Please never despair.But if you do,work on in despair.
「ねぇタキ! タキなんでしょ!?」
私が激情に駆られて吸血鬼に掴みかかっても、襲い返されることもなかった。
表情は変わらないけど、ただ悲しそうな顔で私の顔を見つめ……涙を流す。
「リズ! ガルド! ……モーティラス! ヴァン!! どうしたのよ! あんたたち、なんで吸血鬼になんかなってるのよ!!!」
どれだけ感情のままをぶつけても、誰からも返事は無かった。思わずそれぞれの身体を揺らしながら、思い思いに感情をぶつけてしまった……。あまりに取り乱しすぎたのか、フラに肩を掴まれタキ達から剥がされた。……皆同じ事を想ってるはずなのに、それぞれが思い思いの顔をしながら、自分を押さえつけている。……感情を抑えるのがお利口すぎなのよ。
だって、こんなの許されるの!? 違う所属クランだったとはいえ、昔から色んなクエストやダンジョンで協力しあってきた、同じ国に所属してる大手上級クランなのよ。知っている顔なの。5人全員ともに……。みんなと仲だって悪くない! クラン同士の付き合いだってあったし、今でもみんなと笑い合いながら飲んでる光景が思い浮かんでくる。それが、そのみんなが、どんな理由があって理性まで無くしてこんな暗い場所にいたのよ……。私の追憶賛歌で止まってくれたってことは、心が……心が残ってるのよ……。
「許せない……こんなの、絶対にっ!」
わかってはいたわ。報告を受けていたもの。
ここにいた吸血鬼も、今戦場にいる吸血鬼も。全て元々は人間で、更にはその大半が戦う意思なんて元から持っていないような、フリージアとカルセオラリアに住んでいた一般市民だったであろうこと。
もちろん国民全員の吸血鬼化なんて大事の詳細まではまだ判明していないとは言え、敵対してきた国の住人でその元人間が侵略する意思をもって攻撃してくるのであれば、元が人間だったとしても、なりたくてなったわけじゃないモンスターだったとしても……まだ自分の心に嘘はつけたわ。戦争であれば仕方がない。その相手が人間であろうが、そうじゃなくなっていようが。そう思えなければ死ぬのは自分なんだもの。
私も、クランのみんなも、人を殺したことが無いなんてそんな清廉な人間じゃない。人とモンスターや魔獣を生き物として区別することからそもそも傲慢なことだって、私は思うけど、そうであれば、私の殺してきた生き物の数は少なく見積もっても1万の桁はゆうに超えているし、私の冒険者証にも赤い魔宝石が埋め込まれているもの。懲罰者の印。ギルドや国から指名手配された生死問わずの犯罪者を、殺して捕まえたことだって数えきれないほど。
それでも、タキ達は戦闘を止めたのよ……。
心を取り戻した瞬間に、戦闘を、やめたの。
吸血鬼と真っ暗闇の中、死闘を繰り広げていた相手が同郷の知り合いだったなんて、私達ですら衝撃を受けてどうしていいのか未だに頭が回らない。
それを自分で理解したタキ達は、どんな気持ちだったんだろう。
タキ達に何が起きたのかなんてわからない。わからないけど、ろくでもない事がタキ達の身を襲ったことくらいは容易に想像がつく。ついてしまう。もちろんこんな簡単な話、私だけじゃなくて皆が同じ思考に至っているようで、珍しく利口な皆からも感情が伺えた。
今ならフラが私達をタキ達からの戦場から遠ざけていた理由もわかるけど、タキのクランで行方不明になっている人数は……5人程度なんかじゃない。この場に同じクランのメンバーが5人いるのに、総勢で30人前後いなくなっていたことを考えると……もしかしたら私達が……? ……考えたくもないわ。
「ちょっ!」
口にするより先に、身体が動いた。
それも5人全員が同じことをしようとしたせいで、私たちの5人がそれぞれ青白い手を掴み上げ……自分の心臓に突き付けられた爪を突き放す。
理性が戻ってしまったのだ。理解をしてしまったのだろう。この短時間で、自分たちの身に何が起きてしまったのか……。そして、その絶望はどれ程のものだっただろうか。
正確に自分の心臓を捉えている爪は、吸血鬼としてのモンスターの特徴を表していた。
上級クランに所属しているメインパーティの彼らが吸血鬼の殺し方を知らないはずもない。
しゃべれもしない5人の吸血鬼が一瞬目を合わせ。
同じ結論に至った瞬間に、自害を選ぶ。
もちろん、彼女らは、彼らは。そんな弱い人間じゃない。
理解してしまった時に、頭も回ってしまったのだ。
どんな結末が良いのか。
どんな結末なら、自分達で選ぶことができるのか、を。
私だってタキ達の身になってみたら、同じ結末を選ぶかもしれない。
だからこそ、皆思い至っていたのだ。
まさに、こうなるであろうことを。
「タキ……。お前ら、しゃべれなくてもあたしの言葉はまだ、理解できるんだよな?」
無表情な5人の顔が、静かに、ゆっくりと、俯いていく。
感情を抑えきれないフラの指が、タキの手を握って潰しかけている。
何本かの指は、折れているかもしれない程に。
「じゃあさ……。お前らの選ぶ未来、あたしに任せてくれねぇかな……。こんなところで死ぬくらいなら、なんだってできるだろ?」
フラの言葉に、ゆっくりと。私が抑えていたリズの腕から力が抜けていく。




