジトから調合用の材料を一通り持ってきて、ウルさんに渡す。
ウルさんが調理師というバッファーの上位職に就いているからって、料理しかできないだなんてそんなことはもちろんなくて、むしろ調理師になるためにする料理の調合に、錬金術を使うことだって少なくないわけで、当然の様に錬金術や薬の調合なんて言うのもお手の物だったりする。
ボクは錬金術とか調合についてなんて、イオネちゃんとかセト先生がまともにやってるところを見たことがあるくらいで、講義だってまで前半でそこまで詳しくやっているわけでもないんだよね。だから別にそこまで知識があるわけじゃ無いんだけど……。さすがにウルさんがやってる調合のレベルが高いことくらいは、素人目にも判ってしまうほどだった。イオネちゃんもすごいってずっと思ってたけど、一流冒険者の中のトップにいるようなクランのバッファー兼ヒーラーともなれば、その腕前は一級品どころの話じゃないらしい。手際の良さと言うか……質が全然講義のそれとは違うし、迷いのない動作と全部頭の中で組み立てられているであろう工程の理不尽さに、何もわからないボクとしては舌を巻くしかない。
フラ先生を探してフリージアの首都、ノミノアに潜入してから3日が経った。
未だにボク達アルタイルパーティも、ベガパーティも次の目標へと出発できていないのは、フラ先生が無茶しすぎたみたいで高熱で倒れてしまったからだった。
ノミノアから少し出て北上した辺りにあった、先生たちが殲滅したんであろう集落の家を使って密かに療養してるんだけど、正直先生が倒れなくてもベガパーティの人達の疲労を見れば、強硬手段で敵地を北上して抜けるのは流石に辛いものがありそうだったのもあって、アルタイルの目的はひとまず置いておいて、一旦ベガと合流した形でそれぞれの疲れを癒している。
とは言え、全員が引き止められてしまってグルーネへの情報が遅くなってしまったんじゃ元も子もないのもあって、ボクには面識のなかったベガの5人は、比較的怪我や疲労も少なかったのもあり、ハウトさんの命令で本来とは別のルートで遠回りをしてグルーネへと帰還を目指している。
比較的少なかったとはいえ、彼らも相当な疲労は溜まっていただろうけど、終盤どうやら先生が独断で暴れていたらしくて、ボクが知っている人で構成されているベガパーティの人達の方が負担が大きかったらしく、面識のなかった5人はベガとしての役割を果たすためにグルーネを目指すことになったのだった。
『主様。ノミノア周辺に目標物の反応を察知しておりますれば、我らで当たりをつけてまいりましょう』
この久しぶりな声も、ボクとアルタイルの目的がある程度重なってきたからこそ。それくらい、今ボク達はこの戦争のど真ん中にいるということになるんだけど。
『うん。出来るなら回収して欲しいかな。何か問題があるようなら情報だけお願いね』
『承知』
『はい!』
『はいなの!』
ボク達がアルタイルとしてフリージアに潜入してきているのは、ベガであるフラ先生を助けるのが目的ではない。
もちろん先生たちを助けることも目的の一つとしてはあったんだけど、そもそもフラ先生たちが危険なフリージアへ潜入していたのだって、ただ単に何の目的もなく動き回っていたわけじゃないのだ。
今、特にフリージアとカルセオラリアの内部はかなり危険で、なんにせよ休める場所がないんだよ。だって人間が生活を営んでいないんだもん。一般的に潜入なんて呼ばれる仕事は、自分の身分を隠して人混みの中へ溶け込むことで情報を得たりだとか、その国の内情を調べたりするものなんだけど、一切それができないんだよ。
それぞれの村も町も市街も……生活がすべてストップしていて、人気もない。
昼間は誰もいない幽霊市街みたいな閑散とした街並みが風に揺れ、どこかの物語の中にでも迷い込んだんじゃないかってくらい静かで空気が薄暗い。ボクが最初に潜入した時にできていた人の欠片の様な肉片や飛び散った血の跡は綺麗に片付けられていて、何もなかったかのような街並みへと戻ってるしね。
それでいて夜には、戦場に出ていないのであろう吸血鬼が目を光らせて暗闇の中を抜けている。抜けているっていう表現はそのままで、道端を単純に歩いているような吸血鬼はいなくて、どこかの暗闇から突然現れるのだ。……心臓に悪いったらないよ。
そんな場所になんの目的もなく「どっかで何かないのかな?」なんて情報を得るようなスパイの役割としてベガのパーティは戦闘によりすぎているし、どう考えても向いてないよね。特にメルさんの固有魔法とかね。
『主様』
『見つかった?』
『はいなの!』
仕事が早いようだけど、そもそも3人の悪魔ちゃん達にはこれを見つけてもらうために、かなり前からフリージアに潜入して貰っていたのだ。
その目途がついて、フラ先生たちの限界が近そうだっていうシルの予測も相まったタイミングで、ハウトさんのパーティとしてボクが呼ばれ、ここにきたわけで。
先生たちが大々的に吸血鬼を排除して回ってくれた今、ルージュ達が目的のものを見つけるのは時間の問題だったってだけなんだけど。
「ハウトさん」
苦しそうに寝ているフラ先生の向こう側で、心配そうに妹を見つめているシスコンのお兄さん。甲斐甲斐しく世話をしてるのはウルさんだけど、それが一番なのは当然クランリーダーであるハウトさんが一番よくわかっているみたいで、自分から世話を焼こうとはしなかった。先生がぴんぴんしてる時は、絶対誰にも譲らないだろうに。
「なんだい?」
多少うるさそうな顔をされたけど、まぁシスコン度合いが過ぎてるこの兄妹のことは、皆諦めるしかないと思っているようで、ボクもそれに乗っておくことにしようと思う。
「……見つけたから。潜入の仕事は終わりだよ」
「……さすがだね。それなら作戦を転換して、アルタイルはベガと一緒に一旦ロトへ戻ろう。デネブと合流してからが俺たちの出る幕だからね」
ハウトさんには、当然この3ヶ月でボクのスキルや魔法についての説明は一通りしてあるわけで、その中に悪魔ちゃん達3人の事も含まれてるんだよ。
一旦戻ってきて貰って顔合わせもすまして、ちゃんと紹介してるあたり、フラ先生よりもちゃんと説明したかもしれないってくらいにね。
「うん。先生が回復したら、ボク達は支援に回って大丈夫だから。よかったね。シスコンハウトさん?」
「持つべきものは悪魔の契約精霊だねぇ」
この人に「シスコン」は誉め言葉でしかないんだったわ。
「主様。ここにお持ち致しました」
この部屋に突然現れた新しい人物に、疲れを回復することに専念していたベガの面々が一斉に臨戦態勢をとった。
「あ、ごめんなさい! 敵じゃありませんので!」
「おや、どこぞでお会い致しましたね」
「あ! あんた、あんときの……!!! やっぱりレティ子ちゃんが飼い主かぁ!」
「ぬぅ……目の前で見ても信じられないのであるが……」
どこかで会っていたようなのは、先生もそうだったんだよね。
どうやらベガパーティとして遭遇していたらしい。
「こちらに」
向けられた敵意を、まるで何も感じなかったかのように何事もなく、ボクに目的のものを手渡してくれる。もちろんその敵意も一瞬で、どうやらある程度予想はしていてくれたらしく、悪魔がボクに傅いてくれているのをみて、一瞬で臨戦態勢は解いてくれたんだけどね。
短剣に竜の装飾。
どっかで見たやつの、対となる祭具だ。




