これでときめかないほど萎れてもいないんだよ?
「「「な、なんぶぁってへぇ!!!」」」
突然時が止まったかの様に動かなくなった先輩たちが、一斉に言葉にならない言葉を繰り出し動き出した。大量の唾が飛沫をあげ、研究室内にまき散らされるのが視界に映るほど。きったな……。
「ちょ、ちょっ! れ、レティーシアちゃん!? それはいつ、どこで!? どうやって!?!?! なぜ!? なに!? どうして!?」
ある程度囲まれていたとはいえ、少し距離があったはずの先輩たちの顔が一斉に目の前へと、どんどん近づいてくる。ぎらつく目と威圧感に押され、いつの間にか壁の隅っこに追いやられてしまい、とすん。という感触を背中に感じながら背中が滑り落ちていくと、ただでさえ男の人より背が低いボクに覆いかぶさるような形で囲まれてしまった。
「せ、先輩!! ちょっ! ち、ちかっ! 近いからぁ!!」
腕を伸ばして押し返そうとするけど、ここの先輩達、いつ来てもここで筋トレしてるような人たちなんだよ? 筋肉の塊みたいな人達が押し寄せてきて、細腕のボクがちょっと腕を伸ばしたところで止まるはずもないわけで。
がらがら
先輩たちとわちゃわちゃしていると、研究室の扉が開く音が鳴った。
「よぉ……ん? お前ら何して……っ!」
ガン!
ベチ!
グチャ!
覆いかぶさられていた視界が突然開かれていった。人からしちゃいけないような音が鳴ってる気もするけど、気のせいということにしておこう。
「あ、ありが……と……?」
別に先輩達に何かされるって思ってたわけじゃないんだけど、筋肉の塊に押しつぶされててどうしようもなかったのも確か。助けてくれる人が居たことに安堵しながら、空いた視界を確認し……今度はボクがフリーズした。
うげ。
思わず口をつきそうになり、急いで飲み込む。
さすがにいつもいつの間にか思ってることが口に出ちゃってるボクでも、今この状況でこの言葉を出しちゃいけないことを理解できるくらいには常識はあるつもりなんだよ……。
「おいお前ら。こいつが俺の女だってわかって手ぇだしてんだよな?」
ああ……なんかこういうのってお決まりですよね……。
助けに入ってくれたのは……まさかのリンクだった。
ここの研究室にリンクが来るなんてこと、月に数回も無いんだけど。
これもいわゆるフラグってやつなのでしょうか……。
リンクに掘り出されて数分後。
なんとも異様な光景が並ぶ。
顔がぐちゃぐちゃに腫れた筋肉ダルマが3人。筋トレ器具に囲まれた部屋に正座させられて説教されている。シュンとした光景が何とも情けない。
「ち、違うんだよ王子! ちょっと俺達も興奮しちゃってさ……」
「ば、馬鹿!!! おま、誤解されるようなこと言うんじゃねぇ!」
「ほぉ。俺たちの事言いふらした張本人であるお前らが俺等のこと知らねぇ訳ねぇよな? ……興奮? 部屋の隅で女っ気のない筋肉馬鹿が……? 人様の女囲んで……? ナニをしようとしてたって???」
リンクの額に青筋がくっきりと浮かんでいる。
シルやティオナさんの前ではちょっと情けない所を見せることはあっても、リンクって皆からはちょっとやんちゃでクールなイメージが強いだけに、ここまで本気でキレてるとこを学園内で見るのって実は珍しいんだよね。
……ま、まぁ。それがボクの事なのが、嬉しくないはずもないんだけど。
っと、そんな場合じゃない。
これ以上放っておいたら、先輩たちが本当に死んじゃいかねない。
「っと待ってリンク! 別にボク、先輩達に何もされてないから!」
「これからされかけてたんだろうが!」
「違う違う! ハウトさんの話をちょっとしたら、先輩たちが興奮しちゃって! それでちょっと詰め寄られちゃっただけなの!」
「あぁん!? ハウト兄だぁ!? ……は? ハウト兄が戻ってきてるのか?」
ハウトさんの名前を出した途端、リンクの青筋が綺麗さっぱり引いていく。
あの人、どんだけすごい人なのよ。なんで先輩たちがここまで興奮したのかもわからないけど、リンクまで反応するってことは、先輩たちが興奮するだけの理由があるのだろう。
「う、うん……」
「そ、そうなんだよ! ハウト様が!!」
顔の腫れた先輩達が、思い出したかのようにまた興奮し始めた。
「ねぇねぇ。ファーマルハウトさんって、どういう人なの?」
小声でリンクに聞いてみるけど、静かな室内で小声かどうかなんて関係なかったようで、先輩から『え?』っていう目を向けられた。それも一様に全員から。……あっ。リンクまでそういう顔しないでよ。
「なんでハウト兄の話なんかになったんだ? フラ姉からなんか聞いたのか?」
「ううん。今朝会ったの」
「なっ!? 本当にハウト兄が帰ってきてるのか?!」
おおう……。
リンクまで先輩達と同じ反応するとは思わなかったよ……。
ほら、先輩達まで『ほれみろ』って顔してるじゃない。
「で、なんで皆、そんなに驚いてるの?」
流石にリンクがボクの前で正気を失うまで興奮することはないようで、一回上がったテンションを落ち着けてくれたようだ。
「あ、ああ……。軍部と冒険者、その両方から英雄だなんだって持ち上げられて祀られてるのなんて、ハウト兄くらいなもんだからな。俺たちみたいな兵科専攻の人間にとっては憧れの人なんだよ」
「もちろん先生を慕っているのは当然あるけど、ここの研究室に所属してる俺らにヴィシュトンテイル公爵家との接点っていう下心がゼロとは言い切れないくらいさ!」
自分の意志でテンションを下げてくれたリンクとは違って、ボコボコになった先輩たちの目がまた煌めいていて補足が入る。ここまでされて、どんだけなのよ。
「今朝ってどこで会ったんだ? ハウト兄っていや年単位で帰ってこないくらいだから、実の妹でクランの共同経営者であるフラ姉ですら年にそこまで会わねぇはずだよな?」
「あ、うん……ちょっとこっちきて」
ちょいちょい。
と手招きをしながらリンクと魔法課の研究室の方へ。
兵科研究室を使ってる先輩達の朝が早すぎるだけで、この時間にフラ先生の研究室に所属してる研究員の先生たちが出勤してることはあまりなくて、今日はもちろんいない。
今朝やってたラインハート家っぽい集まりの会議って、一番真ん中にいたシルですら緊急で招集されてたくらいなんだから、あまり色んな人に話していいのかどうかなんて、ボクにはわからないんだよね。さすがに国の第一王子にまで秘密な会議であれば、ボクが呼ばれるってことはないだろうし、リンクに話す分には問題ないよね?
勝手にそういうことにしてリンクに今朝やってた会議の話をしてみた。正直どういう会議だったかなんてボクにはわからなかったから、どういう状況で、どういうメンバーがいただとか。そういう断片的な情報しかなかったのにも関わらず、リンクが考え込んでしまった。
「すぐにフラ姉探すぞ! ……シルヴィアのやつっ!!」
突然顔を上げたリンクが研究室を飛び出していく。
すぐに追いかけて先輩たちのいる兵科に戻るけど、既にそこにリンクの姿は無く、驚いている先輩たちと目が合った。
「な、なんかあったの? リンク王子、突然真剣な顔で出てったけど……」
「わっかんないっ!!」
本当に。
なんでボクの周りには、ちゃんと説明してくれる人がいないかなぁ!




