別に怖くないわけじゃ、無いけどさ
「酷い顔をしているな」
「……」
腫れた目を見てわざと言ってくることに眉を顰めて抗議してみるけど、するだけ無駄なんだよなぁ。この人。さすがあの妹を一方的に愛でて、大好きな妹に嫌がられてるのにも関わらず強行できる精神力をお持ちなだけあるよね。
「話は……きちんとできたか?」
「……はい。一応……許可は貰えました」
「そうか。ならいいんだ。んで、急ですまないんだが今日中には皆を集めて発つ予定だ。……少し急を要するようでな。あまり悠長にもしていられないんだよ」
「はい。すぐに準備をしてきますね」
「俺は他のやつらを集めてからいくから、準備できたら俺んとこに飛んで来い。こっちは集まり次第出発しちまうから、せめて打ち合わせのできる昼過ぎまでには合流しろよ」
「はい」
自分でも少し緊張してるのがわかる。
ハウトさんが何時もの態度や空気で接してくれているのはわざとで、こういう時に緊張した面持ちとか、そういう言動をとることが良い方向に運ぶこともあるだろうけど、ボクが緊張して固まっていい結果産めるとは思えないもんね。これから行こうとしている場所を考えれば、緊張しないなんて無理だけど、やっぱり日常通りを演じることは重要だと思う。
そんな緊張感の中準備を進めていたんだから、ある程度は準備済みだった。後はモンスターパレードの時のような短期決戦にはなり得ないだろうから、そういった長期の準備が必要だったりするんだろうけど、ボクの場合割とそういう所も問題無いんだよね。だって寮に生活品とか必需品置いておけば、取りに戻ればいいわけだし。すぐに必要なものは次元収納の魔法で持っていても魔力量的には問題ないしね。そういう意味でもボクが事前に準備しておかなきゃいけない物って少ないんだよ。
じゃあお昼まで時間空けとくから、その間に準備しておけって言ってるハウトさんの言葉の意味は違う所にあるわけで。
こういうのは苦手だなぁ……。
「今度は、一緒に行けないね……」
「……うん。一緒に行くようなところでも無いからね。それにほら、イオネちゃんはいざって時のために後方支援に絶対必要な人材だから。帰ってきたらまた、色々教えてね」
「あら? イオネさんだけですの?」
「そりゃもちろんイリーもキーファだって。ボクが皆の事尊敬してるのは、今でも変わらないんだよ?」
「はぁ。あの時は迂闊でしたわ。まさか平民出身で田舎臭いお化けみたいな真っ白な女が……こんなに狡猾な女で、まさかわたくし達が手玉に取られるなんて」
「あはは。イリーも私も知ってるはずもないと思ってた相手に突然名前呼ばれて、びっくりしてる間に簡単にやりこまれちゃったもんねぇ」
「笑いごとではありませんわ。まぁその結果……その……色々とお世話に……よ、よかったこともありましたけども!」
「相変わらず素直じゃないなぁ」
「レティちゃん、はいこれ。持って行って。色々な薬を調合しておいたの。なにかの役に立つことがあれば使ってね」
「うん! ありがとねイオネちゃん」
「……」
女が集まってピーチクと話をしている、その向こう側に一人の男が見える。
なんというか、少し目線が下を向いているあたり、いつものイメージ通りと言うか。
「どうして君にも、兄さんにも……こんなに差をつけられちゃったのかな。兄さんはともかく、まさか小さい頃に図書館で出会った女の子がもうこんな先にいるなんて。信じられないよ」
「ん~……先とか後とかじゃないと思うし、これからボクが行こうとしてるところなんて、むしろ皆嫌がるようなところだよ? いいことなんて全然ないと思うけど?」
自分で言っておいてなんだけど、ほんとどうにかしてるよね。
そんなところに行こうとするだなんて自分でも考えるなんて思いもしなかったし、ボク達の為に行きたいと思ってくれる人がこれだけいてくれるだなんて現実も。どうかしてるよ……。
「あはは……それでも、武闘会の時からせめて同じ道を付いていこうって思ってたんだけどなぁ。王族の第一後継者が、それも他国の戦争に介入していくとか前代未聞どころじゃない話になっているのに、僕には許可どころか交渉すら許されないんだもの」
「……ま、ボクとリンクに何かあったら、後はよろしくね」
「ちょっとレティー? 縁起でもない事を言わないでくださる? こちらは折角最近見かけもしなかった友人が顔を出したって言うから来て差し上げたのに。ちゃんと帰ってきて、皆にお話を聞かせてくださいな」
「うん……じゃあ、行ってくるよ」
「そ、れ、と! 今度は二人きりになることも多いでしょうから? 何か進展があったらちゃんと報告してくださいね? 未来の お・姉・様」
「へうぇ!?」
突然そんなことを言われながらイリーに背中を押された。皆とは3ヶ月以上も会ってなかったんだけど、シルを初めてとしてボクやリンクがどういう状況になっているのかは、アレク伝手に皆に伝わっていたらしい。
皆への挨拶を終え。
ボクは後ろを振り返ることなく、転移でハウトさんの近くへと飛んだ。
「よ。皆には挨拶もできたのか?」
「あ……あぁ。うん。アレクにも最後にちょっとだけね」
最近は見慣れてきたリンクの体つきも、3ヶ月前に比べればかなり変わった気がする。今まで鍛えていたであろう人が僅か3ヶ月で肉体の変化まで見えるって言うのは相当な努力だろうし、実際まぁ……目の前で見ていた部分もあるからね。いつの間にかボクも、リンクから逃げることが無くなった気がする。
流石に一瞬前にイリーアに発破かけられて、その次の瞬間その相手と会うとなれば、そりゃなんか不思議な気持ちになっちゃうってもので。心臓の鼓動も大きく波打つけど、今はそれも慣れて落ち着いていられる。まぁ今はそれどころでもないんだから、意識している暇もないんだけど。
冒険者体じゃなく、戦争用に完全武装してるリンクの姿って考えてみれば初めて見るから、ちょっと新鮮だったのかもしれない。
「ああ、どうせあいつ、また凹んでんだろうな。まぁ俺に何かあったら、今度はあいつがこの国背負ってってもらわねぇといけねぇからなぁ。しっかりやってもらわねぇと」
「アレクって継承権は放棄してるんじゃなかったっけ?」
「んなもん、他に継承者がいなくなったら復活するに決まってんだろ。あいつの継承権放棄は、俺やアレクを擁立した継承争いの火種を消すためだからな」
「そっか」
「おいお前ら。そんな覚悟なら戦場へなんて連れて行かねぇぞ。もっと覚悟を持て。死なない覚悟を」
「うっす」
「はぁい」
「……」
そしてもう一人。
「それにしても、まさか先輩も一緒に行くとはなぁ。よくご家族の許可が下りたもんだ」
「……私、プトレマイオスに所属しているから……」
そこにいたのは、うさ耳の可愛い戦士。
セレネさんだった。
ボクもそれを聞いた時にはびっくりしたものだよ。
プトレマイオスって言えばボクもフラ先生とのダンジョン攻略で、複数人との付き合いがあるクラン。それでも全然知らなかったのは、セレネさんが所属しているパーティが『ベガ』じゃなくて『アルタイル』なんだそうな。
ちなみにプトレマイオスクランは3兄弟がリーダーを為す3つのパーティで構成されている。フラ先生率いる『ベガ』に、フレディさんが率いる『デネブ』そして最後にフォーマルハウトさんの『アルタイル』。
当然同じクランであれば別のパーティからの助っ人なんていう事は当然あり得るんだけど、このクランの特色として、ヴィシュトンテイル家をリーダーとして擁立していて、更にそのメンバーの大部分がヴィシュトンテイル家に仕える貴族で構成されていることにある。
逆に言えば、ヴォシュトンテイル家と関りがなけば、プトレマイオスクランに加入したくてもメンバーを募集している瞬間が表に出ないため門戸の扉を叩く事すら叶わないし、例えそのタイミングが訪れたとしても、外部から入り込もうとすれば相応の対価や実績が必要になるわけだ。プトレマイオスクランとしては、現状で十分クランとして回せていて何も困っていないのに、わざわざ外部要員を入れるメリットってあんまりないからね。
そういう感じでメンバーがある程度皆、幼少から知っていたりだとか、同じ人に師事していたりだとかで長年の信頼もあり、他のクランよりもパーティの行き来がしやすくて、メンバー構成が自由に組みやすい。そういった面で今までフラ先生経由でセレネさんと知り合わなかったのは、もちろんセレネさんがフラ先生の研究室に入っていない事も大きいんだろうけど、セレネさんが『アルタイル』で活動を継続していたから。
フラ先生は学園講師と兼任しているから、基本遠出することはできないわけで、王都のクラン管理や王都近隣のクエスト・ダンジョン攻略を主にしている事が多く、フレディさんのパーティはグルーネ国内外を問わない冒険者活動で出払っていることが多い。そしてフォーマルハウトさんのアルタイルは、国外……と言うより、正確に言うと『人類の統治外』への遠征を主としている。
まぁつまり、未開拓地の開拓ってことだよね。一般的に未開拓地の開拓なんて、上級冒険者でも一握りの人物しか行っても帰ってこれないとまで言われてるほど危険な土地なんだよ。
とは言え、じゃあ『アルタイル』に所属している全員が全員、ずっと毎日そんな危険なところに身を晒しているのかと言えばもちろんそんなわけなくて、そのパーティの中にも戦闘要員だとか、補助要員だとか、救護要員だとか。色々な役割があるわけで、セレネさんは学園を卒業したら戦闘要員として育っていく予定で活動はしていたらしい。
それもあって学園では見かけたこと無かったし、学園祭で初めて見たって言うのも頷ける話。
う~ん。
獣人の人のケモミミって、触る背徳感が……
抑えられないよねぇ。
あ、女の子に限るけど。




