Peace is the only battle worth waging.
コンコン……
ガチャ
うるさいと言われて一斉に3人が静まり返ると、扉をノックする音が静寂をついて部屋に響き渡る。使用人の用事はすべてイサラに纏めてから持ってくる手はずになっているから、今度は身内ってわけじゃなさそうだし、返事を待たずにこの部屋の扉を開けるようなやつとなれば……
「あら、イサラ。それにミズトにニケもいるじゃない。どうも騒がしいと思ったら。久しぶりね」
「あら。シルヴィア様。お久しぶりでございます。ですが騒がしいのは主にこの金髪ではなかったでしょうか? 失礼いたしました。こんな大変な時期にお気を紛らわせてしまいまして」
「シルヴィア様、今日もお麗しく」
「…………どうも」
まぁシルヴィアだよな。
「リンク、さっきの作戦書とロト国との交渉を任せる件なのだけれど、修正が必要になってしまったわ。これから今この屋敷にいるメンバーで会議を開くから……そうね。丁度いいわ。ミズトとニケも一緒にいらっしゃいな」
「ああ。わかったよ。すまんな2人とも、着いたばかりで疲れているだろうが、俺らが思っていたよりも状況が良くないみたいなんだ」
「構いませんよ。実際疲れてるのは、荷物運んでくれた竜達のほうですからね」
「…………問題ない」
「イサラ、悪いんだけど今この屋敷にはラインハートの使用人がいないのよ。国内整備の方で忙しくてね。屋敷周りのこと、貴女達が取り仕切ってくれないかしら」
「そのつもりで参りましたので、問題ございません。何なりとお申し付けください」
「悪いわね。貴方達も。申し訳ないんだけど、休んでる暇無いから」
「……はは。構いま……せんとも……」
「……」
シルヴィアがいつもみたいに飄々とした態度で淡々と物をこなすわけじゃなく、こう言う眉に皴寄せてる難しい顔してる時の「休んでる暇がない」ってのは、本当に遠慮ってものを知らないやつなんだよなぁ。それを知ってるミズト達からしてみれば、俺から働いてくれと言われるより地獄を想像するだろうし、実際間違ってはいないんだろう。
さっきシルヴィアの部屋にいたときに一瞬レティの声が聞こえてたからな。今回の緊急招集ともなればそれに関連するとみて間違いはなさそうだが……あいつが関わると基本、ロクな事が起きねぇんだよなぁ。シルヴィアの雰囲気を見るに、またロクでない事が起きていると思っていた方がよさそうだ。
「皆忙しいのに悪いわね。最優先で対処しなくてはならない事案ができたの。簡単に資料をまとめてあるから、意見や必要なもの、メンバーに変更が必要であればすぐに調整するわ」
シルヴィアが俺を直接呼びにきてから、そのまま直接、会議室に使っている広い部屋へ向かうと、既に各所主要となる人物が集まっていた。
今この屋敷にいる主要人物は、まずはシルヴィア。その配下として姫騎士の白隊以下青列のフィリシアを除いたカレンとアルナ。白隊副隊長以下青列の隊長であるフィリシアは今、レティと一緒に敵国へと潜入している。
ちなみにシルヴィアの姫騎士隊には2人の隊長が存在し、それぞれヴィンフリーデとフリス姉……ティオナ姉が各隊長を務めている。ヴィンフリーデが白隊、ティオナ姉が黒隊、以下各小隊長の色分けごとに所属が決まっていて、白隊の隊長であるヴィンフリーデの副隊長がフィリシア。フィリシアの青を基調とした青列に所属しているのが、カレンとアルナ。カレンは空色、アルナは紫色の隊服を着ている。
そして主要人物の2人目。
ロト国軍部大将の一人、『堅将』ドズン。ロト国軍部元帥であるハルト直下の部下にあたる大将職の一人で、堅の字を充てられる程には体つきがまるで壁の様なおっさんだ。レティが見たら委縮すんじゃねぇかってくらいには強面で、無精を超えた髭の長さはグルーネにはない感性だろう。どちらかと言うとドワーフって種族を思い浮かばされるが、2メートルに届きそうな巨体がそれを否定している。
ロト国の大将としてシルヴィアとの橋渡しのためにこの屋敷に常駐しているが、当然その役目としてグルーネで一番の武力を持つラインハート家を牽制監視するという役割も担っているのは言うまでもない。ただしロトだってグルーネの援助なしには立ち行かないのが現状だからな。別に険悪ってわけでもないし、主にドズンはロト国内の防衛を任されている大将であり、ロト国内の守備へと応援にきているシルヴィアと連携を取るのであれば、元帥であるハルトの次に権力を持っている人物と言っても過言ではないだろう。
次にもう一人、ロト国から主要人物として3人目。
ロト国政務官戦時特命大臣である、クイネ。ロト国では相当珍しい女の役職持ちだ。
いまや賢王の時代からグルーネ国内じゃ、シルヴィアやその姫騎士を筆頭に女が政治や軍事、冒険者として台頭してくることが増えた。でもこれは、グルーネが『魔法側』に特化したから起きたことであって、世界各国情勢で言えばかなり稀有な部類に入る。魔法ってのは、基本的には才能に男女の優劣がほとんど存在しないんだが、とある特定の……例えば、想像を働かせる能力ってのは男よりも女の方が上手く扱える傾向にあるらしい。そういう点で性別によって優劣に差がつく部分もあるわけで、逆に男が能力を発揮しやすい特定の魔法なんてものも当然、存在したりするわけだ。うまく役割が分担される傾向にある。
それに対してスキル至上国家であるロトは、当然のことながら男性上位の国だ。スキルってのは肉体や才能の研鑽により発揮される特殊な分野なもんだから、結局のところベースの肉体に差が出る男女に関して、優劣が存在してしまう。頭脳、行動、論理、身体の構造に役目と、どこの国も基本男性が国の中枢として上位に置かれていることにロトも例外ではなく、それどころか顕著にロトでは基本、男しか出世は望めない。そんな国で女の身で大臣を任命されるってのは、うちで言う所のシルヴィア級の扱いとなんら遜色ないってレベルなんだよな。
俺としては俺の周りに有能な女どもが多いせいで、女を排除して運営する国是ってのは今更理解に苦しむところなんだが、グルーネ側が異端なのは知ってるし、実際男女の違いによる問題なんかも思い浮かべられるから、一概にこっちが良いとまでは言い切れないんだが。
4人目の主要人物として、グルーネから執務官としてエスペラント・ルヴィナーク伯爵がここ、ロト国内まで遠征してきている。当然シルヴィアがロト国を支援しに動いた際に呼び寄せた人物の一人で、魔法学園の俺の1個上の先輩にこの人の息子がいる。確か全兵種解禁トーナメントの決勝まで残っていたはずだ。銀髪の柔らかな雰囲気の人で、40代とは思えない程若々しい。まぁこの父親あってのあの息子ってことだろうな。
当然シルヴィアが指名して連れてくるような人物が無能なわけもなく、この屋敷に持ち込まれてくる様々なロト国戦争時の問題に対処し、対応しているグルーネ側の中心人物となっている。シルヴィアはロト国側の戦争支援と、主に各主要都市での戦闘や戦場関連に手を回しているから、ロト国内に関する支援にまで手が回らない事を懸念してつれてきたんだろうし、実際この人と部下だけで回してる辺り有能なのは間違いない。
そして最後に付いてまわってきたかのように、グルーネ国第一王子である俺がグルーネ側の軍事管理人としてここに居座っている。急遽用意されたポジションなのはわかってるし、俺が勝手にハウト兄についてきたわけで、そこにシルヴィアの采配でポジションとして用意してくれた仕事くらいこなせない事には、格好もつかないからな。自分に与えられた役目くらいはこなしてみせねぇと。
この5人が主要人物として会議の中心となり、その周辺にはシルヴィアの姫騎士のようにその従者がそれぞれに付き従い会議室へと集まっている。
ただでさえ重苦しい空気が漂う屋敷で、シルヴィアの報告書を見たその全員が、さらに空気を重くしていた。




