The division point
「だめだ」
「お父様……」
ラインハート領・本家 執務室
「で、ですが……。今この状況は、私がこの国の誰よりも把握していると自負しております。私に任せていただければ、ロトへの援軍も、グルーネへの被害も最小に抑えることが可能です。どうか……どうか私に今回の遠征、任せていただけませんでしょうか」
「何度も言わせるな。駄目だ。確かに私はお前に家督を譲ると公示している。だが、当主はまだ私だ。お前が国家間の戦争に出ることは認めない。認めることはない」
「……今回は先日のモンスターパレードの件からも繋がっております。私にも果たすべき責任がございます」
「無い。そもそもモンスターパレードの責任は全て私に帰属する。ましてや今回のような想定外の規模に関する責任など国が負うべきでお前個人が負うべき問題ではない。……今回、お前が最先端の情報を掴んでいるのなら、私に全て教えてみなさい。お前に太刀打ちできる術があるのなら、その具体案を私に提示しなさい。……お前が戦争に出る必要がどこにある?」
レティと別れてすぐ、私はラインハート領にある実家へと帰ってきました。夏休みもモンスターパレードの後始末があったりと忙しなく、皆と小旅行を兼ねて帰省したくらいであまり実家に顔を出す余裕もなかったから、親とゆっくり話すのも随分久しぶり。……久しぶりなのに、こんな親不孝な話を突然持ってきて。本当、酷い娘よね。
今回、私の情報網はレティを介することで飛躍的に上がったわ。ルージュ達3人の悪魔の情報収集能力は人間のそれを遥かに凌駕し、それもまさしく今起きている状況をタイムラグ無く知ることができる。こんな情報収集能力、他のどの国へ行ったってもちろんあり得ない能力ですし、そこに前々から各地に配置していたラインハート家の諜報員や情報源、姫騎士達の助けを借りて、私以上に諜報能力を持つ人間はこの世界にいないと断言できる程。
まぁレティが個人で情報を集めて私に報告をしないのであればその限りでは無いでしょうけれど、今のところそれをするメリットがレティの方にないものね。
とは言え、今回は人と人との戦争。
今まで対モンスターに関する指揮権をお父様から譲って貰っていたことはあれど、人との争いに関わることは禁じられていました。一度たりとも参加はおろか、その一部をも私に関わらせまいとするのは……父としての優しさであり、矜持だったことでしょう。
それを突然実家に顔を出したと思った娘である私が踏みにじっているのだもの。こんなに酷い話ってないじゃない。
指揮権を渡せだなんて、私が父を信用していないと言っているようなもの。父に、母にまだ守られている私がこんなことしか言えないなんて。嫌になるわよ。自分の無力さが……。
「………………」
「シルヴィア。どうしたのか理由を聞かせてくれないか? お前の頭ならなぜ人との戦争に、まだ16歳のお前を関わらせたくないのかなんて、理解くらいしているだろう? 私は、お前が私と比べるまでもない知略を持っている事など認めておるよ。兄が2人もいて、それでも一番末子で、しかも女であるお前に家督を継がせるんだ。当然だろう?」
「お父様。ごめんなさい。自分でも説明ができないの。色々な情報を得るたび、私が現地に居ないと後悔する。居るべきだと……そう感じるのよ」
「感じるってお前……理由は勘とでも言うのか? お前がそんなもので行動するなんて、少し信じられないのだが……」
私だって信じられないのよ。
もちろん私が参加しなくとも、姫騎士隊は戦争には参加してもらうことになるわ。私の直属とは言え、国軍として所属している戦力ですもの。当然皆の事は心配だけれど、私が雇っている以上、国の大きな戦争に参加しない、なんていう選択肢は無いわ。
そして、きっとレティは自分の意思に関わらず、今回の騒動に巻き込まれていく。モンスターパレードから流れ続けているこの騒動の荒波は、きっと彼女を中心に動いているのでしょうから。
……そうなれば当然ルージュ達、そしてリンクも巻き込まれることになるのでしょうね。あいつも今まで奥さんを決められなかったんじゃなくて、隣に居られる人を探し続けていたんでしょうから。そんな人が見つかった今、例え自分が第一王子であったとしても、おとなしく王城で待っているなんてことはあり得ないでしょうし。
……いつもの戦争とは規模も違えば、明らかに流れが違う。
きっと世界の歴史の分岐点になるような、大きな事が起こる予感がする。その場に私が居たところで何ができるかなんて分からないけれど……居ない事で出来ることなんてないのだもの。今回はどうしても。人と人との醜い争いであったとしても、私が引くわけにはいかないのよ。
「ティオナ様。ヴィンフリーデ。貴女達はどう思っているの?」
お父様の隣に立ち、口を挟まんとしていたお母様が、重くなった2人の間に口を開いた。私の後ろに視線を送る。
「ミレイ様。無礼を承知で申し上げます。私は姫の参戦をお願い申し上げます」
「私もティオナに賛同致します。公爵閣下。どうか、どうか姫様のお願いを聞き入れては貰えないでしょうか?」
二人が最敬礼の姿勢を取り、深々と頭を下げた。
「ティオナ……ヴィンフリーデまで……」
正直、私はティオナもヴィンフリーデも……反対するのだと思っていたわ。思っていたというより、実際ティオナもヴィンフリーデも……。本心では反対しているのでしょうね。でも、私の隣で話を聞いていてくれた2人は、私の気持ちもわかってくれて、ここにいてくれる。
「そう……貴女達まで……」
「ぬぅ……しかし、まだ16歳になったばかりの娘を血生臭い戦場に送るなど……」
当然、モンスターとの戦いが血生臭くないなんて話ではない。
人が生存を賭けてモンスターと争うのと、人が人を殺す争いとではその性質が違うのだ。
『人を殺せば、心の何かが欠けていく』
私に指揮の何たるかを教えてくれた師も、そう言っていた。実際、私は人を殺したことが無いなんて、そんな清廉な人間だなんてことはないですし、現実もう誰よりも汚れているわ。
モンスタパレードの指揮だって、相手はモンスターであれど、私が指揮しているのは人なのよ。私の一言で味方である方々が死んでいく。そこに削れていく何かを、私自身も感じているのだから。
「お父様、ごめんなさい。それなら私も姫騎士達と一緒に前線へ出るわ」
「っ! そんなもの!! もっと認めるはずが無いだろう!? 何をさっきから馬鹿なことを言っているのだ!? お前らしくもないっ!!!」
「わかって貰えるかしら」
認められなければ、勝手に出るしかないのだという事を。
「お前………………っ。わかった。ただし、私の傍に居ろ。前線に出るなど絶対に許さん。お前が前線に出たところでティオナ様やヴィンフリーデの足を引っ張るだけだろう。お前がいるべきは本部だ。本部で私の補佐を……しなさい」
「お父様、お母様……ごめんなさい」
「……今まで我儘の一つも言わなかったお前が、今回そこまで言うのなら……勘以上の何かがお前たちの目には見えているのだろうな……。そうか。いつかはお前にも経験させなくてはならない世界だ。それが少し早まったところで、お前なら問題ないのだろうな……」
「それだけに、貴女にはもっと普通の生活を送ってほしかったのだけれどね。シルヴィア」
「お母様……」
私が貴族学校に通っている間に軍部に所属し始め、学校というもの自体に興味を失っていたころ。それでも私に学校へ登校することを続け、魔法学園まで卒業することを絶対としたのは、お母様だった。
結果、私が魔法学園に通えた事で得た知識や人脈は大きく、今更ながらお母様の判断に間違いはなかったのだと実感もしている。まぁ、お母様がそんな知識や人脈なんていうもののために学園生活をして欲しいと願っているわけじゃないことも、わかっているのだけれど。
「私達は、全力で皆様をお守りするために。お勤めを果たしてくるとするかねぇ。なぁヴィンフリーデ」
「当然だ。むしろティオナ。お前も元王女で、しかもまだ家庭に子供も作ってないんだからな。前線に出なくてもいいんだぞ。私達に任せておけ」
「は。そんなの無理に決まってるでしょ。そんなことしてたらストレスで赤ちゃん産めない体にでもなってしまいそうよ」
「ティオナなら本気でそうなりそうで怖いわね」
「でしょー? 姫もわかってるぅ」
嫌な予感が拭えない。
これから、何が起きるというのかしら。




